お似合いのふたり
数日が過ぎて週末になり、千羽ちゃんと聖乃さんは午前中から街に出かけていった。聖樹さんと僕は、お昼が近づくと、昨日の夕食のホワイトシチューからポテトグラタンを焼いた。四人ぶん焼きあがって、食べるときに温めるだけにしていると、ちょうどチャイムが鳴った。
聖樹さんがインターホンに出て、目配せされてうなずかれたので僕は玄関に向かう。ドアを開けると、少し曇った空からひやりとした空気が流れこんできて、門扉の向こうにオーバーを着込んだ沙霧と、赤と黒のボーダーセーターを着た真砂くんがいた。
「沙霧。いらっしゃい。迷わなかった?」
門扉に駆け寄り、かんぬきを開けながら言うと、「ちょっと迷った」と沙霧は笑う。
「似たような家の並びだもんね。どうぞ、入って」
「サンキュ」
「ううー」
「何だよ、真砂」
「緊張するんだけどー」
真砂くんは門扉を抜けようとする沙霧の腕をつかんで、「兄貴は大丈夫だって」と沙霧は真砂くんを励ます。真砂くんは跳ねる毛先をヘアピンで抑え、光をよく吸いこむ瞳をしている。ルーズな服装をしていても、体型が華奢なのが分かる。
「真砂くんも、お久しぶりです」
僕がそう声をかけると、「あ、」と真砂くんははたとこちらを見て、僕には親しみやすい笑みを浮かべる。
「久しぶりです、萌梨くん。あっ、すげー遅くなったけど、結婚おめでとう」
「はは、ありがとうございます」
「で、その──沙霧の兄貴って怖くないですか? ブラコンだったりしない?」
僕は噴き出して、「優しいおにいさんですよ」と玄関へとふたりをうながす。
「紹介してもらえるの、嬉しいって言ってましたし」
言いながらドアを開けると、聖樹さんが玄関先で僕たちを待っていた。「いらっしゃい」と物柔らかに微笑んだ聖樹さんに、沙霧は「何か久しぶり」と答える。
「ほんとだよ。昔は気づけば遊びに来てたのに」
「それ高校のときの話だし。もう俺が来ても邪魔だろ」
「そんなことないよ。今日も来てくれて嬉しい。それで、ええと──彼氏くん」
「あ、うん。真砂っていって、年は俺のひとつ下」
「そうなんだ。──初めまして、沙霧の兄の聖樹です」
聖樹さんににっこりされて、真砂くんは表情に緊張を見せたものの、「初めまして」とぺこっと頭を下げる。
「えと、沙霧と仲良くさせてもらってます。というか、その、つきあってます。よろしくお願いします」
ぎこちなく答える真砂くんにくすりとして、「上がってもらって、話しましょうか」と聖樹さんは家の中をしめす。それで沙霧も真砂くんもスニーカーを脱いで家に上がり、玄関の鍵をかけた僕も続いた。
「お昼ごはんグラタンでよかった?」と聖樹さんに訊かれ、ふたりともうなずいている。沙霧はリビングを横切りながら「今までマンションだったのに思い切ったなー」と室内を見まわし、「最初から四人いるしね」と聖樹さんはふたりをダイニングのテーブルに案内する。
僕も手伝ってグラタンとサラダをテーブルに並べると、聖樹さんと僕、沙霧と真砂くんで向かい合って座った。
「聖乃さんと千羽ちゃんは?」
「出かけてるよ。女の子同士で買い物」
「仲いいんだ」
「親友みたいな感じだよね」
聖樹さんの言葉に僕はこくりとして、「性格もよく合うみたい」とチーズの匂いが蕩けるグラタンをかきまぜる。
「そっか。うまくいってるならよかった」
「沙霧のほうは? カミングアウトしてくれたときには、彼氏っていう話は出なかったけど」
「えっ、もしかして初めて知った?」
「いや、萌梨くんからぼんやり聞いてたけど。どれぐらいのつきあい?」
「どれぐらい、かな。もともとメル友だったし、会ってもしばらく友達だったし──」
グラタンを冷ます手を止めて沙霧は真砂くんを見て、真砂くんも沙霧を見る。沙霧にじっと見つめられて、「えっ」と真砂くんは肩を揺らす。
「俺?」
「うん」
「ここで俺?」
「いつからだっけ」
「俺かよ。えーっと……いや、俺は最初から沙霧に告ってた気がします」
「そうなんだ?」
聖樹さんは含み咲って、「いや、」と言わせたわりに沙霧がため息をつく。
「メル友に告られてさくっとつきあえるかよ」
「つきあう人もいるよ」
「出会い系ならそうかもしれないけど、俺たち別にそんなのじゃなかっただろ」
「あーもー、つきあいはじめたのはー、二回目に会ったとき! そう、初めて会ったときはあんまり時間がなくて」
「初めて会ったときって、僕と向こう行ったとき?」
「そう。萌梨は芽留さんたちといた」
「もともと、沙霧と真砂くんも芽留くんの映画が切っかけだったんだよね」
「あ、もしかして『ハンドメイド』?」
「そうですっ。俺、あの映画すっげえ好きで。てか、天海親子マジリスペクト……かっこいい」
真砂くんはうっとりため息をつく。ちなみに、芽留くんのおとうさんは天海智生という映画監督で、世界的に有名だったりする。『ハンドメイド』も天海智生監督作品だ。
「SNSの日記で、沙霧が『ハンドメイド』の感想書いてて、それに共感して俺がメッセ送ったのから仲良くなったんです」
「別にゲイってことから仲良くなったんじゃないんだよな。映画の感想で盛り上がってたら、カミングアウトになってた感じ」
「電話とか写メ交換もして、話合うし、俺から告ったけど、会うまで沙霧ははっきりしなかった」
「だからさ、それはやっぱ会わなきゃ分かんねえとこあるだろ」
「俺は会う前から沙霧にときめいてたもん」
聖樹さんと僕は顔を合わせ、つい咲ってしまう。何というか、かわいいなあ、なんて感じてしまった。僕たちの反応に気づいたふたりは頬を染め、「まあ、会ったら俺も好きになったんだけど」と沙霧が言うと、真砂くんはにっこりしてグラタンからじゃがいもをすくう。
「『ハンドメイド』から仲良くなったなら、真砂くんも芽留くんに会ったことあるんですか?」
僕がそう問うと、真砂くんはじゃがいもを飲みこんで首を横に振る。
「萌梨くんはあるんですよね」
「一応。芽留くんの友達の人のほうが、仲はいいんですけど」
「それでもうらやましいなあ。沙霧も会ったことあるし」
「ツテの元は萌梨だけどな」
「いいなあ。あー、でも実際会ったら、感動でわけ分かんなくなって怪しくなりそう」
「芽留さん、それを『あはは』って笑いそうなふわっとした人だよな」
「うん。すごくおっとりしてる」
「マジかー。映画たくさん観るけど、『ハンドメイド』は特に突き刺さるんだよなあ。望海と佑悟ー」
「映画好きなんですか?」
聖樹さんがそう問うと、「好きすぎて、DVDショップで働いてます」と真砂くんは咲う。
「チェーンじゃなくて、個人経営のコアな映画ばっか置いてるとこで。オーナーが発掘してくる映画が毎度すごいです」
「おもしろそうですね」
「おもしろいですよっ。普通置いてないような古い映画とか、DVD出てなくてビデオで置いてるマイナーな作品もあります。そこしか置いてなくて、何度も同じ映画借りてくれるリピーターのお客さんもいたりするんですよ。ぶっちゃけ、コピーしようと思えばできるのに、オーナーとか俺と映画の話したいからって来てくれるんです」
「雰囲気ありそう。沙霧はそこ行ったことあるの?」
「ないけど、何か行ってみたくなったな」
「来ていいよー。どうせスタッフ俺ひとりで、オーナーはレジでずっと映画観てるから」
「行っておいでよ、沙霧。楽しそう」
「そう、ほんっと楽しいんです。ぜんぜん仕事って感じがしなくて」
そう語る真砂くんはとても生き生きしていて、ほんとに好きなんだなあ、と黙って聞いている僕にも伝わってくる。聖樹さんもそう感じたのか微笑んで、「ほっとしました」と言う。
「えっ」
「沙霧の恋人ってイメージ湧かなくて、緊張してたんですけど。しっかりした人で良かったです」
「あっ、いや──って、俺、映画のことになるとしゃべりまくってすみません。俺も緊張してたんですけどっ。何か、ほんと──おにいさんが優しくてよかった」
「これからも、沙霧をよろしくお願いしますね」
「はいっ。ありがとうございます。あー、やばい、沙霧の家族にそう言ってもらえてめっちゃ嬉しい……」
真砂くんは沙霧を見て、沙霧はちょっと笑ってから真砂くんの頭をぽんぽんとする。
そのあともなごやかに食事をして、「とうさんとかあさんに真砂くんを紹介したくなったら、僕も手伝うからね」と聖樹さんが言うと、沙霧さんはうなずいて「ありがとう」と言っていた。僕が食器が洗うあいだも三人で話をしていて、よかった、と僕も安堵する。真砂くんとの仲を聖樹さんが理解してくれるのは、沙霧の心にとってとても大きいと思う。おじいちゃんとおばあちゃんにも打ち明けられる日が近くに来るといいな、と祈った。
沙霧と真砂くんは、三時のおやつに買っておいたドーナツを食べて、「じゃあまた」と帰っていった。聖樹さんと僕は門扉までふたりを見送り、「おもしろい子だったね」と聖樹さんが微笑し、「お似合いだった」と僕もうなずく。「ほんとはね」と聖樹さんは玄関に引き返しながらつぶやく。
「僕のことがあるから、同性との仲をとうさんとかあさんが受け入れられるか、正直心配なんだけど」
「……うん」
「受け入れてほしいな。僕のことと、沙霧のことは、確かにどっちも同性間でも、違うことだし」
「聖樹さんが、そういうこと伝える助けをしたらいいと思う」
「そうだね。ふたりにそのときが来たら、僕も頑張るよ」
僕はこくんとして、玄関のドアを開けた。「寒い」と聖樹さんは家の中に入って、「来週はもう十二月だもんね」と僕は続く。
「あと一ヵ月で、籍入れて二年だね。それと、聖樹さんの誕生日」
「僕の誕生日はもういいかなー。籍入れたのはお祝いしたいね」
「千羽ちゃんたちにプレゼント買いたいな。今度、一緒に見に行かない?」
「いいね。ひとりだと迷うし」
そんな話をしながら、家の中に上がって残ったドーナツや紅茶を淹れたカップを片づける。
そうしていると、まもなく千羽ちゃんと聖乃さんが帰ってきた。「彼氏くんどうだった?」と聖乃さんに訊かれた聖樹さんは、「楽しい人だったよ」と咲っていた。その会話に千羽ちゃんも僕を見て、僕は微笑む。「よかった」と千羽ちゃんも聖乃さんも言ってから、ふたりは自分たちだけでなく聖樹さんと僕の服も取り出してプレゼントしてくれた。
それを受け取りながら、沙霧と真砂くんみたいに、僕も千羽ちゃんとお似合いの仲良しでいたいなと思った。
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