黒血の枷-6

紅い悪夢

 連休が明けて、私と理衣くんは、いつのまにか「つきあってる」と言われるようになっていた。「真住についに彼女かあ」とため息をつく女の子もいたようだけど、意地悪されたりすることはなかった。「こまゆを見る理衣の目は違うもんね」と冬香はたまご焼きを食べながらくすっと咲った。
「違う、かな」
「特別に想ってるのが分かる。あれは誰でも敵わないって感じるよ」
 そうなのかな、と私はケチャップのかかったウインナーをかじる。「実際、うまくいってんだろ?」
 そうにやりとした雫に、決まり悪く頬を染める。「久根ちゃんかわいいよなあ」とやっと名前を憶えてきた雫の友達──城山しろやまさんと黒谷くろやさんが言って、「こないださ」と城山さんが続けた。
「隣で男子が話してたわ。久根ちゃんはチャンスもなかったとか、真住に隙なかったよなとか」
「転校してきた日に手をつけちゃうんだもんねー。あの真住が廊下でハグ」
「男子のほうも悔しがってるよな」
 にやにやする雫たちに私は臆面して、「私のことそんなに知らないからだよ」とうつむく。
「理衣くんは、モテて当然だけど。私はただ、転校生だから」
「でも、幼稚園のときも、こまゆがいなくなってから流行ったよね」
「あー、そう。ほんとはこまちゃんが好きだったって言う男子な」
「そ、そうなの?」
「理衣はそのとき何も言ってなかったなあ。気持ちを人に言い触らさないの、理衣らしいけどね」
「理衣はほんとこまゆを大切にしてるよ。うん」
 ウインナーを頬張って、大切、と心で繰り返した。確かに、されている。しっかりとふたりきりになる機会がないのもあるけれど、私と理衣くんはまだきちんと結ばれてはいない。
 理衣くんの家には、何度かお邪魔している。そこでキスをしたり、胸を愛撫されたりはする。
 このあいだは、理衣くんが私の脚のあいだに口づけてきたから、びっくりした。下着の上からでも軆が痙攣しそうに感じたのに、理衣くんは下着をずらして私を刺激してきた。やめてとか恥ずかしいとか、言おうとするのだけど、その言葉も紡げないほど核を舌でたどられて、喘ぎ声にしかならなかった。自分の水音と理衣くんの舌の熱で訪れた白い瞬間は、いつまでも軆に名残って、しばらく動けなかった。
 私からは、あんまり理衣くんに何かしてあげられていない。手で理衣くんの猛りをなだめたことはあっても、まだ男の子の性器を見るだけでも恥ずかしくて、そのあいだは視線が彷徨いかける。理衣くんが私にしたように、それを口に含むとかの知識も一応あったから、何度か試したけれど、簡単に喉まで入りきらなくてえずいてしまう。それでも、口でされると理衣くんも声をもらして、その声が私は好きだった。
 五月の半ば、中間考査が近づいてきていた。その日、理衣くんは小テストの点数で補習することになった。理衣くんは、実はそんなに勉強ができるわけではないらしい。一緒に勉強してもよかったけど、「久根がいると真住が集中しないから帰りなさい」と先生に追いはらわれてしまった。
 靴箱で待っていようかなとも思ったけれど、私が待っていても理衣くんは集中できないかもしれない。「明日は一緒に帰ろうね」──理衣くんの靴箱にそんなメモを入れておき、私は久しぶりにひとりで帰路についた。
 理衣くんに夢中になっているあいだに、季節はすっかり初夏になっていた。桜の樹は葉擦れにざわめき、厳しかった風もおっとり暖かい。四月の終わりにはぐずついていた空も、最近は突き抜ける青が続いている。花の香りも、緑の匂いになった。私もこの中学の夏服ができあがって、今は丸襟シャツに薄手の紺のスカートだ。
 中間が終わったら、梅雨だ。そして、そのあとは期末で夏休みで、受験も本格的に考えなくてはならなくなってくる。理衣くんと同じ高校ってどうなんだろ、と今日知った理衣くんの学力に首をかしげていると、住宅街に入っていた。
 このあたりからいつも理衣くんと手をつなぐから、右側が空いているのが、急に哀しくなる。やっぱり同じ高校がいいなあ、と若干甘えたことを思っていたときだった。
「こんにちは」
 私は足を止めて、声がしたほうに目を移した。思わず目を開いて、頬に熱を感じた。
「今日は理衣と一緒じゃないんだ?」
 理衣くんと似ているのに、違った印象の野生の猫のような目。少し伸びた黒髪、筋肉のついた軆は理衣くんとは違う。
 名前は聞いていた。瑠衣るいさん。理衣くんの、おにいさん──
「やっとひとりになってくれた」
「え、と……」
「理衣はどうした? すぐ来るのか?」
 すぐ来る、と言ったほうがいい気がした。
 というか、この人と普通に会話なんてできない。あんなところを見られたのだ。もしかしたら、その後の声も聞こえてしまっているときもあるかもしれない。
「来ないんだな。ふうん」
 沈黙しているあいだに決めつけられて、壁にもたれていた瑠衣さんはスマホをしまって歩み寄ってきた。私は顔を伏せて、頭を下げて急ぎ足ですれ違おうとした。
 しかし、瑠衣さんは強い力で乱暴に私の腕をつかんできた。びくっと軆がおののく。
 瑠衣さんは私を見つめて笑った。あれ、と何か脳裏にゆがみが生じたような感覚がした。
「会いたかった」
「……え」
「ずっと君に会いたかったよ」
「え、あの……」
「何のために、あのとき殺さなかったと思う?」
 殺……す?
「あのときは、ほんとに悔しかった。あともうちょっとだったのに」
 思いのほか饒舌な瑠衣さんの口元を見つめる。
 笑っている。その笑み、……どうして、見憶えがあるの?
「ずっと君を待ってたよ、こまゆちゃん」
「あ、あの、私──」
 もがこうとした。瑠衣さんの力は容赦なくて振りはらえない。
 何で。何で。何で!
 何でこの無力感に、頭が割れそうに痛いの。
「君に入れたくて、気が狂いそうだったよ」
 突然、頭の中で蝉の声が弾けた。嘔吐のように脳内が気持ち悪く逆流する。
 夕景。伸びる影。理衣くんは帰ってしまった。おかあさんはまだ来ない。ひとりぼっちで、公園に──
「……あ、ああ……」
「あ、思い出した?」
「いや……やだ、離してっ」
「ひどいな。そこまで俺のこと忘れてた?」
「離してっ! 触らないで……っ」
 瑠衣さんは逆にぐっと私を引き寄せた。無意識に涙があふれていた。瑠衣さんは楽しそうに笑って、「行こう」と私の手を引っ張りはじめる。
 そのまま手首がちぎれてもいいから踏ん張ったけど、どうしても力が敵わない。指が骨にまで食いこむような力に、私は声を出そうとした。けれど、その瞬間、瑠衣さんがポケットからスマホを突き出してくる。
「弟とは、ずいぶん楽しんでるんだろ?」
 スマホの高画質の中には、開いた脚のあいだを理衣くんになぐさめられている私がいた。軆が熱すぎて血の気が失せる。
「ほら」と瑠衣さんは私の肩を抱いて、辱められた気分に茫然とする私は、背中を押されるまま歩き出した。
 数分で着いた理衣くんたちの家に、連れこまれた。瑠衣さんは肩を引き抜きそうな荒さで私の腕を引っ張り、私は嗚咽で喉を震わせながら二階についていく。
 瑠衣さんの部屋は、雨戸も締め切られて真っ暗で、電気が部屋を照らし出す。あまり物がない部屋で、目立つのはベッドと本棚くらいだった。閉めきられているせいか、こもったにおいがする。
 瑠衣さんは私を突き落とすようにベッドに押し倒した。スカートが太腿までめくれて、瑠衣さんはそれを写真におさめてからスカートをたくし上げた。
「またピンク。と、白いレースか」
「あ、あの……私、」
「自分で選んだ?」
「……お、お願いします、こんなのやめ──」
「自分で選んだのかよっ、こんなデザイン!」
 びくっと目をつぶった私は、とりあえず、小さくうなずいた。「へえ」とさいわい瑠衣さんの声は鎮まる。
「理衣のため?」
「……そ、そう、です」
「大人になったね」
 何と言えばいいのか、分からない。瑠衣さんは舌打ちすると、私の下着に指を引っかけたかと思うと、そのままぶちっと引き裂くように剥ぎ取ってしまった。
「あーあ、やっぱ毛も生えるよなあ」
 瑠衣さんのがっかりした声が怖い。今、この人の気に逆らうのが怖い。
 瑠衣さんは私の腰にまたがってきた。ベッドがぎしっと軋んだ。あの感触がジーンズ越しでも分かる。
「そういえば、こまゆちゃんは乳首弱かったよね」
 そう言った瑠衣さんは、ぷちぷちとフック式のボタンをはずしていく。ショーツとお揃いのブラを瑠衣さんは事もなげにむしって、はだけた乳房をまた写真に撮る。
 瑠衣さんの指が左の乳房を捕らえ、先端を舌で転がされて、私は軆をこわばらせることで何とか耐える。でも、執拗な舌に神経が集中して、どうしても敏感になってしまう。
 硬くなった乳首をつまんで、「やっぱり弱いね」とくすくす笑ってから、瑠衣さんは私の脚のあいだに指をもぐらせてきた。つんざいた感覚にびくんとわななき、そんな自分の反応が吐きそうで、私は首を横に振って脚を閉じようとした。
 すると、逆に膝を大きく割り開かれ、下に降りた瑠衣さんは私の核を激しくすすった。思わず声がもれて、目までぱっくり開く。瑠衣さんは、指で私の乳首をもてあそびながら、舌を核と入口を行き来してなぞった。
「濡れてきたよ」
「や……だ、もうやめ……て」
「こんなに真っ赤にふくらんで、硬くなってる」
「い、や……っ」
「こっちもすごい感じてる。早く入れてほしいよね。欲しがって痙攣してるけど」
 涙が止まらない。すすり泣きと喘ぎ声が入り乱れて、自分が分からなくなってくる。
 怖い? 気持ちいい? 恥ずかしい? 気持ち悪い? 欲しい?
 でも、ジッパーをおろす音が聞こえたとき、私は確かに恐怖で硬直した。
「ほんとに帰ってきてくれてよかった。めちゃくちゃ後悔してたんだ」
「あ……や、やめて、」
「どうせ、理衣でじゅうぶん慣れてんだろ? 弟に先越されたのは癪だけど」
「嫌っ……お願い、ダメ──」
「俺はあの日から決めてたんだ。今度こそ、絶対こまゆちゃんに入れる」
「やだ、もうやだっ……」
「奥まで犯して、中に出してやるよ。そうすることが、ずっと夢だったんだ」
 入口に瑠衣さんが当たる。
 嘘。嘘でしょ。何もつけないの。中で出すって本気? やだ、やだやだやだ、そんな、取り返しがつかな──
「また会えたんだ、いいよなっ──」
 下腹部を鈍くえぐられて、私は悲鳴のような声を上げた。瑠衣さんは私の軆を抱いて、一気に深くまでつらぬいた。私は痛みのあまりがくがくと震えて、でもそんな壊れそうな私に構わず、瑠衣さんは激しく腰を動かしはじめた。
 淫らな濡れた音は響いても、ぜんぜん気持ちよくなった。お腹の中で腫瘍が腫れて暴れまわっているようだ。やめて、と私は崩れそうな声で言おうとするけど、痛くて息も絶え絶えでそれどころではない。瑠衣さんは私の体内で欲望をこすって、どんどん私の奥をふさいで、そのまま破裂して、私の下腹部を吹っ飛ばすのではないかと思えた。
 涙がどくどくと流れて、怖くて指先まで震えて、突かれる痛みに意識は飛んでしまいそうだった。どのくらいそうしていたのか分からない。瑠衣さんの腰がさらに速くなって、私は息ができなくて声も上げられなかった。
 瑠衣さんが低くうめいた瞬間、あ、と思った。
 待って。
 やめて。
 それだけは。
 中には──
 スローモーションのように思った次の瞬間、瑠衣さんが体内で大きく脈打って、奥に吐いたのが分かった。
 途端、瑠衣さんの激しい息遣いが鼓膜に届いた。瑠衣さんはまだ何度か腰に腰を押しつけ、最後まで私の中に出した。
 そして不明瞭な声をもらしてから、ずるり、とそれを私から引き抜く。
「……あれ」
 私は天井を見つめていた。涙が涸れかけていた。
「こまゆちゃん、生理来たよ」
 絶望が後頭部を殴りつけた。私は大きな声を上げて、嘔吐するように泣き出した。そんな私を見つめた瑠衣さんは、突然、不謹慎に噴き出した。
「まさかこまゆちゃん、理衣とは、まだ最後までしてなかった?」
「しね……お前なんか死ねっ、殺してやる!」
 私はきっと瑠衣さんを睨んで、その首に飛びかかろうとした。けれど、コンドームを捨てるみたいにあっさり弾かれて、床にくずおれる。瑠衣さんは前開きを整えながら、まだおかしそうに笑っている。
「あー、そうなんだ! くっそ……嬉しいな。こまゆちゃんの初めてが欲しかったんだ、そう、あの日犯せなかった君が欲しかった。中古なんてもらっても、やっぱ最悪だよな。よかった、俺、ちゃんとこまゆちゃんの初めての男になれたんだ!」
 何。何なの、この男。頭がおかしいの? 信じられない。
 こんな人が、あの理衣くんのおにいさんだなんて、そんなの嘘だ。
「こまゆちゃん」
 瑠衣さんは、爽快なほどの笑顔を私に向けた。私は何か言おうとしたけど、もう言葉にならない。瑠衣さんは私の頭を撫でると、理衣くんと続く限り終わらない、ぞっとする宣告を下した。
「これからも、よろしくね?」

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