カラフルパーチ-8

祝福の嵐

『結婚ってマジかよっ。おめでとう。マジおめでとう』
「あ、ありがとうございます」
『こないだまで中坊だったのになあ。うー、自分で言っててこの台詞はおっさん臭い。いつ結婚すんの? すぐ?』
「式は来年の春くらいって話してます」
『相手は千羽姫だよな?』
「千羽ちゃんです」
『そっかあ。まあ、考えてみたらやっとだよなあ。十年くらいつきあってるだろ』
「八年です」
『あんま変わんね──あ、待って、要が寝返り打った。起きるかも』
「今どこなんですか?」
『モーテル。夕べ、ライヴだったから、みなさん死んでますわ。俺も寝てたけど、梨羽に起こされてさ。無言で聖樹のメッセ読まされて悲鳴だし。──おい要っ、鈴城さんちがえらいことになってるぞ』
 電話の向こうで聞き取れない声がして、『梨羽、紫苑、こいつにもメッセ読ませろ』と葉月さんが指令を出している。
『すまんね。要は昔から、気づけば寝てるわ』
「葉月さんは寝なくても大丈夫ですか」
『いやー、眠いね。三十代になって、四十代が近づいて、徹夜は無理になったね。梨羽は寝れないときは寝れないみたいだけど』
「梨羽さん、さっきスタンプくれました」
『梨羽はスタンプにハマってるからな。異常に種類揃ってるわ、あいつだけ──』
 そのとき、向こうで『はあ!? 結婚!?』という叫びが聞こえた。「要さんですか」と訊いてみると、『だねえ』と葉月さんはげらげら笑いながら答える。
『一番最後に知った薄情者は、寝坊大王の要でしたっ。要、萌梨と実況つながってるぞ』
『実況って何だよ』とぼんやり聞こえて、スマホを手渡したのか雑音がしたあと、『萌梨? あ? 表示は聖樹になってるぜ』と要さんの声がする。
「あ、聖樹さんと葉月さんが話してて、そのまま貸してもらったので」
『っそ。いや、つか結婚? 結婚すんのか?』
「そういうことになりました」
『うわー、萌梨もうそんな歳かよ。今いくつだっけ?』
「二十七です」
『こないだ、高校行きはじめたとか聞いた気がする。ま、おめでとうございます。相手はもちろん千羽ちゃんだよな』
「はい。聖樹さんも、聖乃さんと」
 要さんは失笑して、『すげえな』としみじみつぶやく。
『あのお嬢ちゃん、妻の座を勝ち取ったか。やりおったな』
「結婚したら四人で暮らしていこうかって話してます」
『マジでか。新婚気分くらい味わわねえの?』
「四人で過ごすのも楽しくて好きですし」
『ふうん。結婚式を一緒に挙げるのはメッセに書いてた』
「あ、要さんたちにも来てほしいです」
『予定いつ頃?』
「来年の春ぐらいとは話してます」
『春ってEPILEPSYあったな。四月だったか。どうせなら、春は休暇にしてそっちにしばらく滞在すっかなー』
「EPILEPSYには、僕たちのほうが行きますね」
『おう。詳細決まったら教えろよな。あ、聖樹とも話していいか』
「はい」と僕はスマホを耳から離すと、「要さんだよ」と聖樹さんに返した。聖樹さんはくすくすと笑っていて、「どうも」とスマホを受け取ると「代わったよ」と要さんと話しはじめる。
 相変わらずすごいパワーだな、と苦笑してしまってから、僕は紗月くんへのメールを打とうと自分のスマホを持ち直す。
『こんばんは。』まで入力したメール画面を起こすと、フリック入力で文章を綴っていく。何度か読み直して文章に納得すると、紗月くんのトークルームを開いてコピペした文章を貼り付け、送信ボタンをタップした。しばし待ってみて、すぐ既読がつく様子はなかったので、スマホを座卓に置いたのと同時に、「じゃあまた」と言った聖樹さんも通話を切った。
「あ、梨羽と紫苑から何か来てる」
 聖樹さんは画面に指をすべらし、「ほんとに梨羽はスタンプだね」と咲った。
「何だろ、シュールなスタンプが多いね」
「シュール」
「紫苑も『おめでとう』だって。ちゃんと反応くれるのめずらしい」
「僕にも『おめでとう』だけ来てた」
「紫苑らしくていいけどね。いきなり饒舌にお祝いされたらびっくりする」
「確かに」
 僕たちは笑ってしまって、不思議と気分が持ち上がっているのを感じる。これがXENONのすごいところだ。記憶の傷口に溺れがちだった僕と聖樹さんに、「楽しい」という感覚を教えてくれた。あの四人は、いつも僕や聖樹さんを当たり前に笑わせてくれる。
 XENONの四人は、年齢は少しばらついていても聖樹さんと同じ中学校出身だ。当時、教室にいては害になる存在だということで、それぞれに “隔離教室”にされて四人は出逢った。
 まじめに勉強することもなく退屈していて、紫苑さんがギターを連れていたことを切っかけに、バンドをやることにした。楽器をあつかえるようになってきた頃、襲われて放置されていた聖樹さんを梨羽さんが隔離された教室に連れてきた。
 それ以来、聖樹さんはその教室に逃げこむようになり、聖樹さんの背後には“隔離教室の札つきの奴ら”がいると有名になって、やっと忌まわしい手つきから逃れられるようになった。それからずっと、XENONの四人は悪ふざけしているようだったり、不愛想だったりしているようで、聖樹さんの心と軆を心配して見守っている。
「そういえば、要が言ってたけど、四月にEPILEPSYがあるんだね」
「僕も聞いた。だったら、式も四月がいいかなあ」
「五月でもいいと思ってたけど。萌梨くんの誕生日もあるし」
「四月にも千羽ちゃんの誕生日あるよ」
「あ、そっか。式場とか四人でまわってみないといけないね」
「だよね。四人で式挙げられるとこにしなきゃ」
「そういう臨機応変が利くところを探さないと。あと、新居さえ決まったら婚姻届は先に出してもいいんだよね」
「新しい家は、千羽ちゃんと聖乃さんの希望もいろいろ訊いていかないと」
「そうだね。式も今のところ、伝えた人は行きたいって言ってくれてるから、意外と広さもいるかなあ」
「大変かな」
「それだけの予算が準備できれば。そこは働いて貯めるしかないね」
「僕も頑張る」
 そんなことを話していると、不意に僕のスマホにメッセ着信がついた。表示されたポップアップには紗月くんの名前があって、「紗月くんだ」と僕はスマホを手にしてメッセを開く。
『萌梨くん、こんばんは。
 千羽さんと結婚するんだね、おめでとう!
 聖樹さんと聖乃さんもおめでとう。
 結婚式、僕も参加してよければ行きたい。
 ただ、弓弦も一緒でいいかな。
 ひとりだと相変わらず遠出は不安で。
 あと、もうひとり連れていきたい子がいるけどいいかな?』
 もうひとり連れていきたい子。誰だろう。芽留くんだろうか。「また招待する人増えていい?」と聖樹さんに確認すると、苦笑いされたけど「どうぞ」と言ってもらえた。
 というわけで、僕は紗月くんにその人も連れてきて大丈夫だと記し、それから、『誰? 芽留くん?』とつけくわえて送信する。今度はすぐに既読がついて、返信もやってくる。
『芽留じゃないよ、芽留も行きたがると思うけど。
 事情がこみいっててなかなか紹介できずにいたんだけど、実は今、六歳の女の子と暮らしてるんだ。
 僕と弓弦の娘ってことで、周りには紹介してる。
 悠紗くんの彼女の毬音ちゃんが、たまに面倒見てたりもするよ。
 去年そっちに行ったとき連れていけなかったし、今度こそ紹介したいなって。
 ダメかな?』
 僕はそのメッセをもう一度読み直し、顔を上げて聖樹さんと見合った。
「どうしたの」
「聖樹さん」
「うん?」
「紗月くんに娘ができてた」
「えっ」と聖樹さんも思い設けなかった様子でまじろぎ、僕はスマホの画面を見直す。
「血のつながりもあるのかな? いや、あったらおかしいか……」
「紗月くんの恋人って、弓弦くんじゃなかった?」
「うん。事情こみいってるって」
「招待する人って、その娘さん?」
「六歳だって」
「じゃあ、まあ……紗月くんと弓弦くんの娘さんなら歓迎だし、そのとき話聞こうか」
「そうだね。あ、悠紗の彼女さんが面倒見たりしてるんだって」
「悠から紗月くんにちゃんとお礼を言わせないとね」
「はは。そっか、娘さんかあ……」
「紗月くんと弓弦くんなら、安心だね」
「うん。早く会ってみたいな」
 そんなことを言って、それをそのまま文面にして紗月くんに送った。すると、『初めは人見知りするかもしれないけど、いい子だからよろしくね。』と返ってきて、『結婚式、日取り決まるの楽しみにしてる。』とも書いてある。『詳細決まったらまた連絡するね。』と送信すると、僕はスマホを座卓に置く。それから少し空を眺め、聖樹さんに首をかしげる。
「何か、僕ばっかりごめんね」
「えっ」
「いや、何かたくさん呼んでて。聖樹さんは、この人だけはって職場の人とかいいの?」
「僕は梨羽たちと家族が来てくれたら」
「おじいちゃんとおばあちゃんには、聖樹さんから伝えてあげなよ」
「孫の萌梨くんのほうが喜ばないかな」
「うーん、おじいちゃんとおばあちゃんも、悠紗と同じで、聖樹さんが再婚できるのか心配してたと思うから」
「そっか。分かった、このあと連絡しておくよ。──もう二十二時まわるんだね。シャワー浴びなくていい?」
「髪洗わなきゃ」
「僕も帰ってきて軽く浴びただけだし、さっぱりしたい。萌梨くんから入っておいで」
「いいの?」
「うん。僕はかあさんに電話してみる」
「じゃあ、ゆっくり報告してて」
 聖樹さんは微笑んでうなずき、僕は立ち上がってスマホを部屋に持っていく。部屋はドライでもじゅうぶんひんやりしていた。スマホはまた充電につないでおき、服は着まわしていいかと思って下着だけ持って洗面所に入る。
 服を脱いでタイルの上で肌にシャワーを浴びせる。昔、髪を洗うときは、シャワーを頭からかぶることが怖かった。シャワーの中で犯されたときを思い出すから。そんなフラッシュバックが起きなくなったとは今も言えなくても、だいぶ普通に、シャワーを浴びれるようになったと思う。
 この傷が癒えることなんてあるのだろうかと気が遠くなっていた。けれど、僕は確かに立ち直っている。
 みんなのおかげだ。大切な人との結婚式に、来てほしいと思う人たちみんな。そんな人たちとの出逢いがあって、僕の痛みは緩やかにやわらいでいっている。
 結婚式。千羽ちゃんと、聖樹さんと、聖乃さんと。楽しみだな、と思う。
 これからばたばた大変なのは分かっているけれど、それでも、その日大切な人と結ばれることができるのなら、僕はその日が早く来てほしいと思った。

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