信じる道を
クリスマスの翌々日、昨日一日かけて彩雪のぐらつきを鎮めた僕は、いつも通り勤めに出た。ダッフルコートにマフラーを巻いても寒風は肌に刺さり、僕は白い吐息を飲みこんで暖かい〈neve〉に到着する。時計を振り返ると十八時四十分で、ひとつめの予約は十九時でここに客が迎えにくる。僕はウェイトレスに紅茶を注文すると、にぎやかなテーブルで雑談に混じった。
ショウウィンドウの向こうの闇に灯る街並みは、遊客が抑えられて混雑は軽めだ。マフラーをほどくと、あの香りがふわりとする。「水鳥にいさん昨日お休みだったねー」と正面に座る男娼に言われ、彩雪に行っていたのを話したりした。
おとといの明け方の別れ際、「碧織はみんなに愛されてたんだね」と迷彩柄のジャケットを来た光樹は言った。僕は漠然と過去を想ってうなずいた。何となくうなずくのに躊躇いがあっても、事実だ。蛍華さんも、珠生も、豹さんも、光樹も。それでも僕は、あの過去をいつまでも取っておきたいとは思えない。
結局、珠生や蛍華さんの愛情が開かれて、僕に残されるものは何なのだろう。蛍華さんは痛みだろうか。殴られようが毒づかれようが、僕は無感覚だった。ちっとも傷つかなかった。それは蛍華さんが僕を憎み、僕も蛍華さんを憎んでいたからだ。そこに愛情が介入すると、理不尽が生まれ、傷口が現れる。そのせいで、僕は蛍華さんの愛情を認めるのが怖いのかもしれない。そこに愛があった瞬間、過去には血が通い、心を切開するたび痛みが流れる。
珠生は、蛍華さんによって奇形となった僕の愛のかたちの犠牲者だ。僕はたくさんの人間に愛を売りさばく。珠生の正統な想いはこの体質を疑わせ、不安にさせる。彼の愛は僕の愛を正そうとするのだ。でもダメだ。僕はどうしてもこうしてやってきたし、男と刹那的な熱を絡めるのが大好きだ。もしかすると僕は、珠生の氷は溶かしつくして何も残さないかもしれない。
十九時、僕はマフラーを巻いて現れた男の手を取り、香ばしい湯気も残す紅茶も飲みかけにして立ち上がった。「いってらっしゃい」と見送る男娼たちに手を振り、男に会計をしてもらって〈neve〉を出る。なじみの彼は、僕を腕の中にかばい、僕はそれに甘えて寒さをしのぐ。ぬくぬくする僕の髪を彼は愛おしそうに撫で、僕は彼に顔を上げると柔らかに微笑む。
僕はこうしてみんなに愛される。この熱が僕の仕事だ。やっぱり愛は氷だった。本物の愛は痛い。心地よい愛を売り物にしているぶん、僕はそれをよく知っている。
みんな青氷の祠に大切な人を宿し、透き通った愛で生きていく。それでも僕は、いつか冷める熱で凍てついた男たちの肉体を一気に溶かそう。
それが自分で選んだ道だ。僕はこの愛を売る仕事を、どんな目を向けられようと信じてつらぬいていきたい。
FIN
