Again & Again【4】
俺は床にふとんを敷くと、花にふとんをきちんとかぶせて、浅くベッドサイドに腰かけた。花の寝顔は初めて見るなあ、と思う。やっぱかわいいな、くそ。
でも、思えば三回もこいつに振られたのだ。やはり、俺に見込みはないのだろうか。兄貴に彼女ができた今からが、やっと待っていたチャンスなのかもしれないが、これ以上「好きだ」とストレートに言うだけうざい気がする。
せめて真剣に受け止めてもらえるシチュはないかなあと唸っても、五年以上友達をしているだけに、いまさら雰囲気を飾るのもむずかしい。それでもやっぱり、ほかの女の子のことを考えるのも想像がつかない。
どうすりゃいいんだよ、とベッドサイドからふとんに降りようとしたとき、シーツについていた手に手が重なって、どきっと振り返った。
「花──」
「……ないで」
「え」
「……ひとりに、しないで……」
思わず心臓が跳ねたが、ろれつがまわっていなくて、どうも完全に寝ぼけた台詞だ。
「ちゃんと……そばに、」
そこまで言って、花はまたまくらに沈みこんでしまった。
つながった手だけ残った。これは、ほどいたらまた花が起きて、甘えてくるのだろうか。そんなの理性が持たねえぞ、と俺は焦って、それ以外にどうする術もなく、花の手を握り返した。
いつもこうやってんのは兄貴だったんだろうなあ、とぼんやり思う。今の花の言葉だって、兄貴に向けられたものだ。俺じゃない。それでも期待してしまう自分が浅ましい。俺は手はつなぐまま床に降りて、足を崩してベッドサイドに顔を伏せた。
花の寝息が鼓膜を揺らめく。俺もわりと飲んだし、ほどよく眠い。このまま寝てもいいか、とまぶたを下ろしたのと同時に、意識は真っ暗に飛んでしまった。
目が覚めたのは、後頭部を何かに何度かたたかれたからだった。俺はうめいて身を起こし、ここどこだ、とベッドにもふとんの中にもいない肩の寒さに混乱する。が、すぐにここが花の部屋で、昨夜せっかく弟くんに持ってきてもらったふとんでなく、花のベッドサイドに伏せって座ったまま寝てしまったのを思い出した。
「あー」と声をもらして顔を上げると、花がティッシュボックスで俺の頭をぽかぽかやっているのにも気づく。俺は眉を寄せ、「何だよ」ってそれを手ではらいのけた。
「何? 何でコウがあたしの部屋で寝てんの?」
「あー、ごめん。泊まった」
「はあ? つきあってもないのに、勝手に女の部屋に泊まらないでよ」
「弟くんが泊まっていいとだな」
「またあいつかっ。殴ってくる」
「いや、まあ殴るのは俺にしといていいけど。でも、花も『ひとりにしないで』とか──」
「言ってない、そんなの」
「寝ぼけながら言ってたんだよ」
「最悪っ。何にもしないって言ったくせに。部屋に泊まるって、嘘ばっかりじゃん」
「何にもしてないぞ」
「部屋に泊まるということ自体で何かでしょ」
「家に送る約束はしてただろ」
「玄関で帰ってよ」
「弟くんが運ぶの手伝ってくれって言うし」
「やっぱあいつっ。一発殴ってくる」
そう言ってティッシュを放って、花はベッドを降りようとした。が、「弟くんは悪くないだろ」と俺が花の手をつかむと、二日酔いがあったのか、花はぐらっと足元を崩して、敷きっぱなしのふとんの上にぼふっと倒れる。
花が首を捻じって俺を睨んだとき、ドアからノックが聞こえた。「花?」という呼びかけに花はぱっと身を起こし、俺の手を振りほどくと立ち上がってドアを開けにいく。こちらからは、廊下にいるその人のすがたは窺えないけど──
「よかった。ちゃんと帰ってきたんだね」
「う、ん。まあ」
「あんまり遅くまで遊ぶと危ないよ? 気をつけて」
「……うん」
「じゃあ、仕事行ってくる」
「ん。いってらっしゃい」
俺は花を見つめた。どこか無理がこもった笑顔だった。
兄貴の彼女は、職場の同僚だったっけ。ということは、今から兄貴は彼女に会えるわけか。
ぱたん、とドアを閉めた花は、一気に気落ちしたため息をついた。ふらふらと俺のかたわらに戻ってくると、ふとんの上に座りこむ。
「花」
「ん」
「今の兄貴?」
「うん」
「昨夜も零時までは待ってたらしいけどな」
「何で知ってるの」
「弟くんが言ってた」
花はくったり首を垂らして、シーツの皺に視線も停滞させたあと、「今日大学行かない」とふとんをめくってその中にもぐりこんでしまった。
「コウは学校行くでしょ」
「今日授業ない」
「……そっか」
花は背中を向けて、すねているように映った。俺は花のまくらもとで、カーテン越しの朝陽にその睫毛のまばたきがきらめくのを見ていた。ばたばたする一階の物音がぼんやり聞こえる。
明るくなった花の部屋を改めて見まわすと、壁に乙女系のキャラのポスターがいくつかあって、こいつヲタだったなと思い出す。どのキャラもすらりとしたスマートな男が多い。俺はそういうタイプの男じゃないよなあ、と思っていると、「コウ」と不意に花がつぶやいた。
「ん」
「コウはさ、何であたしが好きなの」
「えっ。何、だろうな。いつのまにか好きになってたからな」
「夕べ、話したよね。中学時代の彼氏のこと」
「聞いた」
「にいさんにべったりなのも知ってるでしょ」
「嫌というほど」
「あたしは重いよ」
「そうなのかなあ」
「それでも好き?」
「え」
「あたしがめちゃくちゃ重くて、鬱陶しくて、嫉妬ばっかしても好き?」
「お……おう」
「にいさん以上になれる?」
俺はまくらに流れる花の髪を見つめた。それから、身をかがめて慎重にその髪を撫でた。
花はちょっと震えていたが、泣いているのかは分からなかった。俺は腕を伸ばして、花の背中を抱きながら横たわって、その頬に触れた。濡れてはいなかったけど、ちょっと熱がこもっていた。
俺は花の柔らかい軆をぎゅっと抱きしめ、髪の匂いに顔を埋めて息をついた。
「あー……くそ、やっぱ花が好きだよー」
「……何かもう情けないよね」
「るせえな。好きなんだよ」
「しつこいし」
「それでも好き」
「懲りないし」
「好きなんです」
花の手が、自分の軆を抱いている俺の手に重なった。指先が絡まって、冬の朝の冷えた気温の中でそこだけ熱がわずかな灯る。俺はもう少し力をこめて花を抱いて、「花が好き」ともう一度ささやいた。花はちょっとだけ咲って、「まあ頑張れ」と、こちらは振り向かないままだったけど、手をきゅっとつないだ。
そのあとも、花は兄貴の恋人に不機嫌に接していたようだけど、思いがけないところで事態は融解してきた。兄貴の恋人も乙女ゲーが好きであったらしい。その共通点で、花は急速に兄貴の恋人と友達になっていった。
「単純すぎるだろ」と色はあきれたが、それを切っかけに兄貴との根深いつながりも吹っ切れてきたようで、「まあよかったんじゃない?」と梨実は明るくなってきた花の頭をくしゃくしゃと撫でた。そんなふうにいつも通り四人で過ごしたあと、俺はときどき、花とふたりで飲むようになった。
「今度デートして」とか言うと、まだそれははたかれる。でも、ちょっとずつ花は、俺に誘われると満更でもない笑みをこぼしてくれるようになっている。
もし、花とデートできたら。そうしたら、俺はまたこの子に告白しよう。何度振られたって、いくら断られたって、そうやすやすと諦められるものか。
何となく好きになった。
どうしても好きになった。
そばにいたくて好きになった。
この子の心の恋する部分が傷ついているなら、俺が癒してあげたい。兄貴では、やっぱりその領域はダメだと思う。だから俺が花のそばにいる。愛されることを俺がこの子に伝えてみせる。
どうしようもなく大好きなこの子の彼氏になれるまで、何度でも、繰り返し、俺はこの想いを花に告白するんだ。
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