千の色を持つように
昨日は千羽ちゃんと絵画展にデートに行ったから、日曜日の昼下がりは、僕は聖樹さんと悠紗と夕食の買い出しに出た。
十月になって、やっと気候は涼しくなってきた。「すぐ冬が来るね」と眼鏡をかけた聖樹さんが言って、僕がうなずいているのに、悠紗は聖樹さんに買ってもらった白いソフトクリームを食べている。
「悠、口の周りにべたべたつけない」
「つけないよ、そんなん」
「ついてるよ」
「悠紗、やっぱりアイスとかもう冷たくない?」
「アイスは冬の食べ物だって葉月くんが言ってたー」
「この子、僕たちには口答えするのに、あの四人の言うことは何でも信じるね」
「そうだね」と僕は苦笑いしながら、さつまいもとたまねぎの入ったふくろを持ち直す。聖樹さんは合挽き肉が入ったふくろを提げている。今夜のメニューは、煮込みハンバーグだそうだ。
──昨日は、半年に一度の更新の日だった。やっぱり不安で緊張して、すべて夢だったようにあの街に戻ることになったら、と怖くなった。けれど、さいわい今回も受理されて、こうして僕は鈴城萌梨として過ごせている。
「でも、びっくりしたな。梨羽さんは歌うって書いてたけど」
「ああ、映画の主題歌ね」
「でも一度きりの覆面バンドで、やっぱりメジャーには出ないって、みんならしいね」
「まあ、梨羽の声って気づく人は、すぐ気づくだろうけど──いや、曲によるのかな。紫苑のイメージ、楽しみだね」
そう、XENONは聖樹さんにも僕にも勧められ、あの『ハンドメイド』という映画の主題歌を引き受けることにした。ただし、やはりメジャーには抵抗があるので、XENON名義では出さず、メディアに顔も出さないことを条件にしたそうだ。CD化もすでに断り、映画の公式Webサイトで限定配信することのみOKしたらしい。「聴きたい奴だけサイトに来ればいいだろ」と要さんの一括送信メールには書いてあった。
ちなみに、僕はやっと四人に彼女ができたことをメールに書けた。しばらく、特に葉月さんのメールの量がすごかった。紫苑さんは「幸せに。」と一言だけくれた。梨羽さんは、コスモス、金木犀、桔梗、マリーゴールドや薔薇といった、とにかく秋の花の写メを添付した空メールを贈ってくれた。『梨羽が花を撮る図』というタイトルで、どこかの民家の玄関先の花壇を撮る梨羽さんを、遠くから撮ったものを要さんが添付してくれたりもした。
そんな梨羽さんにだけ、僕はちょっと長文で千羽ちゃんのことを語り、白いつつじの件でお礼を伝えた。返事はなかったけれど、読んでくれていると思う。
そして、かなり長いこと借りたままだった『ハンドメイド』のDVDを、昨日更新のことを聞きにきた沙霧が返してくれた。覆面とはいえ、XENONが主題歌を担当することにやはり沙霧も驚いていた。そして、「ちょっと萌梨借りる」と言われて僕の部屋に案内させた沙霧も、びっくりさせることを言ってきた。
あの映画の脚本を書いた人、つまり天海智生監督の息子も、ゲイなのだそうだ。脚本を書いて、映画を通して同性愛への理解の力になるのが夢で──「ネットで七光とかたたかれたりもしてるけど、何か俺は、その人のおかげでもっと胸張って頑張ろうと思えた」と沙霧は照れながらも咲って、僕は嬉しくなった。
「あ、とうさん」
悠紗がソフトクリームを食べ終えるとスーパーに入った。三人でトマトソースの缶を探していると、ふと悠紗が、ポケットに手を突っこんで聖樹さんを呼び止めた。
「ん」
「いつものおねえさんが、これをとうさんに渡してほしいって」
「え? おねえさん──」
「あそこのソフトクリーム、俺よく食ってるじゃん。あのソフトクリーム屋の娘っぽい人」
「あー……、あの、エプロンがぶかぶかの女の子」
「あの人、悠紗のこと憶えちゃって、ちょっと多めにくれるよね」
「うん。で、これ、とうさんに渡してほしいんだって」
悠紗は二つ折りの紙を差し出し、聖樹さんは怪訝そうにそれを開いた。僕もそれを覗いて、するとそこには、『よかったらお茶させてください!!』というメッセージと、メルアドがあって──
「え、えー。これ……って」
こちらを見た聖樹さんに、僕は「ちゃんと返事しなきゃね」と噴き出してしまう。「そんな……」と狼狽える聖樹さんが立ち尽くし、僕がトマト缶を見つけてかごに入れたときだ。いっせいに僕たちのケータイが鳴った。いっせいに、ということは。はたから見たらおかしな光景でも、僕たちはケータイを開いた。そこには──
『来週末、そっちでライヴやるぜ。
で、萌梨の嫁も現れたなら、悠はサポーターとしてさらうことにした!』
「えっ……ええっ?」
「悠紗がサポーターってことは──」
「わあっ、やったあっ!」
──そう、僕たちにはまだまだ未来が待っている。僕たちの羽は、いっそう羽ばたいていく。その羽は、千の色を持つように、ひとつひとつ鮮やかに輝いているのだ。
僕も、聖樹さんも、悠紗も。これからもっと、繋がって、広がって、自由に色彩を描いていく。
FIN
