俺の親友は、昔から女の子に苦労していた。
小学校のときから端正な顔立ちをしていて、当時からとにかくモテた。女の子を無下にできない優しい奴だから、期待されておおかた告られる。そこで、そういう関係にはなれないと断ると、女の子たちのそれぞれの逆怨みが始まって地獄だ。
悪口や陰口を流しておいて不登校を始める子。兄貴に言いつけて焼きを入れさせる子。結託してイジメを始まれる子もいれば、実は俺とつきあっているのだと言い出す子もいた。
親友の匠は、耐えて何とか咲っていた。ずっとそうだった。どんどん女の子が苦手になって、嫉妬してくる野郎共とも仲良くなれなくて。進級や進学で環境が変わってもうまくいくのは最初だけだ。いつも匠は、最後にはそこで嫌われ者になっている。
匠が怒ったのは、中三のときの一度だけだ。例によって頭に血がのぼった女の子が、匠本人でなく俺に嫌がらせをしたのだ。確かにそのほうが匠に効果はあったようだ。
高校生になって、匠は優しい奴であることをやめた。他人に対して、すごく冷たくなった。それでも女はルックスで騒ぐし、何ならそれはそれでストーカーみたいなのも現れたが、匠は絶対咲わなかった。
「渉しか信じられねーもん」
匠が心優しいやつなのは知っている。だからこそ、「大丈夫なのか」と俺が心配すると、匠はそう言って壊れそうな泣き笑いを見せた。
大学生になっても、社会人になっても、匠は俺にしか心を開けなかった。だから、アラサーに突入した頃、匠が照れながら彼女ができたと報告してきたときは天変地異かと思った。
いや、普通に嬉しいけど。さすがに、急展開すぎるだろ。
「え、職場の子?」
「職場の女はみんな嫌い」
「だよな、そう言ってたもんな……」
妙に納得する俺に、ビールを飲む匠はおかしそうに笑う。
勤める会社の通勤範囲でそれぞれひとり暮らししている俺たちだが、幼なじみで当然地元は同じだから、会うときはこの町に帰ってくる。駅前にはカフェやファミレスもあるけど、夜の時間帯に会うときはこの居酒屋に来ることが多い。
その日は秋になりきれない残暑が燻ぶる十月の終わりで、まだビールと枝豆がうまいくらいだった。
「俺、自炊だからさ。食材はスーパーでとりま買うより、商店街で安いの探すのが多いんだけど」
「めんどくさいな……」
「渉はそうだよな。むしろコンビニ弁当に頼りすぎ」
「仕方ないだろ。俺、彼女いないし」
「俺は自分で安くてうまい食材探すのが、宝探しみたいで好きなんだよ。それでな、彼女は商店街の総菜屋の娘さんなんだ」
「総菜って……今、俺のコンビニ弁当生活に文句つけたとこじゃないか」
「いや、彼女の作った総菜をコンビニ弁当と同じにすんなよ」
何が違うのかよく分からないが、俺は黙ってうなずく。そんな俺に匠は失笑してから、「まあなー」と話を続ける。
「確かに出来合いはつまんないし、そこのうまそうな匂いをいつも素通りしてたよ。ただ、何かの雑誌にうまい店として取材されてたとき、通行人として偶然試食を頼まれてだな」
「あ、うまかったんだ」
「うまかった! 俺、正直自分の料理が一番安心でうまいと思ってたけど、初めてこの味には敵わねーって思った」
匠が嬉しそうにきらきら咲って、俺もやっと咲えてきた。まったく、こいつのそんな笑顔って十何年ぶりだ?
「俺から話しかけて、ちょっとずつ仲良くしてもらって……そばで彼女の親父さんもお袋さんも目を光らせてるから、連絡先ゲットにも苦労したよ。店に行っても、彼女は厨房にいることが多かったし」
「総菜、彼女さんが作ってるんだな」
「今、お袋さんの味を修行中だって。すでにうまいんだけど、親父さんが言うには皆伝じゃないらしい。でもほんとうまいし、俺は彼女が作ったのとお袋さんが作ったのが分かるし……あ、これ言ったら彼女に嫌そうな顔されたけど。彼女的には、お袋さんと同じ味を作りたいわけじゃん?」
「なるほど」
「俺、初めて女の子に『気遣いできないね』って言われたよ」
思わず大笑いしてしまった。何だろう、会ったことも見たこともない人だけど、その子はいい子である気がした。自分のやりたいことにひたむきで、匠の容姿なんかどうでもよくて……けれど、きっと匠に目指している味を認めてもらいたいのだろう。
「そっか、そんなにうまい総菜なのか。俺も食べてみたいな」
深い意味もなくそう言うと、匠は少しびっくりした顔をした。それから、照れたような顔で謝ってくる。
「え、何で謝んの?」
「渉ってすげーいい奴だから」
「そうか?」
「そうだよ。だから、渉に会ったら彼女はお前のほうがいいってしっかりしたこと言いそうで」
「しっかりしてないぞ、それ」
「しっかりしてたら、渉を選ぶんだよ」
「何でだよ」
「俺、渉の歴代彼女だけは尊敬してたぜ」
「歴代ってほど何人もいたことないし。それに、重要な現役がいないんだよ」
匠は笑っている。まあ、匠の気持ちは分からなくもない。俺だって、彼女ができたら匠に会わせるのは怖かった。会わせる前に匠が断ってくれることに、ちょっとだけほっとしていた。
匠は深呼吸して笑いを抑えると、しみじみした瞳で微笑む。
「好きになれた女の子が隣で眠ってくれてて、俺、まだ信じられないんだ」
「……そうか。いろいろあったもんな」
「うん──。そうだな、渉に新しい彼女ができたら、絶対紹介するよ」
匠は悪戯っぽくにかっと笑う。俺は苦笑してうなずいたあと、「てか、もう隣で寝る仲かよ」と匠を小突いた。
零時が近づいてきて、終電でひとり暮らしの部屋に帰宅した。さすがに夜になると空気もひんやりするけど、やはり暖房というほどではない。匠の幸せそうな笑顔に思い出し笑いなんかしつつ、明かりはつけないままベッドに仰向けになった。
隣人の物音もなく、時計の秒針だけの静けさだ。風呂に浸かりたいけど、酔っているから足が滑るのも何だし、明日の朝にはシャワーを浴びるからいいだろう。
アルコールの微熱がまわるまま、意識がうとうとする。
新しい彼女、か。俺にそんな相手は現れるのだろうか。匠と話した通り、これまでにつきあった女の子がいないわけではない。けれど、俺はいつも振られるほうだ。それが続くから、正直恋愛は少し億劫になっている。
「おはよう、猪村くん」
翌朝、わずかに二日酔いを感じながら出社した。すれちがう人に小さく挨拶しつつ、オフィスに踏みこんでデスクを目指す。
隣のデスクの先輩の坂神さんは、俺に気づくといつも通り笑顔で俺に声をかけてきた。
「あ、おはようございます」
「こないだ、また残業持ち帰ってたよね? 無理しちゃダメだよ」
「すみません、終電までに終わらせられなくて。作った資料、翌朝に間に合うように添付して送ったと思うんですけど」
「うん、届いてた。課長に提出する前に、私もチェックしたって言っといたよ」
「助かります。坂神さんがチェックしたなら、課長も俺に文句言えないだろうし」
俺が頭を下げると、坂神さんはにこっとしてから「お礼してくれるなら飲みにでも行こうね」と自分のPCに向き直った。
俺よりいくつか年上の坂神さんは、ときどき俺を飲みに誘ってくれる女性の先輩だ。営業成績が良くなくて、上司に目をつけられるこんな俺にも気を遣ってくれるのだから、ありがたい存在だと思う。
秋は一瞬だけ訪れて、すぐに冬めいて風が冷たくなった。今年もハロウィンが盛り上がって、ものすごい切り替えでクリスマスムードが来た。これがまたあとにはすぐ正月気分になるのだから、日本人ってだいぶめでたい気がする。
俺は気候もイベントも楽しめず、ひたすら仕事に励んだ。なかなか契約は取れないし、そんな俺は外回りさせても無駄だとか何とかで課長は雑用を命じてくる。そうといってノルマを減らしてもらえるわけでもなく、ただの二重苦でどんどん心身は疲弊してくる。
匠とたまに飲めるのが、けっこうストレス発散になっていたことに気づいた。でも、今は彼女を優先したい匠を大事にしたい。俺と時間を取るせいで、匠がまた咲えなくなるのは死んでも嫌だ。
十二月半ばに入り、いよいよクリスマスが近づいてきた。職場も心なしかそわそわしている。家族で過ごしたい人も、恋人と過ごしたい人も、やはり落ち着かないのだろうか。
匠も今年は彼女さんと過ごすのだろう。俺は今年こそひとりでクリスマスを過ごしそうだ。何なら休めることもなく仕事をしているのかもしれない。虚しさのあまり、ぞっとする粟立つ鳥肌さえ感じられない。
俺も本気で彼女作らないとなあ、と残業中に寂しさだけで思っていると、暖房も切られたオフィスで冷える肩に、ふわっと柔らかいものがかかった。
「またひとりで残業背負いこんで」
振り返ると、坂神さんが俺の肩にワインレッドのストールをかけてくれていた。坂神さんが出勤時や退勤時によく首に巻いているものだ。
「あ、はは……なかなか、課長の圧に逆らえなくて」
「無理なときは無理って言わなきゃ」
「そう、ですね。まあ、でも、クラブとかにつきあわされるよりましかなーとか」
「クラブって、ホステスさんとかいるほうだよね?」
「課長がDJブースで踊ってたら、少しは笑えるんですけど」
「はは。猪村くんは、クラブとかキャバとか行かないの?」
「接待やつきあいなら、仕方なく。今の時期は、特に行きたくないですね。クリスマスが近いので」
少し不思議そうにした坂神さんに、俺は説明を加える。
「女の子、クリスマス同伴に誘ってくるじゃないですか。あれを断るのが気まずくて」
「誘われて嬉しくないの?」
「俺はちょっと……。だけど、クリスマスって同伴はノルマらしいから女の子たちも必死なんですよ。まあ、クリスマスこそお気に入りの子と過ごすのが名誉みたいな男もいますけど」
「そんなもんか」
「俺は家族や恋人が待ってるわけでもないのを、課長がしゃべっちゃうから」
「それは断りづらいね」
「そうなんですよ」と俺はうなずき、弱気な笑みを浮かべる。そんな俺に、「猪村くんはクリスマスは大切な人と過ごしそうだよね」と坂神さんはくすりとした。
「その前に、相変わらず残業してそうですけど」
「もしそうだったら、私が一杯おごってあげよう」
「でも、彼氏さんとか」
「いたら提案しません」
「……あ、すみません」
「冗談だってば。とりあえず、残業手伝うよ。私にできることは遠慮なく振って」
そう言うと、坂神さんはさっそく隣の自分のデスクに座る。
坂神さんにも、別に残業手当てが出るわけではないだろう。それでも、遠慮するほうがこの人は怒ってしまう。怒って、気遣ってくれる。おとなしく甘えさせてもらおう。ひとりでふたりでやるほうが早いし、何より気分が滅入ってこない。
そうして、ついに来たクリスマスイヴの夜は、みんなうきうきと帰宅していった。その裏で、「今日は俺も頼むわ!」と上司だけでなく同僚にも仕事を預けられる俺はいったい何なのだ。中には納期がやばい仕事もあって、終電に間に合うかどうか心配になる。
窓の向こうでは、イルミネーションが目に刺さるほどきらめいている。それが華やかにまばゆいほど、俺はどんより虚しくなっていく。
残業の合間にスマホを見ると、匠からメッセが届いていた。彼女さんと過ごしつつも、俺のことも心配してくれているようだ。まあ親友が幸せなら悪くはないかと思い直して、俺はPCに向き合った。
ちなみに、坂神さんは今日に限って休みだった。今朝になって仕事に行けないと急に連絡があったようで、課長はそれにもかなりご立腹だった。
何かあったのだろうか。心配になったけど、俺とまともに話してくれるのなんてこの会社では坂神さんくらいだった。
PC画面を見つめる。ブルーライトがイルミネーションより目に痛い。
もしかして。もしかしてだけど、誰かにデートに誘われたとか。いや、坂神さんはそんなことで急に仕事を休む人ではない。でも……
頭を振って雑念をはらうと、仕事に集中した。ひとりなので終電ギリギリまでかかって、急ぎ足でオフィスをあとにした。何度も腕時計を見ながら、出口前の管理人さんにオフィスの鍵を預け、俺はコートを着込み直してビルを出る。
「あ……猪村くん」
はっと足を止めた。呼ばれた。今の声って。慌てて振り向くと、あのワインレッドのストールを巻いた坂神さんがいた。
「坂神さん──」
「ごめん、来るだけ来て、社員証忘れて、ビルに入れなくて」
「ま、待ってたんですか? いつから?」
「そんなことはいいから。残業、だったんだよね。ごめんね、手伝えなくて」
「いえ……。ええと、今日は急用で休んでたみたいですし」
坂神さんは力なく咲った。睫毛を震わせ、「急用なのかな……」とうつむく。いつも気丈に笑ってくれる坂神さんだから、元気がないのは俺でもすぐ分かった。
「何か、あったんですか?」
坂上さんは伏し目のまま何も言わない。言いづらい、ことなのか。それなら無理に聞き出すのはやめて、とりあえずは暖かいところに──。
そう思ったとき、坂神さんは小さな息をついた。その吐息はうっすらと白い。
「……わんこ、が」
「わんこ」
「実家のわんこが、亡くなっちゃって」
「えっ」
「ここのところ、実家に帰ってあげられてなくて……具合悪いのは知ってたのに。なのに、そのまま、明け方に息を引き取っちゃって」
「………、」
「私が大学生のときから家族だった子。どうでもよくなって帰ってなかったわけじゃない。でも、あの子にしてみれば同じだよね。私には見捨てられたんだって、看取ってもくれないんだって思いながら、きっと──」
「そ、そんなこと、ないと思います」
「だけど」
「絶対そんなことないです」
顔を伏せる坂神さんの頬に伝ったものが、きらびやかなイルミネーションで光った。俺は無意識に坂神さんに一歩近づく。そして、その肩をそっと抱き寄せた。
「猪村、くん……」
「すみません、俺、そんなときに残業してて……ひとりで待たせて、そばにいられなくて」
「………っ」
「坂神さんは、いつも俺のそばにいて助けてくれるのに。ほんとにすみません」
坂神さんは嗚咽をもらして、俺はもっと坂神さんを抱きしめた。
坂神さんは、毎日いそがしく働いている。何なら俺の残業も手伝ってくれる。わんこに会うには時間が足りなかったのは分かる。俺でも分かるのだから、家族のわんこはもっと分かっていたと思う。
厳しい寒風に揺れる坂神さんの髪を優しく撫でる。しばらくそうしていて、終電の時間なんかは過ぎてしまった。
俺はふた駅歩けば、帰宅は可能だ。何ならタクシーもある。しかし、坂神さんはやや遠方から通勤していたはずだ。
「坂神さん。終電過ぎたから、その……俺の部屋に来ますか」
「え……」
「いや、何もしないので! ほんとに何もしないです」
「……でも」
「クリスマスだけど、どうせ俺もひとりですし」
坂神さんは泣き腫らした瞳で俺を見つめる。そして、小さくこくんとした。
俺はすぐアプリでタクシーを呼んで、坂神さんを連れて部屋に帰った。少し手前のコンビニで降りたから、どうせなので売れ残りのショートケーキとコンビニチキンを買った。酒はいいかと通り過ぎようとしたけど、坂神さんが「何か飲みたい」と言ったので、それならと缶ビールを二本買った。
二分くらい歩いて部屋に着くと、明かりをつけて、すぐ暖房を入れる。出勤していたわけでない坂神さんは普段着だったけど、俺はスーツからリラックスした服に着替えておく。それから、ふたりで小さくクリスマスを祝った。
温かくなっていく室内で、坂神さんはぽつりぽつりとわんこの想い出を語った。泣きそうになるたび、ビールを飲みこんでいた。俺は向かい合った位置で、静かに相槌だけ打った。
やがて、緊迫した糸が少し緩んできたようで、坂神さんは眠たそうに目をこすった。
「休みますか? 俺のベッドでよければ、使っていいですよ」
坂神さんは目をこするまま、顔をあげない。もしかして寝たか、と顔を覗きこもうとすると、いきなり坂神さんは顔を上げた。至近距離で瞳が触れ合う。
「……寂しい」
「え」
「あの子がいなくなって、寂しいよ」
アルコールのせいか、ほんのり染まる頬に坂神さんはぽろぽろと涙をこぼす。寝ぼけているのと酔っているのが混ざっているようだ。どうしたらいいのか俺がおろおろしていると、「ごめんね」とつぶやいて坂神さんはフローリングに横たわった。
「あ、ベッド、」
「いいの、ここで」
「でも」
「寒いのには慣れなきゃいけないから」
ぎゅっと丸くなった坂神さんの背中を見つめる。俺は唇を噛み、その場から腰を上げた。そして、思い切って坂神さんをベッドに抱き上げる。
「ひゃっ──」
「何も、しないから」
坂神さんを優しくベッドに下ろす。そして、改めてそう言う。坂神さんは俺を見つめる。
「……君は、ほんとに何もしないでしょ」
「えっ」
「そういう人だもん」
じっと見つめ合った。なぜだろう。ぎゅっと、胸が苦しくなる。
俺は坂神さんの髪をそっと撫でた。
「慣れなくて、いいんです」
「え……」
「寒くないように、俺がいつでもそばにいます」
坂神さんが大きく目を見開く。
深呼吸してから、俺もベッドに入った。ふたりぶんの重みにシングルベッドがきしむ。「ぎゅってしますよ」と断って、坂神さんが小さくうなずくと、俺はその軆を抱きしめた。
お互いの体温が、お互いに染みこんでいく。坂神さんは、俺の胸で一気に泣き出した。俺はその背中をずっとさすっていた。坂神さんが泣き疲れて眠ってしまうまで、その軆を腕に包んでいた。
ようやく寝息を立てはじめた坂神さんを、そうっと覗きこむ。寝顔がかわいい。俺はその寝顔をしまいこむように胸に抱き、自分も眠りについた。
翌朝、目を覚ますと、坂神さんはまだ眠っていた。俺は昨夜、スマホを充電せずに寝落ちしたことを思い出し、急いで充電につなごうとする。が、そのときちょうど着信がついて、確認すると匠からのメッセだった。
『彼女、帰っちゃった。』
俺は笑いをこらえ、こいつすっかりめろめろだなあと思う。
『寂しいのか?』
『ん。』
『ま、ずっと一緒にいる子だからいいんじゃね。』
『そっか。確かに。』
俺は少し迷っとあと、匠に通話できるかと訊いてみた。『もちろん!』と返ってきたので、俺は念のためベッドを離れてから、匠に坂神さんのことを話してみた。
匠は黙って聞いてくれた。けれど、急におかしそうにげらげら笑い出した。「何だよ」とまじめに話していた俺がつい眉を寄せると、匠は当たり前のように言った。
『渉、その人が大好きじゃん』
「えっ?」
驚いた──けど、なぜか、存外なことを言われた感覚はなかった。むしろ心が腑に落ちた感じがした。
そうだ。いつも咲ってくれる。助けて支えてくれる。
泣き顔をほっとけなくて、寝顔がかわいくて。
『よしっ、じゃあ今度お互いの彼女を紹介するか』
匠のその言葉に背中を押された。通話を切ると、ベッドのほうで坂神さんが目を覚ました物音がした。
伝えよう。
始まった恋。
「坂神さん」
起き上がった坂神さんが、朝陽の中でちょっと寝癖をつけたまま俺を振り返る。
歩み寄ったベッドに腰かけ、俺は彼女と同じ目線になった。そして、その瞳にこの想いを伝えるために、微笑んで口を開く。
FIN
