カラフルパーチ-13

マイホームにて

 九月の半ばに新居が決まると、そこに引っ越すことから始まった。
 まず、僕と聖樹さんが十月の終わりに入居して、さしあたって必要なものを荷ほどきする。それから、十一月のあいだに千羽ちゃんと聖乃さんも引っ越してきた。諸手続きも済んだのは十二月で、婚姻届は予定通り、聖樹さんの誕生日に出せそうだねなんて話しながら、四人の生活が始まった。
 クリスマス、僕は「婚姻届出す直前になっちゃったけど」と、ようやく千羽ちゃんと決めた婚約指輪も渡せた。年が明けたら結婚指輪も決めようと話し合っていると、年末にになり、僕と千羽ちゃん、聖樹さんと聖乃さんは、婚姻届を役所に提出した。これでみんな、「鈴城」と名乗れる家族になったのを嬉しく思いながら、四人で新年を迎えた。
 新しいカレンダーをかけて、今年は一月に十三日の金曜日があると気づいた。「梨羽さんたち帰ってくるかな」と僕がそわそわすると、「リビングに泊めろって言い出しそうだなあ」と聖樹さんは苦笑いする。一応、その許可は千羽ちゃんと聖乃さんに取っておいたりしつつ、お正月は四人で初詣にも出かけた。
 三箇日が明けるとすぐ仕事で、その週末、八日の日曜日の夕方に『新しい家がどこか分からん』という要さんからのメッセが唐突に聖樹さんに届いた。「また、こっち着いてから連絡するんだから」と聖樹さんはあきれて通話をかけ、口頭で家まで四人の車を誘導した。車の音がするなあと思ったとき、チャイムが鳴って、僕がドアを開けた。
「新婚とか新年とか、いろいろおめでとー!」
 そんな感じで、にぎやかにXENONの四人がぞろぞろと玄関に入ってきた。
「萌梨、久しぶりっ!」
 先頭の葉月さんがにっと笑って、「お久しぶりです」と僕も笑顔で答える。
「お元気でしたか」
「元気元気。中学生だった君が、結婚したことには驚きを隠せないが」
「お前変わってないからな。中学時代から変わってねえからな」
「要は寝落ちが増えたよな。歳だな」
「るせえな。萌梨、結婚おめでとう。悠も向こうで喜んでたぜ」
「最近、悠紗に会ったんですか?」
「年末イベントが多かったから、対バンもしたんだよな」
「そうなんですか。いいなあ……悠紗のライヴ、もっとたくさん行けたらいいんですけど」
「遠いしな」とビールの缶が覗けるふくろを持つ要さんが腕を組んでいると、「みんな」と夕食の用意をしていた聖樹さんが、エプロンをつけたまま現れる。
「もう、来るときは少し前もって連絡してって、いつも言ってるのに」
 聖樹さんがため息をついて、「ちゃんと一時間ぐらいで帰るからさ」と家に上がった要さんが聖樹さんの肩をたたく。
「どこか泊まるの?」
「車で寝る」
「窮屈だろ……。リビングなら泊まっていいって、聖乃さんも千羽ちゃんも言ってくれてるから」
「俺たちが新婚の家に泊まりこむような、ずうずうしい奴らだと思っておるのかね」
 葉月さんが腰に手を当てると、「思ってるけど」と聖樹さんはさらっと返して、「ひどっ」と葉月さんは泣き真似をする。
「聖樹が冷酷になってるよー」
「冷酷って。僕たちはみんな二階で寝るから。リビングで休むくらいなら、構わないよ」
「あー……、いいのか?」
 要さんが確認すると、聖樹さんはうなずく。
「ただ、お酒飲みすぎないでね。せめて換気して」
「お前は、よくできたダチだな」
「それはどうも。あと、変な本もひかえて」
「っしゃあっ。梨羽、聖樹の家に泊まれるぞー。今、心の中で久寿玉割れただろ」
 葉月さんがからからと笑う。梨羽さんは相変わらずヘッドホンで音楽を聴いていて、その隣で無表情の紫苑さんもギターを連れている。ほんとにぶれない四人だなあ、と僕が笑ってしまっていると、「姫たちはいないの?」と葉月さんは奥を窺う。
「ふたりとも仕事。聖乃さんのお店だよ」
「アイス屋か」
「ストーブの前でアイス食いたいのう」
「そこはこたつじゃねえの」
「えー。聖樹、こたつある?」
「リビングにあるよ」
「マジか! おい、待てよ、俺ら今夜こたつで寝れるってことじゃね?」
「とりあえず上がりなよ。梨羽と紫苑もどうぞ」
 聖樹さんに言われて、梨羽さんと紫苑さんも、ようやく家に上がる。僕も玄関に鍵をかけて靴を脱ぐとそれに続いた。
 わらわらとリビングに移動して、リビングのこたつに要さんと葉月さんはテンションを上げて、梨羽さんは不安そうにきょろきょろしたあと、サンデッキに行けるガラス戸のそばの部屋の隅で膝を抱えた。紫苑さんはその隣に腰を下ろし、梨羽さんの様子を気遣っている。
「梨羽、大丈夫そう?」
 聖樹さんに訊かれた紫苑さんは、「年末イベント多かったから」とぼそっと答え、「そっか」と聖樹さんは梨羽さんの前にしゃがむ。「ゆっくりしていって」と聖樹さんに言われた梨羽さんは、上目遣いで聖樹さんを見たあと、小さくこくりとした。聖樹さんは微笑んでから、こちらを見ると「夕食の支度の続きしようか」と言って、僕はうなずいた。
 今夜は、白菜と豚バラのチーズ鍋だったから、四人増えたぶんだけ、千羽ちゃんと聖乃さんに追加の具を買ってきてもらうのをメッセで頼んでおいた。副菜には肉じゃがを作って、それと、ごはんと豆腐の味噌汁。
 リビングでは相変わらず要さんと葉月さんが騒がしく、聖樹さんは苦笑しつつもやっぱり友人が来てくれて嬉しそうだ。夕食の下拵えが終わって、僕と聖樹さんも雑談に混じっていると二十時をまわり、そろそろ千羽ちゃんと聖乃さんが帰ってくるということで、夕食を食べる準備を始めた。
 こたつになっている座卓に、ガスコンロを持ってくると、鍋に白菜と豚肉を詰めこみ、隙間にチーズをさしこんでぐつぐつ煮込んでいく。「とろけるチーズの匂いが犯罪的」とビールを飲む葉月さんが鍋を覗きこみ、「追加の材料代は、はらうから言えよな」と要さんは気にしてくれる。
 そうこうしていると、「ただいまー」と千羽ちゃんと聖乃さんが帰ってきて、「おかえり」と僕は玄関に顔を出した。
「靴がいっぱい」
 足元を見た聖乃さんが言って、「もう食べてるの?」と千羽ちゃんはリビングのほうを見る。
「ふたりのこと待ってるよ」
「そうなんだ。じゃあ──あ、これ。具材の追加。ベーコンにしたよ」
「あ、それもおいしそうだね」
 千羽ちゃんがさしだしたスーパーのふくろを受け取っていると、にぎやかに笑っているリビングに聖乃さんが首をかしげる。
「私たちも混ざっていいの? 聖樹さん、友達とゆっくりしたくないかな」
「いいと思いますよ。ただ、要さんと葉月さんがお酒飲んでるんで、それは大丈夫ですか」
「実家で親がよく飲んでたんで。千羽ちゃんは平気?」
「私も親が飲んでたくらいなら」
 たぶん、かなり量が違うと思ったけれど、「じゃあ、お鍋できてるんで」と僕はふたりをリビングに招く。千羽ちゃんと聖乃さんが現れると、「姫おかえりー」となぜか要さんと葉月さんは拍手した。
「もう食っていい?」と待ちきれない葉月さんが言って、「どうぞ」と肉じゃがの小鉢を並べる聖樹さんが笑いを噛む。
「聖乃さんと千羽ちゃんも、取られないうちに食べて」
 聖樹さんにそう言われて、千羽ちゃんと聖乃さんも座卓を囲む。「ついに結婚にこぎつけたなー」と要さんに言われた聖乃さんは、「おかげさまで」と肩をすくめる。
「聖樹のことよろしくな」
「意外と似合ってるよー」
「意外とって何ですか」
「で、結婚式、いつすんの?」
「萌くんの誕生日にってことで、今いろいろ当たってます」
「萌梨の誕生日」
「五月十七日です」と千羽ちゃんが言うと、「千羽ちゃんと萌梨もいい夫婦だよなー」と要さんは豚肉を遠慮なく取り分ける。
「千羽姫も、萌梨のことよろしくね」
「あ、はい」
「いやー、俺は結婚なんか興味ないけど、ダチが結婚して幸せそうなのはいいもんだねえ」
「葉月さんたちは、やっぱり結婚しないんですか」
「めんどい」
「うざいな」
 ひと言で斬ってしまう葉月さん、そして要さんに、XENONはそうだよなあ、なんて妙に納得しつつ、僕はキッチンに行って白菜とベーコンを取り出した。聖樹さんはお茶碗にごはんを盛っていて、「足りる?」と心配すると、「明日の朝のぶんをまた炊けばいいから」と返ってくる。僕はすすいだ白菜とベーコンをひと口大に切っていって、お皿に載せて追加ぶんとしてリビングに持っていく。
 早くも鍋の中身は少なくなっていて、僕はほかほかといい匂いの湯気の中に、菜箸で具材を詰めこむ。動かない梨羽さんと紫苑さんには聖樹さんが取り分けて、そうされるとふたりとも口をつけていた。
「いただきます」とようやく僕と聖樹さんも箸を取って、チーズが溶けこむスープが染みこんだ白菜や豚肉を息を吹きかけて食べる。
「結婚式、萌梨の誕生日で決まりなのか?」
 白菜を取り皿にすくいあげる要さんが訊いてきて、「たぶんそれは決まりでよさそう」と聖樹さんが答え、「ね」と言われた僕も同意する。
「四月がいいかなあとも思ったんですけど。EPILEPSYあるし、みんな帰ってきてるので」
「いや、俺らに合わせることはないだろ」
「ま、しばらくこっちで一ヵ月くらい休むのもいいかもなー。さすがにウィークリーマンションでも借りましょう」
「このへんのハコでブッキング来たらそうするか」
「梨羽も聖樹のそばで休みたいだろ。聖乃ちゃん、たまに梨羽に聖樹貸してあげてね。もうこれは、聖樹の嫁として黙認するしかないからね」
「はあ……」
 と言いつつ聖乃さんは聖樹さんを見て、その様子に「別にやましいことはないから安心しな」と要さんが笑う。
「じゃあ、五月十七日は今から空けとくぞ」
「俺、結婚式に参加すんの初めてだわ」
「俺もだな」
「姫たちはウェディングドレス? 白無垢?」
「試着しまくってるのはドレスだよね」
 聖乃さんは千羽ちゃんを見て、千羽ちゃんはうなずきながら「けど白無垢もいいなあ」とごはんを箸ですくう。
「千羽ちゃん、和風とかけっこう好きだもんね」
 僕が言うと、千羽ちゃんはこくんとして、「でも、ドレスもどれも綺麗だから憧れる」とはにかんで咲う。そんな千羽ちゃんに「女子だねえ」と葉月さんはしみじみ言って、「聖樹は白いタキシード似合うだろうな」という要さんの言葉に、「そうかな」と聖樹さんはまじろぐ。
「あー、分かる。聖樹は白タキシードだわ。かっちり着こなしやがりそう」
「萌梨も背伸びたからタキシード良さそうだよな。袴もびしっとなりそうだけど」
「人の結婚式に口出すの楽しいわー」
「自分のだったらうんざりするけどな」
 神妙にうなずきあって、要さんと葉月さんは煮込まれてきた追加のベーコンや白菜を取って、がつがつと食べていく。それに負けないように僕たちも食べて、鍋はあっという間に空っぽになってしまった。
 鍋や食器を下げてこたつが空くと、要さんと葉月さんはお酒を飲みながら、セットリストを考えたりとEPILEPSYの打ち合わせに入った。梨羽さんはウォークマンを充電しはじめ、もうひとつのウォークマンでやっぱり音楽を聴いている。紫苑さんはノートの楽譜に細かく書きこみをしていた。
 聖樹さんと僕は食器を洗って、千羽ちゃんはダイニングで式場案内のサイトをPCで見て、聖乃さんはお湯張りが終わるとお風呂に行った。そのお風呂に千羽ちゃん、僕、聖樹さんも入ると、XENONの四人は「俺らは明日、外でシャワー浴びる」とこたつにもぐりこんだ。
 明日には仕事がある僕たちは、四人とおやすみを言い交わして二階に上がり、それぞれ夫婦の寝室に別れた。僕と千羽ちゃんはダブルベッドでうつらうつらしつつ雑談し、そのうち眠りについた。
 週末、金曜日は仕事があって行けなかったけれど、土日のEPILEPSYには聖樹さんと参加した。
 相変わらずホールの観客の熱気がすごくて、そしてそれを圧倒するほどXENONのステージはかっこよかった。砕け散りそうなほど叫んで歌う梨羽さん、ゆがんだ重いギターで空気を破る紫苑さん、心臓に伝わる低音で演奏を引っ張る要さん、激しいショットでリズムを取る葉月さん、ステージにいるときの四人は本当に限界を吹っ切って音楽を発していて、こちらの精神力まで奪うようだ。
 ライヴが終幕すると「梨羽の様子見てくる」と聖樹さんはいったんホールを離れ、ライヴのあとの梨羽さんのことを知る僕は、心配しつつもドリンクの烏龍茶を飲みほす。観客が引くと、紫苑さんと要さんと葉月さんがステージを片づけにきて、僕は『今撤収してるからもうじき帰るよ』と聖乃さんと一緒に家で待っている千羽ちゃんにメッセを送る。
 その日はXENONはホテルに行って、僕と聖樹さんは電車で地元に帰った。
 月曜日の昼、『今度は結婚式にな』と要さんからメッセが来ていた。もう次のライヴに飛んでいってしまったようだ。今度は結婚式に。XENONの四人も楽しめるものにできるといいな、と思った。

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