カラフルパーチ-4

良い日にするために

「四人で暮らせそうなの、ほんとよかった」
 千羽ちゃんは僕を見上げて微笑み、僕はこくんとする。
「分かってくれてありがとう。千羽ちゃんと聖乃さんのおかげだね」
「萌梨くんと聖樹さんが離れて暮らすなんて、もったいないよ。せっかく頑張って親子になって、一緒に暮らせてるんだし」
「うん。僕もそう思う」
「私はそういうの、教えてもらえてきたから分かってるつもり。それに、私も聖樹さんと聖乃さん好きだもん。苦手だったら考えてたかもしれない」
「そっか。聖乃さんも、千羽ちゃんのこと気に入ってくれてるもんね」
「お店で雇ってくれるくらいお世話してもらってます」
「はは。僕と聖樹さんが一緒に暮らしてたら、悠紗が遊びに来たときもまとめて会えるしね」
「悠紗くんにはいつ報告するの?」
「このあとか、明日にはしたいな」
「そっか。悠紗くんが、一番ほっとしてくれる気がする」
「ほっとする?」
「萌梨くんと聖樹さんが結婚するんだよ? それがどうなるのが一番心配してたの、きっと悠紗くんだよ」
「ん……そうだね。そうかもしれない」
「いい弟くんだよね」
「結婚したら、千羽ちゃんの弟になるんだよ」
「そっか! わあ、何か萌梨くんと結婚したらいいことばっかりだね」
 咲いながらそう言ってくれる千羽ちゃんに、僕も微笑みながらつなぐ手に力をこめる。そう言ってくれる女の子が、僕の彼女になってくれて、将来では奥さんになってくれるのなら、本当によかった。
 世の中には、分かってくれない女の人もいると思うのだ。そんな中で、僕も、聖樹さんも、素敵な女の人を見つけられたのだなあとしみじみ安堵してしまった。
 千羽ちゃんを改札で見送ると、早足でマンションに戻った。夜道をゆっくり歩くのは、いまだに少し怖い。
「ただいまー」と玄関の鍵をかけて家に上がると、聖樹さんは着替えて食器洗いも終え、お風呂のお湯を溜めているところだった。「おかえり」と浴室から出てきた聖樹さんに、「お風呂入るの?」と訊くと、「プロポーズ緊張したから、ゆっくりする」と返ってきて、笑ってしまう。
「レストランとか行ったの?」
「うん。『何でこんなとこですか』ってすごい焦って聖乃さんに言われた」
「はは」
「でも、指輪も渡せたし、よかったよ」
「そうなんだ。僕、帰り際に流れで言っちゃったから、そういうのできなかったな」
「流れだったの?」
「夜に別れなくていいように、同じところに帰るようになりたいねって」
「それもロマンチックだね。僕は、言葉は『結婚してください』って、捻りなかったな」
「聖乃さんは喜んでくれたでしょ」
「というより、ほんとびっくりしてた。結婚はイメージしてなかったみたいで」
「今頃実感してきてるかもね」
「あとでメッセージ送ってみる。悠に報告したいなーと思うんだけど、萌梨くんからする?」
「いいの?」
「僕は梨羽たちにもしたいから」
「じゃあ、悠紗には僕がしておく」
「結婚式も、千羽ちゃんも言ってたけどちゃんと挙げたいね」
「前はなかったの?」
「婚姻届出しただけだった。お金の余裕もなかったしね」
「そっか。できれば内輪でって思うけど、呼びたい人けっこういるなあ」
「僕は梨羽たちと両親かなあ」
「沙霧は?」
「うん、沙霧も呼ばないとね」
「僕は職場だけど恵麻さんは呼びたいな。紗月くんは来れるかなあ」
「結婚式に招待したい人も考えていかないとね。来年の春くらいがメドかな?」
「そうだね。僕、千羽ちゃんのご両親に挨拶にも行かないと」
「僕も聖乃さんのご両親に改めて挨拶しないといけない」
「緊張するね」
「うん」
 僕たちはちょっと笑って、「頑張ろう」と言い合った。
 そうしていると、ベルが鳴ってあと五分でお湯が溜まるという音声が流れる。「聖樹さんが先に」と言うと、「ありがとう」と聖樹さんは着替えを持ってきて浴室に入っていった。
 僕は涼しいリビングで汗ばんだ軆を冷まし、僕もあとでお風呂入ってさっぱりしよう、と決めながら、ポケットのスマホを取り出す。
 悠紗に報告しようと思うのだけど、メッセにしようか通話にしようか迷ってしまう。悩んだ結果、いそがしいとこだったから悪いか、とメッセで知らせることにした。いろいろと書いていたら長文になってしまって、推敲して文章をすっきりさせる。何度か読み返して納得すると、よし、と送信ボタンをタップした。
 沙霧や紗月くんにも伝えていいのかな、と文章を作ろうとしていたら、ぱっとスマホに通話着信がついた。表示を見ると、悠紗だ。僕は通話にスワイプして「もしもし」と呼びかける。
『あ、もしもし。萌梨くん? え、結婚? とうさんも? 一緒に結婚式すんの?』
 声変わりして昔と違う声の悠紗が畳みかけてきて、「ひとつずつ訊いてよ」と僕は苦笑してしまう。
『だって。興味ないのかなとか思ってたし』
「そんなことないよ。やっとプロポーズできて、僕も聖樹さんも受け入れてもらった」
『うわあっ、やったじゃん! おめでとう!』
「ありがとう。悠紗、そのあたり心配してくれてたよね」
『あー、まあ、とうさんがなー。俺の母親最悪だったから、結婚は嫌かなとは思ってた。で、それなら、きよ姉可哀想かなって。でもそっかあ、結婚かあ』
「四人で同居していきたいねとも話してるよ」
『千羽ちゃんときよ姉は、それでOKって?』
「うん。何かあったとき、やっぱり僕と聖樹さんは一緒に暮らしてたほうがいいって」
『そうだね。俺もそうしたほうがいいと思う。それを分かってくれる千羽ちゃんときよ姉には、感謝しなきゃね』
「ほんと」と僕はうなずいてから、「悠紗は最近どう?」と尋ねてみる。
『ひたすらライヴ。それかスタジオか──バイト。今、夜はライヴハウスのホールスタッフして、昼間はCDの中古屋で働いてる』
「CDの中古屋さん」
『そう。壁にもワゴンにもみっしりCD詰まってて、掘り出し物がいくらでもあんの。邦楽もあるけど、洋楽の豊富さが半端ない。いろいろ勉強になる』
「梨羽さんが好きそう」
『うん、梨羽くんがよく来るから、そのツテで採用された』
「そうなんだ。梨羽さんたちには最近会ってる?」
『こっち来たときは会ってるよ。対バンもしてもらえるし』
「彼女さんとも順調?」
毬音まりねはいつもツンツンしてるからよく分かんないけど、たまにデレるから順調なんだと思う』
「悠紗の彼女、会ってみたいなあ」
『こっち遊びにおいでよ。紗月さんとか弓弦さんもいるよ』
「機会があったら行くよ。結婚のこと、紗月くんたちにも伝えたいな」
『喜んでくれると思う。みんな祝福するよ』
「うん。じゃあ、また連絡するね。結婚式、悠紗には来てほしいし」
『行くよ。日取りとか決まるの、楽しみにしてる。とうさんにもよろしくね』
「分かった。じゃあね」
 スマホを耳から離すと、通話終了をタップする。ライヴ。スタジオ。バイト。悠紗も向こうで頑張ってるんだな、と幼い頃からのあの子を想い、変化した今の様子を噛みしめてしまう。
 悠紗は学校どころか保育園にも行きたがらず、一分一秒も惜しみ、家にこもって音楽を勉強してギターを練習していた。十歳で全国のライヴハウスを飛びまわるXENONのサポーターと雑用を兼ねる付き人になって、十七のとき、今の天鈴町という有名なバンドも輩出している街に拠点を置いた。
 XENONにくっついて全国を見た悠紗が、ここがいいと決めた場所だ。その土地で毬音さんという彼女ができたのも大きいのだろうけど。悠紗が十八のときに、その街でenfant terribleのメンバーが集まり、それからバンドはライヴに明け暮れている。
 聖樹さんの友人であるバンド、XENONも相変わらず全国各地でライヴを行ない、アンダーグラウンドでは顔役のようになっている。病的なヴォーカルの梨羽さん、無口なギターの紫苑さん、リーダーのベースである要さん、あっけらかんとしたドラムスの葉月さん、聖樹さんにはもちろん、僕にとっても大切な人たちだ。僕と聖樹さんの報告を訊いたら、四人ならまた大騒ぎして喜んでくれるのが目に浮かぶ。
 結婚しよう、と思ったところで何をするのかはまだ手探りだけど、不思議と不安はない。きっと、ひとりじゃないからだ。じっくりかけて、いい結婚式を挙げよう。
 僕はクーラーの冷風に前髪を揺らしながら、熱帯夜の体温が鎮まっていくように、心に浸透していくなだらかな幸せを感じた。

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