君が認めた仲間
悠紗と毬音さんの部屋に泊まって翌日を迎えると、トーストの朝食を食べて、昼前に悠紗と部屋を出た。毬音さんもあとから〈POOL〉に出勤するそうだ。
今日も空は突き抜けて青く、雲もない。こんな場所でも蝉は鳴いている。
炎天下のもと連れていかれたのは、enfant terribleがよく出演するライヴハウスと同じビルに入っている、カウンターバーだった。ライヴハウスのオーナーさんと、この店のオーナーさんが古い友人で、よくフードやドリンクの連携サービスも行っているのだそうだ。
「悠紗来ましたー」と悠紗がドアを開けると、それだけで歓声があったからちょっと驚く。
「そして俺の兄貴も来ましたー」
「わ、ほんとに来てくれたんだ」
「いらっしゃいませー」
臆しそうになりつつ店内に踏みこむと、店内は小ぢんまりとしていて、カウンターと四つほどの小さなテーブルしかなかった。テーブルのお客さんとハイタッチしたりしたあと、悠紗はカウンターに歩み寄る。
そこにはふたりの男の子がいて、「ヴォーカルの夏椰とドラムスの漣だよ」と紹介される。「悠紗がお世話になってます」と僕が頭を下げると、「こちらこそ」と夏椰くんはにっこりして、「悠紗のにいちゃんにしては柔らかいな」と漣くんは腕を組んだ。僕も僕で、意外と落ち着いてるな、と思っていると、「初生は?」と悠紗がカウンターのスツールに座ったので、僕はその隣に座る。
「まだ来てないよ」
「夕べのfetiageのライヴ行ってたみたいだから」
「初生も兄貴好きだよねー」
「悠がそれ言うかよ」と漣くんが笑って、「何か頼んじゃってください」とスツールを降りた夏椰くんが、ラミネートされたメニューを持ってきてくれる。
「ありがとう。えと、ヴォーカルさん」
「はい。悠によく話聞いてます。おとうさんのことも」
「そうなんですか。何か、変わった家族ですけど」
「そんなことないですよ。僕も変わった環境で育ちましたし。同年代の味方は幼なじみの漣だけだったから、今は悠や初生がいて嬉しいです」
「悠紗もそうだと思います。初生くん、っていうのが──今いなくて、ベースになるんですかね」
「はい。fetiageっていうバンドのギターの弟で。生まれたときから音楽満遍なくやってたんで、ベース担当してもらってるんです」
「夏椰くんはいつから歌ってるんですか?」
「小学生くらいです。Bazillusの夏輝さんに憧れて、指導してもらいました」
「指導。Bazillusって、何か……え、聞いたことあるような」
言いながら首をかしげると、「Bazillusはっ」といつのまにかカルピスソーダを飲みはじめている悠紗が、割りこんでくる。
「こないだワールドツアーもやったバンドだよ。でも、萌梨くんが聞いたことあるのは、それじゃなくて、昔XENONと対バンした話を要くんか葉月くんに聞いたからだと思う」
「……あ、そうだ。確かに要さんたちが話してるのを……聞いたの十年以上前だけど。え、ワールドツアーするバンドになってるの?」
「今すっごいですよ、Bazillus。ちなみに俺は、夏椰の父親の双葉さんにドラムス教わりました」
「夏椰くんのおとうさん……は何の人ですか?」
「Bazillusのドラマーです。といっても、義理の父親です。だけど、本当の父親より母に相応しい人だと思うし、尊敬もしてます」
「………、何か、ちょっと悠紗に似てる感じですかね」
「かもしれないですね。ただ、母は父親と別れる前から双葉さんと愛しあってたので、不倫だった時期があります。その頃から、父親はひどい人で、僕も早く双葉さんと結婚してなんて母にせがんだものですけど」
「夏椰の家庭事情はヘヴィだよな。悠の家も。俺んちは、両親仲良しこよしだ」
「漣のそういう家族が一番いいんだよ」と悠紗が言うと、「まあね」と漣くんはくすりとする。
そのとき、店のドアが開いて「暑すぎだろーっ」と叫びながら男の子が入ってきた。「初生」と悠紗たちが声を揃えて、「ん?」と彼はこちらを見て「あー、ごめん、寝坊した」と言いながら大股で歩み寄ってくる。
「ったく。萌梨くん、これがベースの初生」
「これって何だよ、悠。どちら様──違う、今日は悠が兄貴連れてくるから集まったんじゃん。ってことは、この人、悠の兄貴じゃん。わーっ、初めましてっ」
「は、初めまして……」
雪崩のように自己解決して騒ぐ初生くんに、「もうっ」と悠紗が突っ込む。
「初生、ボケ倒すのやめて。萌梨くんがヒイてる」
「本物だー。すげー。俺はですね、いつも悠と兄貴自慢で闘わせてもらってます」
「聞けよ」
「俺のにいちゃんは最高」
「……萌梨くん、やっぱこいつ無視して。無視していいから」
「こいつ、元日生まれなんですよ。だからなのか、すごくおめでたくて」
まだまだしゃべる初生くんを夏椰くんが何とか相手して抑え、悠紗と漣くんが僕に謝る。僕は咲ってかぶりを振ると、「何か嬉しいな」と悠紗を見る。
「えっ」
「ライヴとかブログ見るだけでも、すごくいいメンバーなんだろうなって感じてたけど。ほんとにみんな優しいね」
「そ、そうかな」
「昔から、悠紗が認めた人たちのバンドが見たかった。こうやってきちんと挨拶できて嬉しいよ。ひとつ夢が叶った」
「ん。ありがと」
「明日のライヴも楽しみだよ。みんなで行くね」
「うんっ。すっげえいい夜にする。ありがとう」
僕と悠紗が微笑みあうと、「ほんとにいい兄弟なんだな」と漣くんが悠紗を小突く。それに対して、「俺と春海兄もほんとにいい兄弟ですけど」と言う初生くんに、「それはもうよく知ってるよ」と夏椰くんは苦笑する。
XENONとは違う雰囲気だけど、この四人には四人の結束があるのが、何となく感じられた。
夕方に悠紗と毬音さんの部屋に戻って、悠紗は「来てくれてるのにごめんね」と言いながら零時までのバイトに出かけた。
毬音さんとふたりきりになったら空気持つのかな、とやや案じつつ、僕は紗月くんにチケット取り置きができたことや日時詳細をメッセで伝えた。既読はすぐにつかなかったけど、聖樹さんや千羽ちゃんにもメッセをしていろいろ報告していたら、けっこう時間が経って紗月くんの返信が来た。
『ありがとう!
結音が楽しみにしちゃってるから、行けるならよかった。
〈POOL〉で合流して、芽留の車で会場に行く感じでいいかな?』
〈POOL〉にここからひとりで行けるかな、と思ったけれど、かといってほかの場所はもっと分からない。マップ見ながら頑張って行こう、ということにして、『それでいいと思う。』と送信した。
待ち合わせの時刻を十四時に決めて、『また明日』とメッセを切り上げた。そのあとも誰かとスマホでつながっている状態で、やがて悠紗と毬音さんは一緒に帰宅してきた。
ファーストフードのハンバーガーがおみやげで、それを三人でもぐもぐ食べると、シャワーを浴びたり歯を磨いたりして就寝する。
enfant terribleのステージを観るのは初めてではなくても、あんなふうに、悠紗以外のメンバーと実際話をしてから聴くのは初めてだ。あの子たちの演奏が聴けるんだなあ、とそわそわしてしまったものの、ドライをつけた涼しい部屋なので、すぐに睡魔に誘われてしまった。
月曜日の朝食もトーストで、僕が簡単なお礼でたまごフィリングを作ったので、それをはさんで食べた。「毬音、これ作り方憶えてよ」と悠紗が言ったので、毬音さんは意外とまじめに、作り方などを僕に質問してメモしていた。
「作ってくれるんですね」と言うと、「悠がおいしいと思うものを作りたいので」と毬音さんはぼそっと言って、白い頬をわずかに染めてそっぽを向く。悠紗のこと好きなんだ、とその様子で一番よく分かって、何だか微笑ましくなってしまった。
悠紗はリハーサルのために昼に出かけてしまい、今日はオフで家事をするという毬音さんに「お世話になりました」と挨拶して、僕はふたりの部屋をあとにした。
【第二十一章へ】
