カラフルパーチ-3

これからもみんなで

 商店街は、見切り品の時間帯のせいで騒がしく、人とぶつからないように進んでいく。やがてソフトクリーム屋の前にたどりつくと、親子連れのお客さんが、千羽ちゃんからソフトクリームを受け取っていた。「ありがとうございました」とそのお客さんに微笑んで、それから僕に気づいた千羽ちゃんは、軽く手を振る。手を振り返した僕は、すぐにいそがしく「ストロベリーくださーい」と声をかけられた千羽ちゃんを見守った。
 僕も三百円持ってこればよかったな、と思いつつ路地の入口で千羽ちゃんを待った。スマホで悠紗のブログを読んだりしていると、まもなく「萌梨くん」と千羽ちゃんの声がかかった。僕は顔を上げて、スマホをポケットにしまう。
「千羽ちゃん。お疲れ様」
「ふふ、萌梨くん来てるから、今日は閉店作業いいよっておじさんが言ってくれた」
「そっか。そうだよね、ゴミ箱の取り換えにここ通ってない」
「うん。はあ、お腹空いたあ。ごはん作ってくれたってメッセ見たよ。ありがとう」
「サーモンのムニエルだけど、いいかな」
「食べたいっ。あ、こっち聖乃さん帰ってきてないけど、聖樹さんも?」
「今日は夕食食べてくるって」
「そうなんだ。私は、外食より萌梨くんの手料理が一番かな」
「はは、ありがと。じゃあ暑いし、早く帰ろうか」
 僕は千羽ちゃんの手を取り、千羽ちゃんは僕の手を握り返す。暑いのだけど、やっぱり手はつなぎたい。
 時刻は二十時頃で、商店街のにぎわいもすーっと引いていく。並んで歩くから、人がごたごたしなくなるのはちょうどいい。
 コンビニやカフェが明るい駅前に出て、来た道を戻って、僕たちはマンションに到着する。「バイト終わったとこだし、休んでていいよ」と僕は千羽ちゃんに冷房で涼んでもらい、そのあいだに夕食を座卓に用意した。「いつも甘えてごめんね」と言われて首を横に振ると、なごやかな匂いの夕食の前につき、「いただきます」と僕たちは夕飯を食べはじめる。
「あのね、千羽ちゃん」
「うん?」
 トマトとアボガドのサラダの小鉢を取った千羽ちゃんに、サーモンムニエルに箸をさしこむ僕は切り出してみることにする。
「僕、こないだ聖樹さんに話したんだけど」
「話」
「その、千羽ちゃんと結婚を考えていきたいって」
「ああ──え、何か言われた?」
「いや、いいと思うよって言ってもらえた。ただ、その……それでひとつ、千羽ちゃんに訊かなきゃいけないことがあって」
「なあに」
「千羽ちゃんは、結婚したら、やっぱり僕とふたりで暮らしたい?」
「えっ。違うの?」
「うん……僕は、聖樹さんとも暮らしつづけたいと思うんだ」
「聖樹さんとも」
「もちろん、千羽ちゃんが嫌なら考え直す。けど、よかったら聖樹さんのそばにもいたいんだ。悠紗ともそう約束してるし」
「悠紗くん」
「あの子がまだ保育園とかの頃の話だけど。聖樹さんのそばには誰かいなきゃいけなくて、僕がそうなってくれるなら、自分も音楽に打ちこめるし、僕がそうなれないなら、音楽より聖樹さんのそばにいるってあの子は言ってた。僕はそれに、僕が聖樹さんのそばにいるから大丈夫だよって約束したんだ」
 千羽ちゃんはトマトを口に運び、「そっか」とつぶやく。
「僕も、聖樹さんをひとりにするのは正直心配で」
「聖樹さん、は……聖乃さんとは結婚考えてないのかな?」
「それは、僕も言った。だから、もし僕がどうしてもこの家を出ていくことになるなら、聖樹さんは聖乃さんと結婚して一緒にいてほしいって」
「……でも、萌梨くんはそれじゃ不安でしょ」
「まあ、ね」
「萌梨くんと聖樹さんのことは、きちんと話してもらってきたから、私も分かるよ。聖樹さんも、萌梨くんが離れて暮らしはじめたら心配すると思うし」
「……うん」
「だから、私は構わない。聖樹さんと暮らしていけるのが、萌梨くんには一番だと思う。ただ、聖樹さんと聖乃さんが結婚するとき、聖乃さんはどうなるの?」
「四人で暮らすのって、おかしいかな?」
「四人で」と千羽ちゃんは小鉢を置いて、まばたきをする。
「同居まではいかなくても、二世帯住宅とかあるし。このへんで家探せば、聖乃さんも通勤でお店を手伝いつづけられると思うんだ。聖乃さんが手伝いつづけたいかは分からないけど。千羽ちゃんは、なるべくバイト変えたくないんじゃない?」
「そう、だね。今のお店、働きやすいから続けたい。結婚しても仕事はしたいと思ってた」
「じゃあ、聖乃さんがよければ聖乃さんも、みんなで暮らせたらいいかなあって僕は思ったんだけど」
 千羽ちゃんはマッシュポテトを頬張り、もぐもぐとしながらしばらく考える。僕はサーモンムニエルを箸でほぐしながら、それを窺う。
 こくん、と口の中を飲みこんでから、不意に千羽ちゃんは噴き出した。僕がきょとんとすると、千羽ちゃんは咲うままこちらを向いた。
「それを、すごく楽しそうって思っちゃうの、変なのかな?」
 僕は千羽ちゃんの笑顔を見つめて、ついで、心からほっとした笑みを作った。「僕も楽しそうだと思う」と微笑むと、千羽ちゃんはうなずき、「考えたことなかったけど」と麦茶をひと口飲む。
「それが実現したら、一番だよね。萌梨くんがつらくなったとき、聖樹さんがいたら私も安心だもん。そばにいてほしい」
「ふたりきりになりたいなーってときは、ちょっと旅行したりできるといいよね」
「あ、それいいっ。わあ、そうなったらいいなあ。私も聖乃さんと一緒にお嫁さんを始められるなら心強いし。あ、というか、そうなったら結婚式も一緒にやりたくない?」
「結婚式かあ。そうだね、楽しそう」
「ねっ。結婚ってぼんやりしてたけど、考えるといろいろ楽しくなってきた」
 千羽ちゃんはわくわくした様子で言い、よかった、と僕は胸を撫でおろす。女の子としては、新婚ぐらいふたりきりがいいと言われるのも、覚悟していたけれど。千羽ちゃんは、聖樹さんと聖乃さんと暮らすことが心から楽しみなようで、僕に気を遣っている感じはない。
「千羽ちゃん」
 ふと僕に名前を呼ばれて、「うん?」と千羽ちゃんはこちらを向く。その千羽ちゃんの唇に、僕は軽く唇を触れあわせ、近い瞳で「ありがとう」と伝えた。
 千羽ちゃんは僕の瞳を見つめて、優しく笑むと僕の胸に額を当て、「ほんとはね、萌梨くんと結婚できるなら何でもいいの」と言った。僕は咲って、千羽ちゃんの柔らかに波打つ髪を撫でた。
 夕食を食べ終えた頃、「ただいま」とようやく帰宅した聖樹さんがリビングに顔を出した。「おかえり」と僕はそちらを向き、「お邪魔してます」と千羽ちゃんは頭を下げる。聖樹さんはそんな僕たちに微笑んで「ゆっくりどうぞ」と言うと、荷物をおろしてから冷蔵庫の麦茶をグラスに注いで飲む。
 僕と千羽ちゃんは顔を合わせ、「訊いてみる?」と僕が言うと、千羽ちゃんはこくんとする。僕はキッチンのほうを見ると、「聖樹さん」と声をかけた。
「ん、何?」
「聖乃さんとごはん食べてたんだよね」
「そうだよ」
「僕と千羽ちゃんで、もしかしたらって話もしてたんだけど」
「うん」
「聖乃さんにプロポーズした?」
 麦茶を含みかけていた聖樹さんは少し咳きこんで、何とか飲みこんでから、こちらを見る。
「な、何で分かったの?」
「わあっ、やっぱり!」
「僕がこないだ聖乃さんと結婚したらって言ったんだし」
「……ん、そっか。はい、伝えてきました」
「どうだった?」
「僕が結婚を考えるとは思ってなかったみたいで。驚いてちょっと固まってたけど、『もらってくれるならお願いします』って」
 僕と千羽ちゃんは笑顔で見合って、「おめでとう」「おめでとうございます」とそれぞれに伝えた。聖樹さんは照れたように咲ってから、「ありがとう」とはにかむ。
「萌梨くんと千羽ちゃんも、結婚考えていくんだよね。僕もおめでとうって言わなきゃ」
「あ、そのことで、僕も千羽ちゃんに話したんだ。四人で暮らしていけたらって話」
「そうなんだ。──どうかな、千羽ちゃんとしては」
「私は、すごくいいと思います。萌梨くんと聖樹さんはお互いと暮らしたほうが安心だと思うし、私もそっちが安心です。聖乃さんもそうなんじゃないかなって思います」
「聖乃さんも、四人で暮らしていくことは賛成だって言ってくれた」
「それも話したんだ?」
「先に断っておいたほうがいいことだしね。じゃあ、四人とも──同居でいいってことかな」
「そうだね」
「じゃあ、ほんとに結婚式も一緒にしたいなー」
 そわそわと言った千羽ちゃんに、「結婚式」と聖樹さんはしばたき、結婚式も一緒に挙げたらどうかという話も僕は伝える。「なるほど」と聖樹さんはうなずき、「いい考えかもしれないね」と言ってくれた。
「そういう方向で、話進めていこうか」
「うん。やったね、千羽ちゃん」
「わあ、私、親にも報告していいんだよね?」
「もちろん。僕も改めて、ご両親に挨拶に行くよ」
「うんっ。萌梨くんも、悠紗くんとかみんなに報告しないとね」
「悠は昔から、『結婚しないの?』って僕にも萌梨くんにも言ってたもんなあ。あんまりびっくりしないかもしれないけど、喜んでくれるよね」
「あの頃と違って、悠紗には彼女さんいるし、意外と自分にとってもリアルだろうから、びっくりするかもしれないよ」
「はは、そっか。それはそれでおもしろいね」
 そんな話でしばらく盛り上がっていたけれど、時間が遅くなってきたので、「食器は僕が洗っておくから」と聖樹さんは僕に千羽ちゃんを駅まで見送るのを勧めてきた。僕はうなずき、千羽ちゃんと共に立ち上がって玄関に向かう。
 靴を履いて外に出ると、相変わらず熱気がまとわりついてくる。マンションを出ると、手をつないで街燈が頼りの駅までの道を歩きはじめる。

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