カラフルパーチ-11

家族ぐるみで

 それから僕は、相変わらず太陽が空気を熱する中を歩いて、駅に向かい、電車で地元に帰った。一度家に帰ってパンフレットとか置いてこようかと思ったものの、酷暑の中、そんなに移動を繰り返したくなくて、そのままソフトクリーム屋さんに向かった。
 額や背中に汗が滲んで、熱気に意識がぼうっとしてくる。前方に千羽ちゃんが店番をしているのを見つけると、少しくらくらしながら、財布から三百円を取り出して「チョコください」と声をかけた。
「萌梨くん。だ、大丈夫? 熱中症になってない?」
「大丈夫……と思う。暑かっただけ」
「中入って、涼んでいいと思うよ。待って、聖樹さん呼んでくる」
 千羽ちゃんはいったん奥に行って声をかけると、戻ってきてあっという間にソフトクリームを用意して、ショーケース越しに手渡してくれた。柔らかくて冷たい甘みに喉から胃までを癒していると、「萌梨くん」と路地から聖樹さんが顔を出す。
「大丈夫? ふらふらしてない?」
「ん、平気。出先から戻ってきて疲れただけ」
「えっ、出かけてた?」
「うん。けど、約束とかじゃないから。ひとりでふらっと出ただけ」
「そうなんだ。ごめんね、メッセージに急がなくていいよって入れればよかった」
 そう言いながら、聖樹さんは僕を路地に面した玄関へと連れていき、聖乃さんの家に通してくれる。
「お、ゆるふわちゃんの彼氏じゃん」と声がして顔を上げると、聖乃さんの幼なじみのふたごの女の人が通りかかっていた──姉のなずなさんだろうか、妹のすずなさんだろうか。「ええと」と言葉につまると、「なずなさん」と聖樹さんが察してくれて、「なずなさん、どうも」と僕は家に上がらせてもらう。
 シンプルな黒のミニワンピースから脚を伸ばすなずなさんは、「ゆるふわちゃんと結婚おめでと」とにやりとして、二階に上がっていった。それから、「萌くん大丈夫ー?」と聖乃さんの声がして、「あ、はい」と僕は慌てて返事をして、聖樹さんの案内で居間に進む。
 そこでは、聖乃さんと聖乃さんのご両親が座卓を囲んでいた。僕は手に持ったままのソフトクリームを見て、「いただいてます」と頭を下げた。すると、聖乃さんのご両親は笑って、おじさんは「座ってくつろいでください」と進めてくれて、おばさんは「冷たいお茶でも持ってこようね」と立ち上がって台所に行ってしまった。
 僕は聖樹さんを見上げて、うなずいてもらってから、「お邪魔します」と座卓の空いている席に座らせてもらう。「千羽ちゃんが熱中症みたいって言ってたよ」と聖乃さんに言われ、「暑い中を歩いてきただけなんで」と僕は苦笑してソフトクリームを頬張る。
「どこに行ってたの?」
 僕の隣に座った聖樹さんに訊かれ、僕はショルダーバッグに畳んでいたパンフレットを取り出して見せた。「わ、どうしたのこれ」と聖乃さんも手に取り、「もしかして結婚指輪?」と聖樹さんが首をかしげる。
「結婚指輪、の前に婚約指輪を。できれば渡したいなと思って」
「なるほど。良さそうなのあった?」
「千羽ちゃんに欲しいの選んでもらうほうがいいかな。いくつか、候補は挙げてきた」
「聖樹くんも、聖乃と一緒にその指輪決めたのかい?」
 おじさんに訊かれて、「僕は、もともと聖乃さんに指輪を渡したくて持ってたので」と聖樹さんは聖乃さんが左薬指につけている指輪を見る。
「結婚申しこもうって決めて、それから指輪ができあがるの待つのも、もどかしかったので。その指輪でプロポーズさせてもらいました」
「さしだされて、ぱかっとしてもらったんだよねえ」
 おばさんが冷茶のグラスを持ってきて、僕の前に置くと嬉しそうに言う。
「あれは女の夢だよね」
「ほんとだわ。聖樹さん演出までかっこいいわ」
「ベタなことしかできなくて」
「あらっ、女は何だかんだでベタが一番なんですよ。うちの息子もすずなちゃんを夜景の綺麗な山間まで連れていってね」
「聖良くんですか」
「すずなちゃん、帰ってきてからも『幸せだ』ってぼろぼろ泣いてたよなあ」
 おじさんは懐かしそうに自分を団扇であおぎ、ソフトクリームを食べ終えた僕は、冷茶もひと口いただく。
「残るはなずなだねー。あの子、彼氏できても続かないからな」
 聖乃さんが肩をすくめると、「なずなちゃんは、自分のお店を出して自立して生きてもいいと思うの」とおばさんが言う。なずなさんは夜の街でホステスをしていて、すずなさんはソフトクリーム屋の隣にある八百屋を、旦那さんの聖良さんと共に継いでいる。聖良さんは聖乃さんの弟で、僕のひとつ下だ。
「まあ、うちは聖良だけじゃなく聖乃もいい人を見つけてくれて。やっとほっとしますねえ、おとうさん」
「まったく、仕事もしない聖乃が、まさかこんなしっかりした人を連れてくるとはなあ」
「おとうさん、私、お店手伝ってるからね。働いてるからね」
「自営業手伝ってるだけじゃないか」
「でも一応、働いてるのっ」
「言わせときましょ、おとうさん」
「そうだな」
「何なの。何なら私、結婚したら専業主婦になってお店手伝わないよ」
「やめときなさい。料理もろくにできないのに、専業主婦なんて」
「ちょっとは花嫁修業しとけよ、聖乃」
「るさいなあ。聖樹さんと萌くんが家事完璧だから何とかなるよ」
「やだわ、この子。旦那さんに丸投げ」
「聖樹くんの料理を食べてみたいもんだな」
「あ、機会があればぜひ」
 聖樹さんと聖乃さんのご両親の空気はなごやかで、やっぱ聖樹さんは大人だなあ、なんて思ってしまう。僕は緊張でいっぱいになってしまったけれど、聖樹さんはいざ向かい合うと、落ち着いて挨拶できたのが分かる。こんな大人に娘を預けられるなら、聖乃さんのご両親も安心だと理解してくれたのだろう。
「あ、夕ごはんはどこかで食べるの? ここで?」
 僕がそれを訊くと、「どうしましょうか」とおばさんはおじさんと顔を見合わせる。
「どうしようかね。なずなちゃんとすずなちゃんと聖良も呼んで、お祝いだし寿司でもいいかもしれないな」
「でもまわってるんでしょー」
「まわっても寿司だ」
「おとうさんがそう言ってくれるなら、お寿司でいいんじゃないですかね。聖樹くんと萌梨くんもいい?」
「僕はご一緒させてもらえるだけで嬉しいので」
「僕もいいんですか? 何か、負担だったら」
「気にしなくていいんだよ。あれだろう、結婚したら萌梨くんも千羽ちゃんも私たちの孫だしな」
「おかあさん、悠くんが孫になるのがすごく嬉しいの」
「悠くんが私の息子になるのかー。人間関係すごいことになってきた」
 聖乃さんが、しみじみとつぶやく。「悠も聖乃さんがおかあさんになってくれるの嬉しいと思う」と聖樹さんが微笑むと、聖乃さんは照れくさそうに咲った。その様子に、おじさんとおばさんも安堵を浮かべて笑顔になり、パンフレットを片づける僕もほっと息をついた。
 これで、僕も聖樹さんもご両親にきちんと挨拶できた。できた──けれど、そういえば……
「千羽ちゃんと聖乃さんは、僕のおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶しないのかな」
 ふと気づいて言うと、「来ます?」と聖樹さんは聖乃さんに問うて、「行くもんですよね……」と聖乃さんは小さな声で答える。
「聖乃さん、僕の両親に会ったことありましたっけ?」
「ないですね」
「ないのか、聖乃」
「ダメじゃない、ご挨拶行ってきなさい」
「千羽ちゃんも、おじいちゃんたちには会ったことないと思う」
「行く機会ないもんね、僕の実家なんて」
「えっと、千羽ちゃんと一緒に挨拶行っちゃダメですか。さくっとまとめて行ったほうが、ご両親の時間も割きませんし」
「僕はそれでいいと思いますけど」
 聖樹さんが苦笑混じりに言うと、「さくっとまとめてってあんたも失礼だね、聖乃」とおばさんがあきれた息をつく。
「こんな小娘がって思われたらどうしよう」
 不安そうに蒼くなった聖乃さんに、僕は口を開く。
「千羽ちゃんも心細いかもしれないし、聖乃さんが一緒だと僕も助かります」
「だよね! 萌くんは話分かってるなあ」
「じゃあ、来週四人で実家訪ねましょうか。僕の親は、聖乃さんのご両親ほど、柔らかくないかもしれないですけど」
「いやいや、聖樹くんのご両親だからきっと堅実な方なんだよ。聖乃、しっかり気に入られてくるんだぞ」
「頑張る……」
 そんなふうに座卓を囲んで雑談していると、二十時が近づいて、聖乃さんが閉店作業の手伝いに立ち上がった。
 聖乃さんがいなくなってから、おじさんとおばさんは少しまじめな顔になって、「あんな娘ですが、よろしくお願いします」と聖樹さんに頭を下げていた。「そんな」と聖樹さんは遠慮して、「一度結婚には失敗しましたが、聖乃さんのいい夫になれるように努めます」と微笑んでいた。
 そこになずなさんが降りてきて、お寿司に誘われると「行きます」と即答していた。すずなさんと聖良さんも誘ってくれるように頼むと、「あいつらは別にいいんじゃないですかねー」とか言いつつも、一応伝えるためになずなさんは隣の家に帰っていった。
 ばたばたしているうちにお店は閉店して、「萌梨くん、暑かったの大丈夫?」と千羽ちゃんが現れて心配してくれる。「うん、涼んだ」とほとんど飲んでしまった冷茶を見せて僕はにっこりする。
 まもなく、なずなさんとすずなさん、聖良さんもやってきた。けっこうな大所帯なので、二台に別れて車に乗りこむ。僕たちは結婚前祝いのお寿司を食べて、代金は聖乃さんのご両親がすべて持ってくれた。

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