もし結ばれるなら【2】
スマホで明日の天気が曇りがちで寒いのを確認すると、防寒もできるコーデを考えた。サーモンピンクのニットワンピース。インディゴのレギンスパンツ。オフホワイトのコートとモカのショートブーツ。見られるなんてしばらく意識していなかったから、あんまり軆の線も出せない。
一応コーデが決まると、いつのまにかおねえちゃんからまたメッセージが来ていることに気づいた。
『一番右にいる男の子だからね~。』
次に写真がついていて、拡大してみる。家族写真ぽくて、六人写っていた。一番左の花さんは分かる。中央奥のふたりは、見た感じの年齢で両親だ。そのふたりの手前にいる男の人と女の人は、寄せ合った肩からして恋人同士か、あるいはすでに夫婦か。
そして、一番右に確かに男の人がいる。ふてくされたような顔で、みんなより面倒臭そうにカメラのほうを一瞥している。わりと恰好いい男の人だった。あたしなんて紹介しなくても、ほっとけば彼女を連れてきそうだけど──
そこまで思って、はっとした。ちょっと待った。こうしてこの人の写真が来ているということは、この人にもあたしの写真が行っているのか。どの写真? おねえちゃんってあたしのろくな写真持ってるの。焦って、慌ててそれを問うメッセージを飛ばした。すぐ返事が来た。
『高校の卒業式の写真をおかあさんからもらっといた。』
おかあさんまでグルなのか。というか、その写真なら、たぶんあたしも持っている。アルバムを開いて、カメラロールをどんどん下に引っ張って、見つけると最後に高校の制服を着た日が写っていた。
咲ってない。つまらなさそう。疲れている。
最悪な写真じゃない!
「あーっ」と声を上げてベッドに倒れこんで、じたばたしてしまう。恥ずかしい。こんな恰好いい人に、明らかに音のことをまだ理不尽に思っているあたし。紹介するならそのへん考えるでしょ、普通。何なのおねえちゃん。明日この人に会ったら、仏頂面だけは挽回しないと──
気鬱なため息をついて、ベッドにうつぶせて、「明日恥ずかしい……」とうめくようにつぶやいた。
その日、おねえちゃんの帰りは遅かった。ひと言文句を言いたかったけど、お肌のためにたっぷり保湿をして、待たずに寝ることにした。ふとんに体温が巡っていく中でそわそわして、どうにも意識がはっきりしていて、なかなか飲みこまれるように眠れない。
何だかんだで、デートの前みたいじゃない。そんなんじゃない。どうせ話なんか盛り上がらない。しかもあたしの第一印象はあの写真だ。あんな恰好いい人に、あたしなんて相手にされない。期待するな、どきどきするな、浮かれるんじゃない。
ぐるぐると頭に言い聞かせているうちに、それが渦巻いて催眠効果になって、いつしか眠ってしまっていた。
翌日、目を覚ますとしばしぼんやりしてから、はっと時計を見た。午前九時。待ち合わせまであと三時間。あのファミレスの駅は分かるけど、駅からどのくらいかかるか分かっていないから、少し余裕を見て家を出たほうがいい。それでもシャワーは浴びれそうだから、髪をアップにして濡れないようにして、ざっと熱いシャワーを浴びた。冬の無駄毛は、一応昨日落としておいた。過剰反応だろうけど。
バスタオル一枚で暖房を入れておいた部屋に戻って、下着は水色の生地に白い刺繍の奴を選ぶ。キャミソールと長袖のトップスを着て、上からニットワンピースを着る。レギンスに脚を通して、いったん姿見をチェックしてうなずき、今度は化粧に取りかかる。
ピンク系か、ブルー系か、目元の色に迷って、ブルー系にした。頬にチークを入れて、ベビーピンクにした唇にグロスを塗る。それから髪を下ろして、あんまりそろっていない毛先をごまかすために少しヘアアイロンで巻く。
荷物をまとめ終わる頃には、あっという間に十時半をまわっていた。よし、とコートを羽織ってばたばたと一階に降りる。
「けっこう気合い入れてるじゃない」
玄関に座ってブーツを履いていると、リビングからおねえちゃんが顔を出した。あたしはふくれっ面で振り返り、「変な写真送ったでしょ!」とやっと言いたかった抗議をする。
「変な写真?」
「相手の人に送った奴っ。何、あの卒業式のときの写真。もっとかわいい写真にしてくれたっていいじゃない」
「かわいいじゃない、あれ」
「かわいくない!」
「制服がさ」
「制服なの!? あたしの顔とかより制服であれにしたの?」
「意外とそのへん気にするんだね。やっぱ気合い入れてくれてて嬉しい」
「おねえちゃん最低っ。どうせうまくいかないし、花さんと気まずくなってもあたし知らないからねっ」
「早く行かないと間に合わないよ」
「あーっ、もうっ。いってきますっ」
「いってらっしゃい」
かつん、とブーツのヒールを響かせて家を出た。昨日の予報通り、太陽に薄く雲がかかっていて寒い。あの雲が徐々にぶあつくなって、夜はずいぶん冷えるそうだ。防寒気をつけたけどやっぱ寒いなあ、と風に首をすくめ、日曜日で人通りもそんなに見当たらない住宅街をつかつかと歩いていく。
住宅街と駅のあいだには高層マンションがあって、そのマンションに接した広場を抜けると駅前の喧騒が現れる。東と西、ふたつある改札でどっち方面なのかいったんスマホで乗り換え確認して、西と分かるとそっちに走って、ちょうど舞いこんできた電車が目的の快速だったので乗りこむ。
電車の中は暑いくらいに暖房がきいている。座席は空いていなかったので、座席の背中にもたれて乗り換える駅を確認する。
この駅、たぶんおねえちゃんが通っていた高校の最寄り駅だ。けど、おねえちゃんの高校なんて文化祭のときに行ったくらいで、土地勘はない。でも、地元から駅まで三十分くらいだった気がする。
現在、十時五十三分。つくのは十一時半ぐらいで、約束は十二時。ファミレスがすぐ見つかれば、たぶん遅刻じゃない。迷いませんように、とおねえちゃんがくれたマップを確認したりしていると、乗り換えの駅に着いて慌てて降りて、路線を変えた。それから、予定通り十一時半過ぎに到着して、ひとつしかない改札を抜け、きょろきょろしながら外に出る。
マップと景色を照らし合わせて、見えるコンビニが同じ方向に歩いていく。ここを曲がったら道なりみたいだけど──顔を上げると、ちょっと先に、確かにファミレスの看板があった。もしあの店舗じゃなかったら遅刻、と思いながらも早足でそこに急いだ。着いたのは十二時十分前だった。車や自転車がかなり停まっていて、座る席あるのかな、とちらりと思う。
あの人はもう来ているのだろうか。メッセージには、ファミレスの中でなく前と書いてあった。でも、寒いから中かもしれない。それらしき人がいないか見渡していると、「あの」と声がかかってぱっと振り返る。
「──あ」
その人の顔を見て、声がもれた。あの写真の中にいた、例の恰好いい男の人だったからだ。
あたしの反応に、その人もあたしに気づいたらしい。視線が重なったまま、何だかふたりして固まったものの、「ええと」と男の人が目をそらして首をかしげる。
「名前……あ、名前知らね。えと、梨実さんの名字──」
「あっ、梨実ってあたしの姉です。えと、花さんの」
「はい、弟です。森野果。すみません、君の名前をあの姉貴教えてくれてないです。今気づいた」
「……うちのおねえちゃんも忘れてます。コノミさん、ですね。あたしは、鈴田百乃です」
「モモノちゃん……ですか。あ、今日は姉貴がわがまま言ってセッティングしたみたいで。すみません」
「いえっ、あたしのおねえちゃんも、けっこう悪乗りしてたっぽいので。あたしこそ、ごめんなさい」
「いいですよ、どうせ俺は予定もなかったんで。じゃあ、あの、とりあえず入りましょうか」
「そうですね、寒いですしね。あ、外で待ってくれてたんですか」
「五分くらいだけです。大丈夫ですよ」
そう言って、果さんは自転車置き場をまわって入口へと歩いていく。その後ろすがたを見て、やっぱかっこいいな、とついつい緊張しながら果さんについていく。ファミレスに入ると、暖房がふわっと暖かかった。
しかし十二時でランチタイムになったので、かなり混雑している。狭いふたりがけの席しか空いていなかったけど、「いいですか?」と果さんに言われてあたしはうなずく。そんなわけでウェイトレスに席に案内されると、ランチタイムならランチが安いよな、と朝ごはんを食べてこなかったので、ランチメニューを開く。
でも、何だかメニューに集中できない。ちらっと果さんを見ると、かちっと目が合ってしまって、はたとうつむく。いや、これは感じが悪いか。だけど、また見るのも恥ずかしい。どうしろと、と焦っていると、「少し」と果さんがぎこちないながら口を開いた。
「写真と印象が違いますね」
ばっと果さんを見た。頬が一気に熱くなった。
ほらやっぱり! おねえちゃんのバカバカバカ。
「あ、いや──」
あたしの形相がすごかったのか、果さんは急いで言い継ぐ。
「年下だと思って、来たので。ぜんぜん変わらないくらいに見えるってだけですよ。大人っぽいなって」
「……老け……」
「いやっ、老けてはないです。タメに見えるってだけで」
「……はあ」
「二十一の俺のこと、老けてるって思いますか?」
「い、いえ。それは、ぜんぜん」
「じゃあ、その……まあ、悪い意味じゃないんで」
「そ、そう……ですか。すみません」
「……はい」
あー……
軽いめまいがして、天井を仰ぎたくなった。もう、何か最悪。すごい気まずい。予想はしていたけど。
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