初夏の結婚式
一月中に式場を決めて、予定通り、五月十七日の木曜日に日取りも決まった。最終的に、千羽ちゃんも聖乃さんもウェディングドレスになった。ドレスが決まった日、「式までに三キロ痩せましょうって言われた……」とふたりは同じ助言をされたようで沈んでいて、「カロリーひかえた食事にするから」と聖樹さんと僕は、何とか励ましたりする。
冬が終わって、ちらほら春めいた陽気がただよう日が訪れはじめる。
招待状を作って、そろそろ結婚指輪も仕上がってくる。二次会の幹事は、聖乃さんの弟の聖良さんと奥さんのすずなさん、そしてなずなさんの三人に分担で任せた。細かい段取りを決めるために、みんなで食事をしつつ相談したりもした。
披露宴のプログラムや演出も決めて、五月になると最終打ち合わせに入る。特に花嫁のふたりのヘアメイクやドレスの調整には念を入れて、準備を整えて、ついに結婚式当日がやってきた。
「とうさん、萌梨くん! おめでとう!」
千羽ちゃんと聖乃さんの仕上がりを別室で待っていると、そんな声と共にドアが開いた。僕たちは振り返り、そこにいた悠紗のすがたに笑顔になる。
「悠。おかえり」
「ただいまっ。わー、さすがとうさんっ。タキシード似合うね」
「さすがって」
悠紗は長い髪をポニーテールにまとめて、スーツを着ている。「悠紗のスーツ、初めて見た」と僕が言うと、「レンタルだけどね」と悠紗は照れ笑いする。
「ってか、萌梨くんもかっこいい! ね、写真撮っていい?」
「あとでみんなで撮るよ?」
「俺は、とうさんと萌梨くんの写真が欲しいの。並んでよ」
聖樹さんと僕は顔を合わせ、ちょっと笑ってから「はいはい」とスマホを構える悠紗の前に並ぶ。悠紗はスマホの画面を見つめて、何枚か慎重にシャッターを切った。
撮った写真を確認して、悠紗は「やっとこの日が来たんだなあ」としみじみつぶやく。「やっと」と聖樹さんがその言葉を拾うと、悠紗はうなずく。
「とうさんと萌梨くんがこんなふうに誰かと幸せになるの、俺、ガキの頃からずっと楽しみにしてたんだ。そんなの贅沢なのかなあって思ったりしたけど、やっぱ、とうさんと萌梨くんには幸せになってほしかった」
「悠……」
「へへ、きよ姉と千羽ちゃんなら安心だしね。ほんとにおめでとう」
「ありがとう、悠紗」
「悠にはたくさん心配かけてきたもんね。でも、もう僕も萌梨くんも大丈夫だから」
「んっ。まあ、俺がとうさんと萌梨くんの味方なのは変わらないから。頼りたくなったら頼って」
悠紗はにっこりして、その笑顔に聖樹さんも僕も感慨深くなる。悠紗は、一番近くで聖樹さんと僕を見つめてきた。感受性が強くて、僕たちがつらくて泣くと、一緒に泣き出してしまうような子だった。
今は独り立ちして、遠い街で音楽をしていても、その頃からの聖樹さんと僕への気持ちは変わらないのだ。そんな悠紗は、聖樹さんと僕にとっても、誰よりかけがえのない存在だ。
「きよ姉と千羽ちゃんはまだ?」
「うん。おかあさんたちが付き添ってる」
「じいちゃんとばあちゃんは?」
「来てるよ。さっき飲み物買いに行ったから、すぐ戻ってくるよ」
「じいちゃんとばあちゃん、とうさん見て泣いてなかった?」
「うーん、僕より萌梨くんに泣きそうになってたね。この日が来たのは、萌梨くんのおかげだって」
「そっかあ。確かに、萌梨くんいなかったらなかったよね」
「そ、そうなのかな。聖樹さんに出逢えたおかげだよ」
「萌梨くんが僕を変えてくれたんだよ」
ループになりそうな話題に三人で噴き出していると、不意にドアが開いて、「あら」とおばあちゃんとおじいちゃんが顔を出した。
「悠ちゃん、こっちに着いてたの」
「わっ。じいちゃん、ばあちゃん、久しぶりっ」
悠紗はふたりに駆け寄る。いつのまにか、僕だけでなく、悠紗もおばあちゃんより背が高くなっている。
「大きくなったね。ちゃんとひとりで生活できてる?」
「ひとりでというか、家事はわりと彼女がやってくれる」
「何だ、悠にもいい人ができたのか」
「んー、けっこう前からつきあってるよ?」
悠紗が屈託なく答えると、「そうなのか」とおじいちゃんはちょっと複雑そうにする。それに聖樹さんも僕も咲ってしまって、「意外ととうさん寂しがってくれるんだよね」と聖樹さんが言うと、おじいちゃんは何か言おうとしたものの、反論できなかったのか、腕を組んで息をついた。
ふたりが買ってきた飲み物を飲んでいると、「すごい! きらきら!」と子供の声がした。
子供──といえば。もしかして、と思った僕は紅茶のペットボトルを置いて、廊下を覗いてみた。そこには、小さな女の子を真ん中に手をつないだ男の人ふたりがいる。
僕は「紗月くん」と声をかけた。すると、案の定男の人が振り返り、「萌梨くん」と笑顔になる。それは紗月くんで、もうひとりは恋人の弓弦さん、そして──
「結音ちゃん、だったっけ?」
僕がそう言うと、艶々の長い髪の女の子が紗月さんを見て、弓弦さんを見る。「自己紹介」と弓弦さんに言われて、女の子は僕を見上げる。
「結音、です。初めまして」
「初めまして。紗月くんと弓弦さんの娘さん?」
「はいっ。おにいさんは、えと、結婚おめでとうございますっ」
僕は笑みを浮かべて、「ありがとうございます」と結音ちゃんの頭をぽんぽんとする。「言えた」と結音ちゃんは紗月くんと弓弦さんを見上げて、「言えたね」と紗月くんが微笑む。
「僕からも。おめでとう、萌梨くん」
「ありがとう。結音ちゃんのこと、びっくりしたよ。ぜんぜん聞いてなかったから」
「引き取った事情がややこしくて。説明しなきゃって考えてるうちに、こんなに経っちゃって。ごめんね」
「ううん。事情も整理できたら聞くよ」
「うん。萌梨くん、すごくかっこいいね」
「そ、そうかな。言われると照れる」
「似合ってるよね」と紗月くんに言われてうなずいた弓弦さんは、「結婚式って憧れるな」と微笑む。
「あ、弓弦さんは紗月くんと結婚式挙げたりしないんですか? 式だけでも」
紗月くんと弓弦さんは顔を合わせ、「したい?」と訊いた弓弦さんに、「いいなあとは思う」と紗月くんは答える。「そうなのか」と空を見た弓弦さんは、「じゃあ今度するか」とさらっと言って、「えっ」と紗月くんはまばたく。
「いや、その、いいよ。弓弦、いそがしいでしょ」
「一日ぐらい休めるよ」
「でも、来る人が何か……すごそう」
「すごい人呼ばないから」
「紗月くんと弓弦、もう結婚してるんじゃないの?」
結音ちゃんが首をかたげて、「式は挙げてないんだよなあ」と弓弦さんが肩をすくめる。
「こうやって結婚式見ることになると、やっぱ挙げたくなるな」
「あんまり僕たち、指輪とかにもこだわってこなかったもんね」
見ると、確かに紗月さんと弓弦さんの薬指に指輪がないことに初めて気づき、それは意外だなと感じる。
「一緒にいられたらいいって感じだもんな」
「えーっ、指輪はしたほうがいいよっ。結婚してるって感じだもん」
結音ちゃんがそう言って、僕も静かにうなずいてしまうと、紗月くんと弓弦さんはまた顔を合わせ、「じゃあ帰ったら指輪探そうか」と弓弦さんが言う。「いいの?」と紗月くんが少し遠慮すると、「俺は紗月との印になるなら」と弓弦さんは言って、紗月くんはやや頬を染めてこくんとした。
「あ、やっぱ結音じゃん」
ふと僕の後ろから顔を出した悠紗が、結音ちゃんを認めるとそう言った。「悠ちゃん」と結音ちゃんは驚いたまばたきを見せる。
「何で悠ちゃんがいるの?」
「萌梨くんは俺のにいちゃん、もうひとりの新郎も俺のとうさん」
「そっか、悠紗、結音ちゃんと知り合いなんだ」
「そう。毬音の妹分が結音。紗月さんたちも呼んでたんだね」
「僕がね。同世代の友達っていうと、そんなにいなくて。あ、そういえば弓弦さん、今日は恵麻さんも来てくれますよ」
「マジか。挨拶したいな。仕事は順調?」
「はい。今日、平日なのに呼んじゃって申し訳ないんですけど」
僕が肩をすくめていると、悠紗と結音ちゃんのやりとりを見ていた紗月くんが、「よかったら、聖樹さんにも挨拶していい?」と訊いてくる。「もちろん」と僕は紗月くんたちを中に通す。
「聖樹さん、紗月くんと弓弦さんと、話してた娘さん」
おじいちゃんとおばあちゃんと話していた聖樹さんは、こちらを向き、「久しぶり」と微笑む。結音ちゃんには「初めまして」と同じ目線になって挨拶して、「王子様みたい!」と聖樹さんのタキシードは結音ちゃんにも好評だった。
そうこうしていると、千羽ちゃんのおかあさんが顔を出して「ふたりとも仕上がったよ」と声をかけてくる。僕と聖樹さんは、なぜか緊張してしまったものの、「見に来る?」と言われたらうなずく。悠紗たちはその部屋に残ってもらい、ひとまず、聖樹さんと僕がおかあさんのあとをついていった。そんなに離れていない部屋の前で、「新郎さん連れてきたよー」とおかあさんが声をかけて、ドアを開ける。
そこには、純白のドレスをまとった、千羽ちゃんと聖乃さんがいた。千羽ちゃんはプリンセスラインのドレスを着ていて、レースのボレロを肩にかけ、スカートは裾が段になって折り重なっている。聖乃さんは長めのフィッシュテールスカートのドレスで、白いヒールの足元が少し覗ける。ふたりとも化粧で普段以上に表情が華やかで、千羽ちゃんは下ろした髪を巻いて、聖乃さんはアップにしている。
思わず僕も聖樹さんも言葉が出なくて、その沈黙を長引かせてしまって、千羽ちゃんと聖乃さんがこらえきれないように咲った。千羽ちゃんのおかあさんや聖乃さんのおばさんも噴き出して、「何か言ってやってくださいよ」とつついてくる。「あ、」と聖樹さんが先に声を発して、何だか照れながら発する。
「すごく、綺麗……です」
すると聖乃さんはにっこりして、「聖樹さんも素敵です」と微笑む。僕は千羽ちゃんを見つめて、やっぱり照れ咲いになってしまいながら言う。
「お姫様みたい。綺麗だよ」
千羽ちゃんは、僕の言葉に頬を染めながら咲って、「萌梨くんもかっこいい」とはにかむ。
何とも言えないおもはゆい空気に包まれていると、「準備できたかー」「開けるぞー」と千羽ちゃんのおとうさんと聖乃さんのおじさんが部屋を覗いてきた。そして、いよいよ娘の花嫁すがたを目にして、さすがに父親として感極まったのか、目頭を押さえたりハンカチで目をおおったりする。
「男性陣は弱いねえ」と聖乃さんのおばさんがからから笑うと、そこにいた女の人みんなが笑ってしまった。
結婚式は予定通り、教会で二組一緒に行なわれて、指輪の交換が心臓が止まりそうなほどどきどきして、指先が震えてしまいそうだった。人前でキスできるか心配だったけど、ウェディングベールをゆっくり上げて、千羽ちゃんの瞳をじっと見つめて集中したら、何とか唇を触れあわせることができた。
五月晴れの外に出ると、いつのまにか来ていたXENONの四人と聖樹さんと聖乃さんが咲って、千羽ちゃんは紗月くんと一緒に結音ちゃんの相手をして、恵麻さんは弓弦さんとそれを見守っていて。「萌梨」と僕も呼ばれて振り返ると、スーツすがたの沙霧がいて、「おめでとう」と微笑みかけられた。「ありがとう」と僕は微笑み返し、「緊張した」とまばゆいような表情になる。
「そっか。俺はちょっと泣きそうになったなー」
「そうなの?」
「うん。萌梨と出逢ってからの兄貴とか、悠とか、いろんなものが一気によみがえってさ。萌梨のこと、最初は疑ってたことまで思い出した」
「はは」
「ちゃんと萌梨を理解できてよかったよ。こんなに幸せになれたんだから」
「そうだね。あの頃は、ここまで幸せになれるとは思ってなかったなあ」
「全部、萌梨が家族になってくれたおかげだよ。ありがとう」
「聖樹さんが僕を家族にしてくれたんだよ。でも、そう言ってもらえるのは嬉しい。僕も、聖樹さんと家族になってよかった」
「これからも、家族でいてやってくれよな」
「うん。千羽ちゃんと聖乃さんなら、そうなっていけると思うよ」
そう笑んでいると、「萌梨くん」と呼ばれて顔を向ける。弓弦さんの隣で恵麻さんが手招きしていて、僕は沙霧に「またね」と言い置いてそちらに駆け寄る。
恵麻さんは僕に「おめでとう」とにっこりしたあと、「ばっちり撮れました」とスマホの画面を向けてきた。それが、僕と千羽ちゃんの誓いのキスの写真だったから、「わあっ」と声を上げてしまう。
「えっ、ちょ、何ですかそれっ」
「すごくいい結婚式なんだから、やっぱ撮っとかないと──」
「写真はこのあと、みんなで撮りますってば」
「このシーンを撮らずに終わらせるのはちょっと」
「撮ってどうするんですかっ」
「花おばちゃんに見せて泣かせる」
花おばちゃん、とは例の施設の花丘さんのことだ。確かにそんな写真を見たら泣いてくれそうだけど。
「あとは萌梨くんに転送して、それだけにしておくから」
「ほんとですか……?」
「ばらまくようなことはしないよ。まあ、弓弦さんには見せたけど」
「いい写真じゃん。綺麗に撮れてるよ」
「ですよね。大事な日を残しておくのもいいものだよ」
「はあ……。じゃあ、まあ、ありがとうございます」
「いえいえ」
恵麻さんが笑顔でスマホをスーツにしまったとき、ふと背中を引っ張られた気がして、背後をかえりみた。するとそこには、黒のスーツを着た梨羽さんがいた。XENONのみんなは黒のスーツで、きっとかなりレアな装いだ。
梨羽さんは、こちらをじっと見上げている。いつしか、僕のほうが梨羽さんより背が高くなった。「来てくれてありがとうございます」と僕が言うと、梨羽さんはポケットからポストカードくらいの紙を取り出し、僕の胸に押しつけてきた。
受け取ると、梨羽さんは無言のまま隅っこに行ってしゃがみはじめてしまったけど、僕はそのカードを見てまばたきした。白いつつじの押し花のカードだった。
【第十五章へ】
