君と共に
俺と沙霧は、相変わらず頻繁にメールや電話を交わし、交流を深めていった。
俺はつきあうなら沙霧しか考えられないくらい好きだったけど、沙霧のほうはどうなのだろう。まだ、俺のことを誰かに取られたくないと思ってくれているのだろうか。確かめたくても、答えを急かすみたいだから訊けなかった。
そのまましばらく時間が流れ、年が明ける瞬間は沙霧と電話しながら過ごした。
寒さが際立つ季節も過ぎ、緩やかに春先にさしかかった頃、俺はこっちが沙霧に会いに行くのはダメなのかなあとか思っていた。「会いたいー」とかひとりごとを言い、ふとんをごろごろしていると、メールの着信音がしてぱっと起き上がる。
この着信音は沙霧だ。いそいそとケータイを手にした俺は、そこにあった文章にまばたきをした。
『三月はバイトが手薄でいそがしいんだけど、そのぶん、四月か五月に人手が落ち着いたら、連休取っていいって言われた。
ずっと申請してたけど、なかなかもらえなくて会えなかったの、ごめん。
連休決まったらそっち行っていい?』
思わず声を出してしまって、会える! と胸にぱあっと光が射した気がした。
沙霧に会える。やっとまた会える。半年ぶりくらいだろうか。
俺は返信を打とうとして、まどろっこしくて電話をかけた。『もしもし』と沙霧の声がすぐに聞こえてくる。
「あ、沙霧っ。会えるの? ほんと?」
『反応早いなー。うん、真砂がよければ』
「いいに決まってるよっ。早く会いたい」
『よかった。あ、と──さ』
「うん?」
『せっかく連休で行くから、そっち一泊しようかなと思って』
「あ、そうなんだ」
『真砂の部屋に泊めてもらうのって、いい?』
「えっ?」
『ダメならもちろん、ホテルとか探す──』
「いや、いいよっ。うん、えと……掃除しておくし」
『はは。サンキュ。変なことはしないから』
俺はその言葉にどきりとして、やや躊躇ったものの、小さな声で言う。
「べ、別に……しても、いいよ」
『え?』
「あ、えっと……うん、な、何でもな──」
『……変なことしていいんだ』
「うっ。いや、その──ごめん。調子乗った」
沙霧は少し笑ったあと、『楽しみにしてる』と言った。
楽しみ。楽しみとは。変なことをされるということでいいのか。変なことって何だ。いや、分かってるけど。
でも、そういうことをするなら、その前に沙霧の気持ちを知りたいな。そう言いたくても、何だかそこまでずけずけと言えなくて「うん」とだけ俺は応じた。
それから、俺は沙霧に会える初夏を心待ちにして過ごした。三月は沙霧は本当にいそがしかったみたいで、通話時間が短かったりしたけど、合間を縫って連絡はくれた。
眠たそうに相手してくれているとき、「無理しなくていいからね」とめずらしく俺がひかえめになると、『俺が真砂の声で癒やされてるからいいの』と半分寝ぼけてる沙霧が言ってくれて、好きだと百回くらい叫びたくなった。
そんな毎日が過ぎ、いよいよ沙霧がこちらに来る日程も決まった。五月の連休明けに来てくれるらしい。俺はそれを聞いた翌日、オーナーに「ここ絶対休みますからね、何があっても休むんで」と申し出て、「そのへん、連休明けの返却多いんだけどなあ」とぼやかれつつも、「まあ、いつもお前ひとりに頑張らせてるからな」と承諾してもらえた。
「沙霧、こっちで行きたいとこある?」と勝手にデートコースを決める前に訊いておくと、『行きたいとこっていうか、真砂と映画観てみたい』と言われた。好きな人と映画なんて、夢すぎて考えてもなかった俺はぽかんとしたものの、「じゃあ、観たいの決めとくねっ」と意気込み、『うん』と沙霧は優しく答えてくれた。
そうしているうちに四月が終わり、ゴールデンウィークはしっかり出勤した俺は、部屋もちゃんと掃除して、万端で沙霧を迎えることになった。
沙霧に再会したのは、半年前に別れたあの中央改札だった。いつのまにかヘアピンで前髪を留めておくのが当たり前になった俺を見つけて、沙霧は荷物を連れて笑顔を見せてくれた。
俺も笑顔になり、抱きつきたくなったのを我慢しながら、「久しぶり」と沙霧を見上げる。「久しぶり」と沙霧も言うと、「なかなか来れなくてごめんな」と俺の頭をぽんとしてくれた。
「俺がそっち行こうかって言いたくなってたよ」と正直に述べると、「え、来てくれるの?」と沙霧はびっくりしたみたいに言う。「ぜんぜん行くよっ」と俺が食いつくと、「じゃあ、今度おいで」と沙霧は微笑んでくれて、俺はこくんとした。
再会が午前中のことだったので、まずは沙霧の荷物を俺の部屋に置きにいった。「映画のポスターとか壁いっぱいかと思ってたら、わりと普通」と言われ、「ポスターもったいなくて開封できない派」と答えると、沙霧はおかしそうに笑っていた。
沙霧が身につける荷物をまとめると、まずはファミレスに出向いて昼食を取る。またいろいろと話をして、昼下がり頃に映画館に移動した。駅前の大きな劇場のほうがいいかなと思ったけど、あえて高校時代にうろついていたような単館に向かい、「このへんよく来てた」と沙霧を案内した。
興味深そうにきょろきょろしてくれる沙霧を見て、高校生のときは想像できなかったなあと思う。あの頃、俺の世界には泰人しかいなくて。泰人が一番で、泰人より大切な人なんていないと思っていた。
でも、今は沙霧がどんな存在より大切だ。ちゃんと乗り越えられるものなのだ。
俺が見たかったフランス映画を上映している映画館に到着すると、ちょうど十五時からの回に間に合ったので、シアターに踏みこんだ。
十五時まであと十分くらいある。ケータイをサイレントにして隣の席の沙霧を見ると、沙霧も俺を見ていたので、どきっとした。「何?」と首をかしげてみせると、「真砂は、さ」と沙霧はどこか緊張したような声で言う。
「遠距離っていうのは、平気なのか?」
「はっ?」
「いや、その──そう、なるじゃん。つきあうとかなったら」
目を見開いて、つい、答えるよりその意味にどぎまぎと頬を染めてしまう。
「真砂は、けっこう寂しがりだから」
「そ、そう……?」
「うん。遠距離は、寂しい想いさせるかなって」
「………、」
「もちろん、その、平気っていうなら──」
「平気、では、ないけど」
俺はいったん視線を落とし、それからもう一度、沙霧の瞳を見つめる。
「寂しい、とか……言ったら、重い?」
「いや。俺も、寂しいと思う」
「そっか」
「うん」
「でも、ひとりぼっち……は、もっと寂しい」
「え」
「ずっと、親友に振られてから……いや振られる前から、全部ひとりで抱えこんで、誰にも言えなくて。そういうの、初めて沙霧が受け入れてくれた。そのおかげで、俺はすごく楽になったよ」
「真砂……」
「だから俺は、沙霧と一緒にいられたら嬉しい。一緒にって、何というか、物理的には遠いかもだけど、沙霧の気持ちが俺にあったら幸せ」
「……そっか」
俺はどきどきしながらうつむき、「沙霧は……?」とそっと確認してみる。すると、沙霧は身を寄せて俺の耳元でささやいた。
「俺も、ずっと真砂の隣にいたい」
すぐそばにある沙霧の瞳を見つめたとき、ふっと場内が暗くなって、スクリーンが明るくなった。そんなに騒がしくなかった座席がもっと静かになり、俺たちも言葉を交わせなくなる。
代わりに、沙霧は俺の手を取ってくれて、俺は痺れて溶けそうになった指先でそれを握り返した。
たくさん映画を観てきたけど、誰かと一緒に観るのは初めてだと気づいた。隣を意識して、ちょっとだけ集中できないまま映画を観るのは、何だか幸せだなと思った。
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