温かいつながり
それ以来、僕は千羽ちゃんの肌に触れる機会をなるべく持つようになった。がっつくように求めることはしなかったけれど、今までなら目をそらしていたような気持ちのとき、その心をしっかり正視した。
千羽ちゃんに触れる。撫でて、口づける。僕は経験がないのに、なぜこの手つきを知っているのだろう。そう思って嫌悪感で震えてしまうときもあった。
そういうときは、千羽ちゃんが僕の手をつかんで、やめさせてくれる。「ごめん」と泣いてしまうと、千羽ちゃんはボタンが途中まで外れた胸に僕を抱いて、涙が落ち着くまで頭を撫でていてくれた。僕もおとなしく千羽ちゃんの心臓を聴いて、温かな肌に安堵を覚えていく。
そのままやめておくこともあれば、千羽ちゃんのボタンをもう一度外しはじめることもあった。
女の子の生身に触れるのは初めてだけど、手本としてAVを見せられたりしていたから、女の子のかたちは知っている。それでも、千羽ちゃんの全裸を見たときは、どぎまぎして顔が勝手に熱くなってしまった。千羽ちゃんも僕の軆を見て、「何か照れるね」と睫毛を伏せていた。
初めは、そんなふうに、とてもぎこちなかった。けど、そのまま素肌を重ねることから始めて、女の子の軆がすごく柔らかくて、皮膚もきめ細やかにしっとりしていることを知った。やっぱり男の軆とは違うんだなあ、と当たり前のことに感動して、ふっくらした乳房や腰の曲線を指や唇でなぞり、そうすることで初めて、自分の性器が熱っぽく反応したときはびっくりした。
何だか恥ずかしかったし、自分のものであっても勃起を見たら怖いんじゃないかと思って隠そうとした。けれど、千羽ちゃんも僕の反応に気づいて、「触っていい?」と言われた。性器に触れられるなんて恐怖がよみがえるのではないか、ととまどったけれど、何となく断りたくなくて、僕はうなずいた。
千羽ちゃんは身を起こし、僕の口元に優しくキスしてから、華奢な手を伸ばして僕に触れた。すると、思いがけない快感が走って、びくんと震えてしまう。千羽ちゃんが僕を窺って、「……嫌ではないから」と僕が言うと、千羽ちゃんはゆっくり僕のかたちを確かめてさすってくれた。
僕は目をつぶって、千羽ちゃんの指先の繊細な動きに集中した。緩やかに糸を縒り合わせていくように、血の気が勃起の血管に集まって、自分の先端が湿ってくるのが分かった。千羽ちゃんの手は焦ってしごくようなことはせず、穏やかに僕を高める。そうして、ついに僕は、生まれて初めて射精をしていた。
「……大丈夫?」
急に力を抜いて息を切らした僕を、千羽ちゃんが心配そうに覗きこんでくる。僕は涙目でうなずき、「出すの初めてだから」と恥ずかしくなりながらも咲う。すると千羽ちゃんも微笑んで、「萌梨くんがよかったなら、よかった」と僕の精液を受け止めた手を握って、その手を大事そうに自分の心臓の上に置いた。
僕たちなりに、ゆっくり、段階を踏んでいった。もちろん、僕が千羽ちゃんを手や口で性的に刺激することもあった。
これはさすがに、どうやったらいいのかよく分からなかった。すごく下手だろうなあ、と思いつつも千羽ちゃんの核を舌で愛撫して、入口の位置を確かめてみる。
指でも痛いのかなと思って、無理にこじあけず、核が赤く実るまで口づける。そうしていると、入口がひくんと動き、愛液で柔らかく溶けるようになった。何度目かのそのとき、「指入れてみる?」と訊くと、声を抑えていた千羽ちゃんがうなずいたので、僕は中指一本から試してみた。
千羽ちゃんがうめいたので「痛い?」とすぐやめようとした。「大丈……夫」と千羽ちゃんが答えたので、やや躊躇いつつも、僕は千羽ちゃんの体内を指で感じ取る。熱くて、狭くて、濡れている。
そのまま、一気に広げようとはしなかった。動かしすぎないうちに指を抜いて、「何か今日は頑張ったね」なんてふたりで咲った。
「ごめんね、僕、女の子にしたことないから下手だったでしょ」
「そんなことないよ。何か、くすぐったい感じはあったかも」
ふたりでまくらに並んで、手をつなぎながら、その日感じたことは正直に交換する。このとき、次はこうしてみようか、もうそれはやめておこうとかが自然と決まる。
その後も、「今夜はしてみようか」となった夜、僕たちはゆっくり交わりを進めた。
時間をかけて、千羽ちゃんの膣に挿入を覚えていってもらった。千羽ちゃんの小さな声に、すごくどきどきした。その脈が、ちゃんと僕の性器にも伝わるようにもなっていった。
少しずつ、少しずつ進む。信じられないほど慎重だった。千羽ちゃんは僕を急かさなかった。僕は千羽ちゃんと触れ合って安心できるようになってきた。
そうして、もうすぐ僕が三十一歳になる五月の夜、僕は自分の性器がきちんと硬くなっているのを確かめてから、意を決して千羽ちゃんの中に分け入った。
「痛……った、」
「い、痛い?」
「う、……ううん。平気」
「ほんと?」
「ゆっくり……してくれたら」
「わ、分かった。痛かったら言って」
「うん」
僕はそうっと腰を動かして、静かに軆を重ねていく。千羽ちゃんは僕の軆にしがみついて、目を閉じて指を噛んでいる。痛いのかな、と不安になりながらも、千羽ちゃんの体内は息づいて僕を飲みこみ、奥まで導いていく。
そのまま僕は、千羽ちゃんの蕩ける中に飲まれて、ぴったり腰が重なった。僕は千羽ちゃんの顔にかかった髪をほどいて、「痛くない?」と訊いた。千羽ちゃんは潤んだ瞳で僕を見て、こくこくとうなずく。
「じゃあ、あの……何というか、全部入ったんだけど」
「……萌梨くん」
「うん?」
「ぎゅっとして」
「え」
「つながれたら、一番最初に、そうしたかったの」
僕は千羽ちゃんと見つめあって、ほっとした気持ちになって微笑むと、腕を伸ばして千羽ちゃんの上体を抱きしめた。千羽ちゃんも、僕の背中に手を添えて抱きついてくる。
ああ、今、僕は好きな女の子とつながってるんだ。無理だと思っていた。できないと思っていた。あんなむごいことはできないと思ってきた。けれど今、溶けそうな深くまで結ばれて、涙があふれそうになるほど、温かくて幸せだ。
しばらくそのまま、抱きあっていた。それから、「少しだけ動くね」と僕は千羽ちゃんを腕で包むまま、熱い体内を動いた。湿った内壁が絡みついてきて、それだけでぞくっと来る快感が走る。あんまり強く動くとすぐ終わりそうで、丁重に動く。千羽ちゃんも、息と声が喘ぐのを唇を噛んでこらえる。
腰を揺するくらいの動きから、出し入れするというより、奥をつらぬくような動きになる。どんどん頭の中が白くさらわれていく。やがて快感の糸口がちらついて、くらくらしてくる。指先まで軆が熱くほてり、搏動が速くなって息遣いが荒っぽくなる。
不意に糸口に手を届き、その途端、一気に全身に焦れったく溜まったものが爆ぜるように出ていった。同時に、千羽ちゃんの腰がびくんとわなないて、僕を強く締めつけた。それで全部絞りとられて、息を切らしながら千羽ちゃんの上に倒れるように重なった。
「……あ、」
意識がはっきりしてくると、千羽ちゃんにのしかかっているような自分に気づいて、「ごめん」と言いながら軆を離した。それから、千羽ちゃんの中に出した自分を引き抜く。初めての証で出血している千羽ちゃんに、ぜんぜん避妊とか考えていなかったことに気づいた。
僕はいつできてくれても嬉しいのだけど。千羽ちゃんの体調とかもあったよな、と反省してそれを言うと、「私も欲しいから、よかったよ」と言ってもらえた。
僕は千羽ちゃんの隣に横たわると、手をつないで「ありがとう」と言った。千羽ちゃんがまばたきして僕を見つめる。僕はおもはゆく咲って、「千羽ちゃんだから、できたんだと思う」と言い、すると千羽ちゃんは優しく微笑んで「私も萌梨くんとできて幸せ」と僕の肩に頭を置いた。
千羽ちゃんと性交渉を試みてきていたことは、何となく誰にも話していなかったけれど、ようやく結ばれることができて、僕は聖樹さんには報告した。
千羽ちゃんと聖乃さんは土日も出勤していくので、日中なら聖樹さんとふたりでまったり過ごす。昼食を終えて、どんな言葉から始めたらいいのか考えて逡巡したものの、「こないだ、千羽ちゃんとできたよ」と勇気を出して切り出してみた。
食器を洗っていた聖樹さんは「えっ」ときょとんとまばたきした。それから、朝の食器を拭く僕の言葉を理解すると、「ほんとに?」と驚きが混ざった声で訊いてくる。僕が頬を染めながらこくんとすると、聖樹さんは柔らかい笑顔になって「おめでとう」と口調をほころばせた。
「お、おめでとう、なのかな」
「ちょっと変かな。でも、よかったね」
「うん。長かったけど」
「きっかけとか、何かあったの?」
「去年の夏くらいから、ちょっとずつ」
「去年の夏っていうと──悠に会いに行った頃?」
「うん。紗月くんとそういうこと話せたのがきっかけかな。キス、とかから始めて、頑張れるとこまで頑張るの続けてて。こないだ、最後まで」
「そっか。紗月くんに感謝しないとね」
僕はうなずき、「まだ」と水気の取れた食器を重ねる。
「いろんな人に、『できました』って言うのは恥ずかしいんだけど。聖樹さんには言いたくて」
「ふふ、ありがとう。僕も嬉しい」
「最中につらくなったときもあったけど、千羽ちゃんがいてくれたから」
「うん……それは何となく分かる」
「あと、千羽ちゃんとの子供が欲しいって、それもあきらめたくなかった」
「子供かあ。そうだね、萌梨くんはいいおとうさんになるだろうし」
「なれるかな」
「なれるよ」
「聖樹さんみたいなおとうさんになりたいな」
「僕よりいいおとうさんになるよ、萌梨くんは」
聖樹さんは微笑むと、レバーを動かして水を出し、食器についたほのかに香る泡を落としていく。
たとえ自分を含めても、聖樹さんよりいい父親なんていない。僕はそう思うけれども、聖樹さんを見本にして父親になりたいとも思う。守ること。支えること。励ますこと。僕がこの人にしてもらったいろんなことを、僕もしてあげられる父親になりたい。
それを言うと、聖樹さんは照れたように咲っていたけど、「大切に想えば、自然とできるよ」と穏やかに言ってくれた。
大切に想う。そうだな、と感じた。僕が父親になる。そんな日が来たら、僕はその子を大切に想いたい。
みんな大切だ。今、僕の周りの居る人たちが、みんなみんな大切だ。でも、その子を腕に抱いたら、僕はもっと大きな愛情を知るのかな。感じたこともないほど大切に想うのかな。
そうであってほしい。
聖樹さんと悠紗を初めて見たとき、ふたりの温かさが不思議だったけど、僕にとってそれはもう謎ではなくなるのだ。
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