カラフルパーチ-12

幸せになれるように

 僕のおじいちゃんとおばあちゃんに挨拶する話は、千羽ちゃんにもして、「あ、それどうなるんだろうって思ってた」と千羽ちゃんも気になっていた様子で答えた。聖乃さんも一緒に、来週四人で訪ねるのはどうかと訊くと、「それでいいなら、私も心強いかも」と千羽ちゃんはうなずいてくれた。
 そんなわけで、一週間後の土曜日、僕たちは四人集まって、電車で聖樹さんの実家がある町に向かった。
 聖樹さんと幼かった悠紗も、昔はこの町に住んでいた。僕が修学旅行でやってきたのもこのへんで、ホテルから逃げ出した先で、聖樹さんに出逢ったのだ。
 見つかるのが怖くて、ほとんど聖樹さんと悠紗の部屋に閉じこもって、出歩いた想い出はあまりない。それでも、XENONのライヴには行ったりしたっけ。
 当時、おじいちゃんとおばあちゃんは、悪いうわさがある四人と聖樹さんに交流があるのを、よく思っていなかった。だからきっと僕のことだって分かってくれない、知られたら追い出されるだろうと思っていた。
 おじいちゃんとおばあちゃんが、XENONの四人を受け入れたのは、四人のおかげで聖樹さんの軆に手を出す人がいなくなったと知ったときだ。そして、何もできなかった自分たちに告白してくれたのはなぜなのかと聖樹さんに訊いて、僕の存在も知った。それで、おじいちゃんとおばあちゃんが、例の花丘さんがいる施設を見つけてくれたのだ。
 初めて顔を合わせるときは怖かったけれど、おじいちゃんは僕にお礼を言って、おばあちゃんは僕のために泣いてくれた。今では、本当の孫として、僕をとてもかわいがってくれるふたりだ。
「おかえりなさい、聖樹、萌梨くん」
 玄関の前でチャイムを鳴らすと、インターホンにおばあちゃんが出た。「僕だよ」と聖樹さんが言うと、おばあちゃんはすぐ玄関にやってきて鍵を開け、がらっと引き戸を開けた。聖樹さんと僕を見て、頬をほころばせてそう迎えてくれる。
「ただいま」
「ただいま、おばあちゃん」
「今日も暑いね。早く入りなさい」
 聖樹さんと僕は、家に入る前に千羽ちゃんたちを振り返る。ふたりとも緊張を見せていたけど、「どうぞ、入ってください」と聖樹さんに案内されると、恐縮しながら「お邪魔します」と先に玄関に踏みこんだ。
 僕は千羽ちゃんと手をつないで、「この子が千羽ちゃんだよ」とおばあちゃんに紹介する。すると、おばあちゃんは「悠ちゃんに少し聞いてます」と目を細めて咲う。
「絵がとっても上手なんですって」
「えっ、えと──上手かは分からなくても、絵を描くのは好きです」
「ふふ、そうなの。好きなことがあるのは大事よね。じゃあ、そちらが聖樹と」
「うん。聖乃さんっていって、今住んでる町の商店街で、実家のソフトクリーム屋を手伝ってるんだ」
「まあ、かわいらしいお仕事ね」
「いえ、そんな……デパートのブランドアイスショップと戦う日々です」
「あらあら、それも大変ね。じゃあ、みんな上がってください。私はお茶を淹れますね。聖樹、居間におとうさんいるから」
「分かった」
 おばあちゃんは奥の台所へと小走りに行ってしまい、それを見送った聖樹さんは、「たぶん、両親のほうも緊張してるので」と千羽ちゃんと聖乃さんを向く。
「態度が硬くても、あんまり気にしないでくださいね」
「おじいちゃんもおばあちゃんも、ふたりのこと聞いたときは、すごく喜んでくれたんだよ」
「うん。だから、不安にならなくて大丈夫ですよ」
 千羽ちゃんと聖乃さんは顔を合わせ、「きちんと挨拶して仲良くなりたいので」と千羽ちゃんが言う。
「頑張ります」
「私も、嫁姑で揉めて、聖樹さんに迷惑かけたくないですし」
 聖樹さんも僕もふたりの言葉に微笑むと、靴を脱いでクーラーのかかる居間に向かった。
 おじいちゃんはソファに座って、声が聞こえたのか、ちょうど新聞をたたんでいるところだった。僕たちに目をやると、「よく来たな」と空いているソファをしめす。でも、四人並んで座れそうになかったので、千羽ちゃんと聖乃さんがソファに座り、僕と聖樹さんがその足元の床に座った。
 聖樹さんがまず、「彼女が、僕が結婚しようと思ってる聖乃さん」と聖乃さんを紹介した。「どうも」と言ったおじいちゃんに、聖乃さんは「よろしくお願いします」と頭を下げる。おじいちゃん確かに緊張してるなあ、と秘かに思いつつ、「この子が僕の彼女の千羽ちゃん」と僕も千羽ちゃんを紹介した。おじいちゃんと千羽ちゃんは会釈しあって、その後、何とも言えない沈黙が来たので、「とうさん、そんなに彼女たちを怯えさせないでよ」と聖樹さんがおじいちゃんに苦笑する。
「別に、怯えさせてはいないだろう」
「もっと柔らかく接してあげてよ」
「柔らかく──」
 そう言って、おじいちゃんは困ったように考えこんでしまったので、僕も咲ってしまう。
「おじいちゃん、ふたりに訊きたいこととか話したいことない?」
「そう、だな──。聖樹と、萌梨くんの事情というか……そういうことは、知ってもらってるとは聞いたんだが」
「知ってます」「話してもらいました」と聖乃さんと千羽ちゃんが答えると、おじいちゃんはうなずいて言葉を続ける。
「そのことで、聖樹も萌梨くんも大変な想いをした。だから、これからは、君たちと過ごすことで幸せにやってほしい」
「とうさん……」
「私も家内も、特に聖樹に何もしてやれなかったからね。よろしく頼むよ」
「はいっ。私は聖樹さんといると幸せなので。聖樹さんにもそう思ってほしいと思います」
「うん。萌梨くんも、私には想像もつかない苦悩から今ここにいると思う。だから、支えてやってほしい」
「もちろんです。萌梨くんも私をとても支えてくれてますから」
 ふたりの返事におじいちゃんはやっとちょっと咲って、「ふたりとも、ずいぶん頼もしい女性を連れてきたな」と言った。聖樹さんも僕も咲ってしまって、「今度は心配かけないから」と聖樹さんはおじいちゃんを見つめる。おじいちゃんはうなずき、「お前の気持ちで決めた人なら信じるよ」と言った。
 おばあちゃんが麦茶を持ってきてくれて、外の熱気にあてられていた僕たちは、それを飲んだ。香ばしい味がして、からんとグラスの中で氷が響く。
 聖樹さんも僕も、それぞれ相手の実家にも挨拶に行ったことを話した。「すごく緊張した」と僕が息をつくと、おじいちゃんもおばあちゃんも咲う。「とうさんとかあさんも、結婚するときやっぱりそういうのあった?」と聖樹さんが問うと、ふたりは顔を見合わせた。
「おとうさんとおかあさんは、お見合いだったから」
「挨拶は親同士がやってたし、かあさんと対面するときが一番緊張したな」
「そう、お互い硬くなって会話も盛り上がらなくて。それでも何度か会ううちに、不器用なりに打ち解けていったのよね」
「初めから惹かれてたとかじゃなかったの?」
 僕がそう問うと、「初めはねえ」とおばあちゃんは咲い、「あんまり考えてなかったな」とおじいちゃんも苦笑いする。そんな場合もあるんだ、と僕はまばたきをする。
「お互い、そのときちょうどいい人もいなかったっていうタイミングだろうな」
「ほんと。これも縁かしらねえと思ったり」
「いろんな切っかけがあるんだね。僕も、聖乃さんが声かけてくれなかったら、始まってなかったんだろうな」
「えっ、待ってください、私から突っ込んでいったみたいじゃないですか」
「突っ込んできたじゃないですか」
「デートには誘いましたけど、その返事はすっごいおとなしく待ちましたよ?」
「はは。そうですね。待ってくれたのも含めて、聖乃さんのおかげです」
 僕は千羽ちゃんと顔を合わせ、「僕たちは自然と仲良くなっていったね」と言うと、「一緒にいるからつきあいはじめたよね」と千羽ちゃんもうなずく。「詳しい出逢いとか訊いてもいいの?」とおばあちゃんが嬉しそうに訊いてきて、僕たちは何だか照れながらも出逢いを語った。
 そんなふうに、たまにぎこちなくなったりしつつも六人で話し、空気はなごやかになっていった。おじいちゃんもおばあちゃんも、千羽ちゃんと聖乃さんを気に入ってくれたみたいだ。
 特にふたりは、聖乃さんがどんな人か気になっていたと思う。けれど、聖乃さんは前の奥さんとはぜんぜん違うタイプの人だから、本当にほっとした様子だった。
 夕方になってようやく立ち上がり、「また結婚式の段取りとか相談する」と聖樹さんに言われると、おじいちゃんもおばあちゃんもこころよくうなずいていた。ふたりは玄関まで僕たちを見送り、千羽ちゃんと聖乃さんに「またいつでも遊びにおいで」と言って、千羽ちゃんと聖乃さんはそれに「はい」と笑顔で答えていた。
 そして、蝉の声が響くまだ気だるく熱がむせかえる夕暮れを歩き、茜色が射す中で電車に乗って地元に帰ってきた。
 千羽ちゃんはこのまま家に帰るということで、ホームドアで別れた。聖乃さんとも改札で別れて、僕と聖樹さんはスーパーで夕食の買い出しをしてから帰ることにした。
「何食べたい?」と訊かれて、「お素麺食べたいなー」と答えると、「じゃあお素麺と、天ぷらでも買って帰ろうか」と聖樹さんは微笑んで僕はこくんとした。
「聖樹さん」
 スーパーのほうへと歩き出しながら、僕は何となく伝えたくなったので聖樹さんに声をかける。
「うん?」
「ありがとう」
「えっ」
 思い設けない言葉だったようでまじろぐ聖樹さんに、僕は夕陽を受けながらはにかむ。
「女の子と結婚するとか、それを報告したい人がいるとか、今の僕は全部聖樹さんのおかげだと思うんだ」
「そう、なのかな」
「そうだよ。聖樹さんに逢ってなかったら、全部なかったよ。ほんとに、何にもないままだった」
「萌梨くん……」
「だから、聖樹さんに一番、約束したい。千羽ちゃんと幸せになるって」
「うん」
「聖樹さんのおかげで、幸せになれるよ」
「ふふ、ありがとう。萌梨くんが幸せになっても、ちゃんと僕は萌梨くんの父親だから。見守ってるし、応援してる」
 オレンジ色が透ける空の端に、紺色が混ざりかけている。僕はその魔法みたいに光と闇が混ざる色合いの中で咲って、聖樹さんも優しく咲い返してくれた。
 本当に、聖樹さんに出逢えてよかった。今、この人が僕の家族でよかった。この出逢いがなかったら、僕は首をくくっていたかもしれないとも思うのだ。聖樹さんのおかげで、今僕は生きていて、毎日がなだらかに幸せで、明日を受け入れることができている。
 幸せになろう。その中で少しくらい嫌なこともがあったとしても、生きていこう。
 結婚を伝えたいと思った人みんなが、願ってくれている。聖樹さんと、千羽ちゃんと、いろんな人と、僕が穏やかに健やかに生きていくことを。

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