非常階段-29

無言の距離

 教室には俺に嫌がらせをする奴のほか、とにかく俺には関わりたくない潔癖的な生徒がいる。無視はまだしも、攻撃する権利はない。久米たちにそんな理屈を抱いているのだから、そういう生徒たちはまあ許さなくてはならないのだろうが、やはり、そういう生徒は生徒で俺の肩身をだいぶん削る。
 たとえば、すれちがいざまにほんのかすかに肩が触れたりしたら、すがる野良猫を追いはらうように鋭くこう言うわけだ。
「俺に近づくなよ! ほっといてやってるじゃないか」
 そして、さも気分悪そうに肩をはらいながら、つかつかと友達のところに言って何やら愚痴る。俺の席のそばを通るぐらいなら遠まわりをする奴もいるし、すれちがうとき自転車でもよけるみたいに露骨に身を引く奴もいる。
 そういう奴が、提出物を集めるため俺のノートに触らなくてはならないときは大変だ。「久米くんたちがやったことに賛成するわけじゃないけど」という女子たちの話し声を聞いたことがある。
「そういう子たちだけのクラスって作ってほしいよね。障害者の子たちのクラスみたいにさ」
「ほんと。あれって女が女にもあるんだよねー」
「十人にひとりはいるんでしょ。テレビで言ってた」
「やだー。あたしは絶対違うから友達でいてね」
「あたしだって」
 異性の同性愛はそんなに拒絶反応がないという話も、人によるようだ。ひそひそとした密談には軽蔑が臭って、遠くからの顰め面には嫌悪がただよっている。教室にいるとざわめきのひとつひとつが俺への陰口であるような、意識過剰な被害妄想が腫れあがって五感が窒息しそうになる。
 だから、休み時間には教室を離れ、あの非常階段で十分間でもひと息つくようになっていた。
 この学校は屋上も裏庭も解放されていて、イジメはそこで行なわれるため、ここは穴場なのだ。面する景色は下の道路の幅しか離れていないビルの壁で、野晒しに錆びついてもいるので、ゆとりの場にもならない。
 手すりに腕を預けて空を眺めていると、まさに痣のように硬く腫れていた心が、ずいぶん空っぽに鎮まる。ぶあつい扉に廊下のざわめきも気にならず、耳に触れるのは、髪や制服が冷たい風にはためく音ぐらいだ。冬の匂いに軆はどんどん蒼ざめていくけど、誰もいなくて何もないから落ち着ける。
 みんなにいろいろされていても、俺はこれをイジメと呼ぶかは分からなかった。されたことをぼんやりまぶたに並べ、恐喝はないよな、と気がついたりする。暴力もない。このふたつは常套だと思うのだが、暴力はまだしも、ホモだという因縁で金を巻き上げるのも変な話か。彼らは俺が弱いから攻撃するのでなく、ホモだから攻撃するのだ。
 おおやけになっていなければ、ばらすと脅迫されていた恐れはある。いや、でも、殴られたくなかったら金を出せ、と付会に発展する可能性はある。やっぱ学校やめようかな、とここにいると、つい下りの階段へと目をおろしてしまう。
 あと、教室にいるのは、いまだに当惑して事には気まずく見てみぬふりをしている奴だ。彼らは俺を圧する奴への保身も持ち合わせているのだろう。俺と口を聞かなくてはならない機会に出遭うと、やましいあやふやな笑みであいだを保ち、普段は裏道を通るみたいに臆病に俺を避けている。あてつける感はないとはいえ、宇宙人の頭には侵略しかないと思いこむような怯える態度は、疎外感を植えつけた。
 賢司はそのタイプに入るのだろう。彼は俺が罪人であるように罰しようとはしない。害虫であるようにはらいのけもしない。しかし、なるべくそばによらず、すれちがったりするときにはわずかに肩をこわばらせて心苦しそうに遠ざかる。
 あの日から口はいっさい聞いていない。あさってが終業式だから、三ヵ月近くということだ。教室中が笑って俺をバカにするとき、彼は顔をうつむけて何かに耐えていた。本当は笑いたい自分に耐えていたのか、無神経な爆笑を制止したいのに耐えていたのかは分からない。
 彼は、同じ教室で俺が受けている仕打ちをほとんど見届けている。それでも俺に近づこうとしない。休日にも会わないし、電話もかかってこない。彼も俺がどんなにされても平気なのだろうか。当然だと思っているのだろうか。もう賢司の心の動きには失明していた。
 友達だと、味方だと言ってくれたときの気持ちはいまだに宿っているのだろうか。宿っていて、でも周りがああで勇気が出ない? すでに消え失せ、俺の親友をやっていた自分を恥じている? どのみち賢司らしくなく、こんな言い方は尊大だけど、どこかで賢司には幻滅していた。
 俺の中での賢司は強く、人目なんか気にせず、信じることはつらぬくやんちゃだけどまっすぐな奴だった。内気だった俺に声をかけ、かばいながらも世界に招きいれてくれたときのまま──あるいは離れていた数年間に、賢司は俺の知らないところで、脆弱な裏面も作りあげていたのか。
 もちろん、これは俺が賢司にすがりついている主観かもしれない。確かに、ホモの味方をするなんてそうとう致命的だ。理解を得られないどころか、間違いなく未来を蝕む病原菌のような憶測を広められる。お前もホモなのではないか。俺のために、ほかのすべては失くすのと同じだ。躊躇った挙句やめておくのは、冷静になれば自然な選択だ。
 賢司が子供のときのままなんてことは、決してない。考えるようにだってなっている。第一、賢司の心に真っ先にいる人間は例の彼女で、俺ではない。かばってもらえなくてがっかりした、なんて同性愛を楽観しすぎたうぬぼれだろう。
 それに、賢司は俺の気持ちに気づいたのかもしれない。だとしたら、話はもっと簡単だ。近づくわけがない。嫌悪を表わして攻撃してこないだけ、思いやられていると取るべきでもある。
 骨董品を鑑定するみたいにさまざまな角度から賢司の沈黙を検討し、できるかぎり好意的に受け取ろうとする。けれど、こんなのは理性の檻に閉じこめた綺麗事かもしれない。
 俺も人並みに不純だ。友達なら分かってほしかった。いつも味方だと言ったのなら、嘘にはしてほしくなかった。かばって支えになってほしかった。賢司の反応は、やっぱり心外なのだ。だいたい、友達ならば同性愛が白黒どちらだろうと受け入れていたはずだ。俺は裏切られた。
 彼だけが俺の命綱だった。なのにそんな賢司にまで拒絶され、ならば俺は自分をこんなふうに感じてくるほかないではないか。
 そんなに俺は汚い?
 彼は、遠くで俺にとまどった瞳を向けているときがある。俺が気づいて視線が重なるとそらし、具合悪そうにつくえを見つめたり友達との雑談に戻ったりする。そんなとき、賢司の反応をどう受け取るかなんてどうでもいいのではということに気がつく。
 俺は彼に見捨てられた。要するにそういうことだ。頭の上には空があるような、そんな単純な事実が認められず、あれこれ無駄に逆立ちして、受容を引き延ばしているのだろう。
 俺は賢司を失くした。もう友達じゃない。あいつもそういう奴だった。本当は彼にはこれでじゅうぶんなのだ。それ以上その理由とか意味とかを詮索しても、虚しいばかりできっといまさらどうしようもない。

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