カラフルパーチ-9

君と結ばれる決意

 おじいちゃんとおばあちゃん、聖樹さんの弟である沙霧も、聖樹さんから結婚を決めた報告を受けると、祝福してくれたということだった。
 千羽ちゃんと聖乃さんの家族も、一気に祝賀ムードになったらしい。
「ご両親には改めてご挨拶に行きますって伝えておいて」と僕と聖樹さんは千羽ちゃんと聖乃さんに言ったものの、「怖い……」「怖いなー……」とふたりして考えこんだので、千羽ちゃんと聖乃さんはおかしそうに笑っていた。
「聖樹さんも萌くんも公認なんだし、怖いことないですよ」
 箸を止めて悩む僕と聖樹さんに、聖乃さんはからからと笑って言う。
 今夜は四人で、クーラーがひんやりする中、聖樹さんが作ったごまダレの冷やし中華を食べていた。いつだか話していた通り、今日は聖乃さんも一緒に夕食を食べることになったのだ。
 聖乃さんの言葉に納得していいのか分からない僕と聖樹さんに、「私の両親は萌梨くん好きだし、聖乃さんのご両親も聖樹さんのことそうだと思いますよ」と千羽ちゃんも僕たちを励ます。
「でも、結婚ってなると。彼氏と夫じゃ、見る目違ったりしない?」
「大丈夫。むしろ、やっともらってくれることになったって喜んでるから」
「僕、いまさらバツイチなのが気になって……」
「うち、そういうのぜんぜん気にしてないですよ。『自分の母親とは離婚した』っていう悠くんの話で、バツイチなのも知ってましたし」
「悠……」と聖樹さんはいたたまれないようにつぶやく。
 僕と聖樹さんの懼れる様子を眺めた千羽ちゃんと聖乃さんは顔を合わせ、何やらひそひそと話す。「最悪はそうだね」と聖乃さんがうなずき、「どうしても怖いなら」と千羽ちゃんが口を開く。
「結婚をやめ──」
「ええっ?」
「それはちょっと、」
 僕と聖樹さんが、がばっと顔を上げると、千羽ちゃんと聖乃さんは噴き出して、「じゃあ腹くくってくださいな」と聖乃さんがにっこりする。僕と聖樹さんは目を交わし、「はい」と言うしかなかった。
「でもね、きっとほんとに、そんなに怖くないから安心していいよ」
 さく、と付け合わせの春巻きを食べて飲みこんだ千羽ちゃんが言って、「頭では分かってるんだけど」と僕は息をつく。
「おとうさんもおかあさんも、いつも優しく接してくれるし。でも、それってまだ彼氏っていう他人だからなのかなーとかも考える」
「分かる」
「聖樹さん、そこ実感こめて言わないでください」
「実際、ご両親にとって家族としてはどうなんだろう、僕は」
「聖樹さんは自慢です。自慢のひと言です」
「そうなの……?」
「私も、聖樹さんがおとうさんになるのはすっごく嬉しいですよ。聖乃さんがおかあさんになるのは不思議な感じですけど」
「うちらは友達でいいよね」
「ですよね」
「聖樹さんみたいな人が、まさか私と結婚まで考えてくれるとはって、今、私の両親はお花畑ですから。自信持ってください」
「はあ」
「私の両親も、萌梨くんなら安心だねって言ってくれてたよ。私のこと一番分かってる男の子だもんねって」
「そう……だね。それは、うん」
「萌梨くんも自信持って」
 こくんとして、そうだな、と心を決める。僕より千羽ちゃんに相応しい男が、ほかにいるわけでもない。すくんでばかりなのも、挨拶のとき心証が悪いし、千羽ちゃんを不安にさせてしまう。自信持たなきゃ、と深呼吸すると、ごまダレの香りと味に浸った麺を頬張った。
「そういえば、式は春頃に挙げようかって萌梨くんと話してるんだけど」
 麦茶を飲んで聖樹さんも気持ちを落ち着けたのか、弱気な声は正して、そう言う。「けっこう先ですね」と聖乃さんがまばたきをして、「式はね」と聖樹さんはうなずく。
「先に新居を決めて、新しい住所決まって婚姻届も出すほうがいいから。新居はこのへんで考えてる。千羽ちゃんが環境変わっちゃうね。大丈夫?」
「はい。バイトは続けたいって萌梨くんとも話してて、なのでむしろ通勤が楽になります」
「千羽ちゃん、結婚してもうちで働いてくれるの?」
「そのつもりです。いいですか?」
「もちろん。助かる。結婚したら、私も通勤になるしなー。ま、千羽ちゃんも続けてくれるなら何とかなるでしょ」
「できたら一軒家がいいと思ってるけど、キッチンとかバスルームはふたついらないよね?」
 僕がそれを訊いてみると、「そういうのは一緒でいいね」とみんなうなずいてくれる。
「そういう意見まとめて、今度四人で不動産屋行こうか」
「新居決まったら、次は婚姻届ですよね。何でもない日より憶えてられる日がいいなー」
「引っ越しとかでばたばたするの考えたら、出せるのは年末年始くらい?」
 千羽ちゃんがそう首をかしげると、「あ」と聖乃さんがひらめいた顔を上げる。
「聖樹さんの誕生日」
「ほんとだ」と僕もつぶやく。
「十二月三十日だ」
「え、僕……の誕生日、で、いいの?」
「絶対お祝いする日だから、いいに決まってるじゃないですかっ。その日に婚姻届出せる目標で頑張りましょうっ」
「ってことは、新年から本格的に式の用意ですね」と千羽ちゃんはトマトを口に運び、「式場はそれより早く抑えてていいかも」と僕はかりかりの春巻を箸で取る。
「半年前くらいから探しはじめたらいいかな。式、四月か五月かなあって話してるけど」
「五月なら萌梨くんの誕生日がありますよ」
「四月に千羽ちゃんの誕生日もあるよ」
「うーん、でも、婚姻届は聖樹さんの誕生日だから、結婚式は萌梨くんの誕生日のほうがいい気がする」
「そうかなあ」
「萌梨くんの誕生日は、五月十七日だよね」
「うん」
「じゃあ一応、その日づけで考えていこうか」
「わー、一気に相談してると、私わけ分かんなくなってくる。えっと、新居はこのへんの一軒家で、そのあと婚姻届で年末に──」
 聖乃さんが混乱気味にまとめだして、「まあまあ」と聖樹さんがそれをなだめる。
「ややこしいことは僕が考えていくので。聖乃さんは、どんな家がいいかとか、そういう楽しいこと考えててください」
「はあい。でも、聖樹さんも相談していいんですからね。私だけじゃなくて、萌くんと千羽ちゃんもいるんですから」
「分かってます。──頼りにしてるね」
 聖樹さんと僕と千羽ちゃんに向かって微笑み、僕たちは笑みを返す。
 そんな感じで、四人で集まって相談したり、新居の見学に行ったりしつつ、八月になったよく晴れた土曜日、僕はいよいよ千羽ちゃんの家に挨拶に行くことになった。
 青空に蝉の声があふれかえり、無風の炎天下が軆の水分を汗にしてむしりとっていく。でも、喉が渇くのは猛暑のせいだけではない。どう言えばいいのかなあ、なんて電車に乗ってもまだ考えていた。
 お嬢さんをください、なんていまどき造りすぎている気がする。かといって、千羽ちゃんのことは僕に任せてください、は少し大口だし。緊張する心臓を抱えて、千羽ちゃんの最寄り駅で降りる。
 あまり着たことはないけど、一応持っているスーツをきちんと着てきた僕に、駅まで迎えに来てくれた千羽ちゃんは「堅く考えなくていいのに」とくすりと咲った。「大事な挨拶だから」と僕が言うと、千羽ちゃんはうなずいて、「ありがとう」と僕の手を取って歩き出す。
 深呼吸で落ち着かせようとしても、鼓動の脈が神経に刺さって、所作がぎこちなくなる。
 初めて千羽ちゃんの家にお邪魔したときぐらいそわそわして、「変なとこないかな」と何度も千羽ちゃんに訊いてしまう。「いつも通りでいいよ」と苦笑する千羽ちゃんは、桜色のふんわりしたトップスにワインレッドのマキシスカートを合わせている。
 いつも通りかあ、と思っても、やっぱり意識過剰になって、前髪ちょっと切ってきたほうがよかったかな、とかくだらない心配をしていると、千羽ちゃんが暮らす一軒家に到着していた。
「ただいまー。萌梨くん来たよー」
 玄関を開けた千羽ちゃんがそう声をかけると、「あらあら」と言いながら、千羽ちゃんのおかあさんが右手のキッチンから現れた。おかあさんは、恐々とする僕に頭を下げると、「この度は、こんな娘をもらっていただけるそうで」といきなり言ってきて、僕は面食らってしまう。「もうっ」と相変わらず千羽ちゃんはおかあさんに対してじたばたと言った。
「それは、萌梨くんに挨拶させてあげてよっ」
「堅苦しい挨拶なんて、もういいじゃないの」
「萌梨くんはそのつもりで、すっごく頑張ってここに来てくれたの」
 堅く考えなくても、と言っていたけど、いざおかあさんの前になると、僕の気持ちを汲んで千羽ちゃんはむくれてくれる。それから、「おとうさんは?」と靴を脱ぎながら問うた。
「リビングでテレビ観てるよ」
「おとうさんも変わんないなあ。──萌梨くん、じゃあ、リビング行こう」
「あ、うん」
「萌梨くん、外暑かったでしょう。何か飲む?」
「おかあさん、それ一番に訊いてよ。麦茶!」
「はいはい。ごめんなさいねえ、短気な娘で」
「い、いえ。お邪魔します」
「どうぞ。ゆっくりしていってね」
 おかあさんはにっこりすると、キッチンのほうに戻ってしまった。そちらとは反対の左手にリビングがあって、「おとうさん、ただいま」と声をかける千羽ちゃんに、靴を脱いだ僕は心臓が固まりそうになるのを感じながら続く。
「ん?」と振り向いた千羽ちゃんのおとうさんは、ソファにどっかり座って、カップアイスを食べていた。のんびりした感じで、わりと貫禄のある軆つきのおとうさんだ。「もうっ」と千羽ちゃんはまた足を踏み鳴らした。
「萌梨くん来たんだから、アイスとか我慢しててよっ」
「いやー、だってなあ。暑いよなあ、萌梨くん」
「そ、そうですね」
 ここはクーラーきいてるけど、と思っても、無論言わない。「私を無視しないでよ」と千羽ちゃんは腕組みをして、「まったく」とおとうさんはしみじみとバニラアイスを口に含む。
 テレビに映るバラエティ番組が、笑い声を上げる。
「ちーと来たら、萌梨くんと結婚するって話から、ますます浮かれててねえ。こんな単純な子だったかな」
「ちーってやめて、おとうさん」
「浮かれてる、んですか」
「萌梨くん、追求しないで」
「嫁にもらってくれるなんてありがたい話だよ。こんな娘でも貰い手がつくもんなんだねえ」
「え、いや……いえ、千羽ちゃんいい子ですよ」
「こんな娘でいいのかい? ちーはなかなかに面倒臭い娘だよ」
「萌梨くんにプレッシャーかけないで。話聞いたときみたいに、すぐビール飲めばいいじゃない」
「え、えと、僕には、千羽ちゃんしか考えられないので。千羽ちゃんにも、僕がそうだと思い……ますし」
「うんうん」
「だから、その……」
 僕は刹那迷ったものの、正直な気持ちでその場に両膝をつくと、頭を下げた。
「千羽ちゃんと、結婚させてください」
 一瞬沈黙が流れて、それから、おとうさんは愉快そうに笑った。そして、「かあさん、ワインのいい奴を開けよう」と奥のダイニング越しにキッチンのおかあさんに声をかける。僕が顔を上げると、おとうさんはアイスを座卓に置いて、僕の肩をばしばしとたたいた。
「千羽をよろしくっ。こんな誠実な息子ができるなら、俺も大歓迎だ」
 僕はおとうさんを見上げて、何だか泣きそうになりながらも、「ありがとうございます」と答えた。おとうさんはうなずいてから、千羽ちゃんを見上げ、「いい男を連れてきたのを褒めよう」と笑う。「おとうさんのために連れてきたんじゃないし」と素直じゃない千羽ちゃんに、「ワイン開けるよー」とやってきたおかあさんが、ボトルと四つのグラスを持ってくる。
「おかあさん、私、麦茶って……」
「祝杯は、やっぱりお酒だと思うのね」
「あのねえ……。萌梨くん、飲める?」
「普段飲まないから、味は分からないけど……少しなら」
「無理しなくていいよ?」
「ほんとに少し」
「おかあさん、私も少しでいいよ。残りはふたりで飲んで」
「じゃあ、乾杯のあとは、おかあさんとおとうさんでいただきましょうか」
「そうしよう。じゃあ、栓抜くぞー」
 おとうさんがコルク栓をきゅっと開けると、ワインの香りがふわりと舞った。ワイングラスに赤ワインがそそがれ、少ないほうを僕と千羽ちゃんが受け取る。
 それから、僕と千羽ちゃん、おとうさんとおかあさんで、「新しく作る家庭に」とささやかに乾杯した。やはりワインの味の良さとかはあまり分からなくて、慣れないアルコールは飲みこむのも大変だった。けれど、これが千羽ちゃんのおとうさんとおかあさんのお祝いだと思えば、きちんと飲みほしたいと思えた。
 それから、リビングとキッチンのあいだのダイニングに通されて、麦茶を飲みながら酔いを醒ました。「ごめんね、無理に」と千羽ちゃんが心配そうに団扇であおいでくれて、僕は笑顔で首を横に振る。
「お酒も少しは覚えたほうがいいのかなあ」
 そうつぶやくと、「萌梨くんの好きなものを楽しめばいいよ」と千羽ちゃんは微笑んで、ようやく汗の引いてきた僕の額の前髪を梳いてくれた。

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