非常階段-51

つくりごと

 その本は、ボーイズラブとか言われるジャンルのものなのだそうだ。俺はそんな本の存在は知らなかったが、弓倉曰く、本屋にはそういう本をひと棚いっぱいに並べているところもあるらしい。
「俺ライトノベルとかたまに読むから」と雨の続くあの日の帰り、縹色の傘をさす弓倉は、手提げが濡れないよう気にしながら話してくれた。
「隣の棚とかによくあった。ジュニア小説のひとつになるんだろうね。俺が読むのは、ゲームが原作のとかばっかだけど」
「小説、だけなのか」
「さあ。漫画もあるんじゃない。映画とかまでになってるかは知らないな」
 青い傘に染まる俺は、複雑な面持ちで雨の匂いに包まれた。室内だと肌寒かったのに、雨の中だと人肌みたいに生暖かい。
「ファンタジーなんだよ」
 雨音に紛れた弓倉の声を振り向く。
「非現実ってこと。ありえないことって前提にしてるから成り立ってるジャンル。どっかでそう書いてた」
 俺がとまどって眉を寄せたのを見ると、弓倉は慌てて言葉を継ぎ足す。
「塩沢が非現実ってわけじゃなくて、何ていうのかな。現実的には男同士をあつかってないんだ」
「……何か、初めの絵がすごくて」
「ああいうのって、そういうシーンが目的みたいだよ。そのシーンがないとダメというか」
 湿る爪先を見据える。その基準は、どういう意味なのだろう。
「男も読むのか」
「基本的に、女の子のものなんじゃない。絵も男向きじゃないだろ」
「何であんなの読むんだろ」
「さあ。俺、男だし。塩沢も読みたいとは思わないんだ?」
「ぜんぜん。何か、……ショックだ。肯定されてるんだろうけど、嬉しくない」
「そっか。じゃ、何のためのジャンルなんだろうね」
 足音も周囲の雑音も濡らす雨の向こうに弓倉を見、「うん」と心からうなずいたものだった。
 本当に、何のための本だろう。舞田たちの言いようで見るに、同性愛をずいぶん好意的にしているようでも、ちっとも励まされない。喜んでいるのは彼女たちだけだ。
 女の子たちの、現実逃避のおもちゃということか。まあ楽しむのは勝手だが、そんな生温い夢物語みたいなもので分かったふりをして、過酷な現実と向き合わなくてはならない俺にでしゃばるのはやめてほしい。
 いくら口先で綺麗なことを言っても、理解にはつながらない。男同士でも愛は愛だとか、惹かれるのならどうしようもないとか、それは確かだけど、わめけば同調してもらえる問題ではない。地動説を言い出した学者が、その立証は充分にできなくて処刑されたのと同じだ。言い立てるほどかえって思いこみの変人になる。
 その上、そういった発言があんな本の引用だなんて、どう考えても軽蔑を深めるだけだ。変なものが擁護するものは変なものだ、と誰だって思うだろう。俺がどんなに自分を弁護しても、人にはホモの言い訳にしか聞こえないように。
 彼女たちは分かっていない。あれで俺を理解しているつもりだなんて、冗談ではない。俺は彼女たちがおもしろがる架空でなく、拷問じみた現実で生きているのだ。
 あれ以来、彼女たちは俺を元気づけようと無理やり本を読ませてくる。そして、その中身を知るほど、食い違う煩わしさが日に日に濃くなる呪いの痣のように強くなる。
 そういう本にも、幕の内弁当の漬けものぐらい、わずかばかりの現実が挟まれるときもある。男同士なんてと相手に惹かれる本人が葛藤する。そしてそういう現実をあまりに非現実に片づける。同性愛に伴う差別や侮辱を、その痛みを、完全に無視している。
 彼らが突っ走れるのは、ひとえに相手がいるからだと思うが、相手と絶対にくっつくというのもまた変だ。つまり、相手が絶対に男もいけるのだ。そればかりか恋敵まで男で、石の下のみみずみたいにホモだけがうようよしている。女の子はまともに登場しない。
 そういう世界は世界で、素直に喜べず不気味だ。あまりに同性間が手軽で、ストレートは絶滅化している。これぐらい同性が普通に愛し合えたらいいとは思うけど、それは別に異性愛がなくなればいいということではない。
 あろうことかストレートの主人公が相手に押され、いつしか惹かれている話もある。いや、あろうことかとも言えないほど、そういう設定があふれかえっている。相手がいきなり主人公を襲って、いかせて、男でいったことをばらすと脅迫して縛りつけるなんてものまである。
 犯罪ではないか。そして俺でも感じる。もし自分がストレートだったら、この本を読んだあとはゲイになんか近づかない。
「塩沢くんも好きな人にこんな手使っちゃえば。押してれば、相手は性別を超えてなびいてきちゃうのよ」
 舞田たちはまったく違う感覚でそんなふうに笑って、俺の肩をつつく。ストレートの男にとって、ゲイは女に近く思えるのだろうが、俺はこの女の子たちの気持ちがぜんぜん分からない。
 ストレートが簡単になびかないのぐらい、ゲイでなくても──いや、ストレートだからこそ分かるだろう。彼女たちは、自分が女に言い寄られたら、とは考えないらしい。
 無責任な発破をもらうと、気が滅入った。本当にストレートに惹かれてみる。そうしたら嫌でも分かる。無理に襲って脅迫なんて、したくてもできない。俺は好きだからこそ想いを消したかった。好きな人を侵害したくない。自分がゲイだというのを揺るがせなかったことで、俺はストレートもまた一線を超えることはできないと知っている。
 本の中には美しい弁護があふれていても、例のそういう場面はすごく醜かった。恥ずかしくて、目もあてられない。ホモの頭の中はセックスばっかり。そんな偏見を肯定するかのように強調し、見世物にされている。
 そして哀しかった。分かるのだ。なぜストレートがああも俺を理解しないのか。本を読んでよく分かった。ゲイがこんな本に描がかれているとおりの人種なら、俺だって自分を味方したくない。
 だって、怖いではないか。強引で傲慢で、犯罪的で利己的で、何よりも淫乱で、こんな本を読み、ゲイと友達になろうと思う奴がいるだろうか。俺は、異性愛を撲滅しにきた悪魔の使者ではないのだ。こんな独裁的な横行を単純に喜ぶほど、不遜ではない。
 異性愛をないがしろにする気はない。あっていいと思う。ただ、自分の存在を認めてほしいだけだ。でも、こういう本に描かれる男たちは、異性愛をコケにしているも同然だ。だったら分かる、みんな俺を許さないだろう。俺が同性愛を汚染させるグレイのような侵略者なら。
 でも、違う。俺はこんなのじゃない。好きなら無理にでも押し倒すなんてしないし、それで脅迫もしないし、嫌がる相手に向かって、僕が好きなくせに素直じゃないな、なんてものすごい解釈もしたりしない。
 相手がストレートなら、どんなに好きでもその指向を尊重する。俺だってそうしてほしいから。だいたい、もし反対の立場で襲われたら、たとえゲイでも抵抗する。男なら何でもいいなんてことはない。好きでもない相手に服を脱がされたら強姦だ。何なら、正当防衛で殴り殺してやる。
「塩沢くんのこんなときには呼んでね」
 そう言った舞田に、このあいだ、結婚式の場面を読まされた。そういう本と自分を照らし合わせ、癌かもしれないと言われたように本気で深刻に悩んでいたわけだが、そこを読んで気が抜けた。ひとりはタキシード、もうひとりはウエディングドレスを着ていたのだ。
 それで、やっと分かった。こういった本の内容が、すべて男女の真似事に過ぎないと。紛らわしくてうまく言えないけど、受けるほうが棹を持つだけの、子宮が直腸なだけの、けして男と男の物語ではない、男と女役の話なのだ。
 現実の男同士にも男役と女役はあると思うが、それは性的な話で、女役をやる奴だって男は男だ。まあ女っぽくなる奴もいるが、この中の女役はそういう雰囲気はない。ただ、必ず顔はかわいくて、軆つきは華奢で、描写によるとそういう声まで甲高く蜜のように甘い。
 前述の同性間である悩みも、便宜上の描写だから適当に片づく。真剣に悩んでいたら、話が進まない。
 全部、嘘なのだ。同性愛じゃない。だから、俺はその肯定になじめなかった。
 ようやくそいつらと自分を切り離すことができた俺は、改めて残酷な本だと思った。ああいう絵をいきなり一ページ目に置いて、ゲイが、とりわけ俺のようなゲイがどんな気持ちになるか、考えるのだろうか。笠井はたまらないだろとか言ったが、何も楽しくない。
 うわべを見たら、そういうものと俺は同じだ。俺とそういう本の奴らは違う、と言ったところで誰が信じる? もっとみんなに嫌われる。舞田たちの食い違った理解を、さらになすりつけられる。誰にも分かってもらえず、孤立して、深くなっていく傷口に永遠に沈没しつづける。
 それが、彼女たちのお節介の後遺症だ。彼女たちが責任を取らないのは分かりきっている。なまじそういう本が教室に流行ったおかげで、俺は完全に美しい気取りの淫乱野郎になってしまった。
 余計に嫌悪され、余計に揶揄され、久米があの細目に宿していた険悪な光を加速させる目も見かける。最悪だ。俺はもはや、この教室を捨てるほか、助かることはできないのかもしれない。
 今いるのはおなじみの非常階段で、七月に入った温い風に前髪を揺らしながら、今日もまた魔女に遣わされた黒猫のようにじっと下り階段を見つめている。

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