Again & Again【1】
我ながら、面倒な子に惚れちまってるなあと思う。
普通に美人ではある。接していて気兼ねもない。機嫌が悪いとちょっと露骨だが、それは女なら彼女に限ったことではない。若干ヲタなのもまあいい。
同じ高校に入学して同じクラスになって、出逢った頃からちょっと異常な「それ」は知っていたのに、分かっていたのに、どうして俺は彼女に惹かれてしまったのか──。
「あ、ちょっと待って」
八月の昼下がりのファミレス、クーラーが外の煮えたぎる猛暑を忘れさせる中、店内はまだランチタイムなのもあってにぎわっている。
俺と色、梨実、そして花──いつも通りのメンツで、それぞれランチを取りながら雑談中、不意に鳴った着信音に花がそう言ってスマホを取り上げた。
「あ、やっぱにいさんからメールだっ。ごめん、三人で話してて」
彼氏が誕生日を憶えていたみたいな嬉しそうな笑顔で、花はスマホをいじりはじめる。俺と色と梨実は、例によって顔を合わせる。
そう、これだ。これなのだ。俺の好きな女の子、高一からよくつるんでいる四人組のひとり、森野花という女、こいつは何でも兄貴が一番の、重症のブラコンなのだ。
「花のおにいさんって、いくつだっけ?」
俺たちは、出逢った高校はもう卒業している。現在、無事みんな大学生になって初めての夏だ。それぞれキャンパスでの友人も持ちながらも、相変わらず四人でもよく会う。
たむろするのは、昔からしょっちゅう何時間もつぶす、高校最寄り駅構内のファミレスだ。今もそこでだらだらと涼んでいる。
ドリンクバーのアップルジュースのストローをローズのマニキュアの指先でくるくるさせながら、梨実がそう尋ねてきた。
「二十一だな」
俺が唐辛子が利くペペロンチーノをフォークに巻きつけながら答えると、「大学生か?」と色はマルゲリータを食べて指についたチーズを舐める。
「ああ。写真見たことあるけど、まあ優男だわ」
「それ褒めてない」と悪口は聞きもらさず、正面にいる花の脚がテーブルの下で俺の脚を蹴りつけてくる。ヒールのサンダルだから、けっこうごつくて痛かった。
「ってえなあ。臑蹴んなよ」
「待て、コウが写真見たことあるって、花、兄貴の写真をスマホの壁紙にしたりしてるのか?」
「やめて花、それはやめよう」
花の隣にいる梨実が、花の腕をつかんで揺すぶる。「壁紙にはしてないよっ」と花は梨実の手をほどいた。
「ロック画面は家族の写真だけど」
「家族想いの親父か!」
色が突っこむと、「弟がいらないんだけどねー」と花は笑ってからまた文章を入力しはじめる。
「ぜんぜん家族想ってない、この子」
梨実はため息をついて、ジュースをすする。俺は頬杖をついて、花の何とかというアニメキャラのラバストを眺めた。
「拾ったスマホのロック画面が家族写真だったら、百パーおっさんのスマホと思うよな」
「おっさんってロック画面の設定の知識あんのか?」
「あー」と俺は天井を仰ぐ。
「それは考えなかったわ」
「おっさんは、アルバムからどうやって呼び出すかも分かってなさそうだよね」
「どのおっさんの話をしてるんだ、俺たちは」
そう言った色はサイダーをグラスから直接がぶりと飲んで、「まあ、自分の父親を想定してるよね」と梨実は笑ってチーズリゾットを口に含む。
「つか、話戻すけどさ。俺らもさ、もう大学生じゃん」
色はチーズを伸ばしながらマルゲリータのひと切れを取る。
「大学生の妹にメールしてくる兄貴という時点で、何か、あれだろ」
「やっぱ、おにいさんもシスコンなのかな」
「花って弟はいつも斬るよな」と俺がつぶやくと、「弟も大事にしてるなら、普通にいい奴なんだけどな」と色が静かにうなずく。
「だって!」
そのとき突然、メールを送信したらしい花が、スマホを置いて会話に混じってくる。
「弟はさ、気持ち悪いの!」
「『気持ち悪い』とまで言われる弟くんとは」
「だって、彼女とそんなん……だしさー。やだ。変態だもん」
「じゃあ女たらしな色も変態なの?」
梨実がにやにやしながら頬杖をつくと、花は色を見る。
「うん、わりと……」
「えっ。ちょ、花、それはないだろ」
「色は貞操観念しっかりさせたほうがいいとは俺も思う」
「はん、コウのが趣味どうかすべきだろ。花か? お前、まだ花なのか?」
「はあっ? てめえ、花の前で言うなよっ」
「別に平気だよ、あたし」
「花はコウを振ってるのが公式だもんねー。隠すのもいまさらじゃない」
「お前ら全員、プライバシーとかデリカシーとかなさすぎんだよ」
そう三人を睨んでから、俺は冷めたカプチーノを一気飲みする。
そう、俺はすでに二回、花に告白して振られている。一度は高一の終わり、クラスが変わるとき。二度目は高校の卒業式、大学は別だから。「コウは友達なんだよねー」とどちらもさらっと振られた。
「振られても今までのノリで友達でいられるってのも、なかなかデリケートじゃないよなあ」
「一途だろ。真剣だろ」
「気持ち悪いでしょ、花からしたら」
「きも……って、梨実、お前なあ──」
「ちょっとヒイてはいる」
花はひと口ミルクティーを飲んでから、食べかけだったチキンドリアにスプーンをさしこむ。「ヒイてんのかよ……」と俺が絶望的につぶやいてうなだれると、「いいと思うけどなあ、コウと花」と色は腕組みをする。
「名前がさ、花の家の婿になれるだろ。紅葉と書いてコウヨウ」
「おにいさんは萌えるでメバエだよね。弟くん何だっけ?」
「果実の果でコノミ」
「花と果実のあいだに入れるじゃん、コウ」
「もういい……情けなくなるから、俺を勧めなくていい……」
「じゃあ、まあコウは置いといて、花って好きな人とかはいないの? 大学はどう?」
「別にいない。欲しくない。彼氏なんかできたら、にいさんと過ごす時間も邪魔されるじゃん」
「もうどっちも大学生の兄妹だろうが」
「いいでしょ、あたしとにいさんはこれで幸せなの。にいさんもそうだから、あたしにメールとかくれるんだし」
「花の兄貴はガチシスコンの変態か、よっぽど人がいいか、どっちかだよな」
「色うるさい」
言いながら、花はぱくぱくとチキンドリアを食べるスピードを上げていく。「早食いは太るぞ」と言うと睨まれたものの、「にいさんがあたしの豆腐ハンバーグ食べたいって言ってるから、今日は帰る」と花はあっという間に皿を空っぽにしてしまった。それから、財布を取り出すと、ちゃっちゃとチキンドリアとドリンクバー代をテーブルに置く。
「またごはん誘っていいの?」
梨実があきれたような表情でそう言って、「何で? いいよ」と花はきょとんと首をかしげる。
「花は、おにいさん以外にはいつ興味を失くすか危なっかしい」
「はは。梨実たちを友達だとは思ってるよ」
「ハグ」
「ん」
椅子を立った花は、梨実の背中を一度ぎゅっとする。ソファ側の俺と色は顔を合わせ、色は俺を肘でつつき、俺は首を横に振る。今ヒイていると言ってきた女に、ハグを求める太い神経はない。
「じゃあまたね」と花は梨実と軆を離すと、俺と色には手を振ってファミレスを出ていった。「ハグされた」と梨実は俺ににやりとして、「よかったですね」と俺はカプチーノが空なので、氷が溶けてきた水を飲む。
「でもさー、コウ。言っちゃ悪いけど、花はほんと見込みないよ?」
「分かってるよ。仕方ないだろ。俺が悪いなら何でもするけどさ……」
「別に、コウは何も悪くないよなー」
「ほかの女の子って考えないの?」
「考えられるならそうしてるよ。つか、手に入らないから余計執着する悪循環的な」
「タチ悪いな」と色は喉で笑う。
「花もどうしてあんなにブラコンなんだろ? 異性の兄妹って、そんなもん? あたし、いるの妹だから分かんない」
「俺も兄貴と弟だしなー」
「俺ひとりっこだわ」
「わけがあるのかなあとも思うけど、さすがにそういうことは訊けないよね。てか、やっぱあれ、恋愛感情混じってると思う?」
「兄貴に恋愛感情って、エロ漫画じゃねえか。それはないだろ……」
「俺は正直、花の兄貴にすげえ嫉妬してるけどな」
「おにいさんはどうなのかなあ。そこがあたしたちは分からないからね」
「妹の手料理を食べたいとは言うわけだよな」
「兄貴がびしっと兄貴然としろってんだよ。何だよハンバーグって。まだガキの弟かよ」
俺はむくれて、ペペロンチーノをたっぷり巻いたフォークを口に突っこむ。「まあ、俺と梨実はコウを応援してっから」と色は俺の肩をぽんぽんとして、梨実も苦笑しながら「おにいさんと結婚はできないからね」と励ましてくる。
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