それでも君に恋をする-24

もし結ばれるなら【4】

 案の定、その日は果さんとは駅で別れた。「冬休みだし、また会おう」とは言ってもらえた。あたしはこくんとした。
 好きだよ、って言ってもらえることはないのかな。もし、果さんが言ってくれたら、きっとあたしはうなずくのに。でも、そんなに都合のいい言葉までは舞い降りてこなかった。「またね」とあたしはこぼれそうな切なさを抑えて笑みを作ると、果さんに背を向けて改札へと歩いた。抜ける前に振り返ると、果さんが見守ってくれている。手を振ってくれたから、あたしも手を振った。
 ああ、いけないのに。果さんには忘れられない人がいるのに。あたしのほうは、とっくに前の恋がどれだけ痛かったか忘れちゃって。果さんを好きになっている。
 翌日のクリスマス当日、ルームウェアのまま昼まで部屋でぼんやりしていると、スマホが鳴った。果さんかとぱっとベッドから身を起こした。残念なことに、音だった。何だよ、とまたぱたんとベッドに倒れこみ、でも一応内容を読んでみる。
『メリークリスマス。
 たぶんひとりだよな?
 来年はもものも彼氏と一緒だといいな。』
 ……は?
 さすがにいらっとしたので、即座に通話ボタンを押した。ツーコールで『もしもし』と音の声がして、「うるさいよ」とあたしはおかしな第一声を放つ。
『え、何が』
「自分には夢生くんがいるからって、何で上から目線なの。あたしだって、昨日は男の人と一緒だったよ」
『あ、やっと彼氏作ったのか』
「彼氏じゃないけど、好きな人だよバカっ」
『えっ、クリスマス一緒に過ごしたんだろ?』
「そうだけど」
『ってことはそれは──あ、ふたりきりじゃなかったのか』
「ふたりきりだよ、もうっ……うるさいなあ。ほんとに、好きになっちゃったよ」
 あたしが深刻なため息をつくと、『ええと、訳有りな相手ですか』と大きく訳があった元カレである音の恐縮した声が返ってくる。あたしはわざとしばらく溜めたあとに、「音ほどじゃない」と言った。
『そ、そうか……。ほっとした』
「音は? 夢生くんといるの?」
『うん。今も隣にいる』
「ホテル?」
『何でだよ。家だよ。今年のクリスマスイヴ、光兄にも色兄にも彼女いて留守だったから、夢生と親と過ごした』
「親とって……」
『俺まで外出したら、とうさんとかあさんが泣きそうだったしな。てか、光兄は彼女にプロポーズしたらしいぞ。そしてOKだったらしい』
「光さんは会ったことないからなあ。色さんはおねえちゃんと過ごしたんだよね」
『仲良し四人一緒だったみたいだけどな。でも、夜は別々』
「別に最後のは聞かなくていいわ」
『百乃は夜まで一緒じゃなかったのか』
「ごはんは食べたけど。特に告白なしだし、夜もなし。プレゼントはもらったかな。宝石とか初めてもらった」
『本気度高いな』
「……本気」
『いや、宝石は男のほうも本気だろ』
「そう……なの?」
『うん。あー、やっと百乃に彼氏かあ。よかった』
「………、気にしなくていいのに」
『気にするだろ。悪いことしたのは俺なんだし』
「もういいよ。別に音とかもう好きじゃないし。過去って感じだし。今だってメッセ来て「何だ……音かよ」って感じだったし」
『「何だ……」は少し切ないな。まあいいけど。俺は百乃のこと応援するぜ。夢生とのこと、一番に分かってくれてるのは百乃だしな』
「ん。ありがと」
『また告ればいいじゃん。「好きなんだけど」だったか、俺のときは。あれもなかなか上から目線だったな』
「うるさいなあ。まあ、夢生くんにもよろしく伝えておいて。もうあたしには新しい好きな人いるからって」
『おう』
「あと、会ったことないけど、光さんもおめでとうだね。プロポーズ受けてもらえて」
 言いながら、ふと思った。プロポーズ。結婚。音と夢生くんの絆が、あれほど悔しいと思っていた。でもこのふたりは、そのつながりはこの国では持てないのだ。男同士だから、今のところは、結婚できない。
「音と……」
『ん?』
「音と夢生くん、あたしは好きだよ」
『は? 何だよ、いきなり』
「ほんとに、お似合いだと思ってる。言ったことなかったね。音も、夢生くんとつきあえておめでとう」
『お、おう。サンキュ。照れるけど』
「じゃ、また今度、お茶できたらしようね。そろそろお昼ごはん食べる」
『了解。またな』
 通話を切ると、ベッドに仰向けになって、つけて眠ったスターサファイアのペンダントに触れた。
 あたしは、果さんともしつきあったら、その先もあるのかもしれない。結婚するとか。子供を持つとか。家庭を作るとか。でも、あたしと果さんのまだあやふやなつながりに較べて、しっかり結ばれている音と夢生くんには、まだ許されていないこともある。
 何でかな、と思った。あのふたり、すごく愛しあっているのに。つきあっていることをいまだオープンにすらしていない。そこには、中傷、偏見、差別があるから? 何でそんなものがあのふたりにまとわりつくの? あのふたりの仲に傷ついたあたしですら、そんなすべてが、疑問だ。隣にいて、手をつないで幸せなら、それでいいじゃない。
 そのとき、また着信がついた。見ると、今度こそ果さんだった。あたしは、仰向けから腹這いになってメッセージを開いた。『ごめん』といきなりその三文字だけがあって、え、と動揺する。
『百乃ちゃんは、今も例の男のこと好き?』
 え……。
 例の男。何、だろ。音のことなんてもういい。でも、果さんは分からない。あたしとは違う? 好きな人を忘れられない? だから……やっぱり、距離を置きたい、とか言われたら。
 喉が黒くざわざわしながらも、正直に『もう何とも想ってないよ。』と返した。『そっか。』と返ってきて、ちょっと間が置かれる。それから、ふと着信がつく。
『昨日、勇気出なかったんだけど』
 あたしはじっとそのメッセージを見つめ、続きを待つ。
『まだクリスマスだから、間に合うと思わせて』
 震えかけた息を、唇を噛んでこらえる。
『百乃ちゃんのことが、好きになりました。』
 目を開く。画面をすべる指がわななく。
『俺とつきあってください。』
 う……そ。
 うそ。嘘だ。こんなの。
 ほんとに? これ、果さんのトークルームだよね? 果さんが言ってるの? そう言ってくれてるの?
『迷惑だったら、ブロックしても──
 最後まで読まずに、返事を打とうとした。けれど、バカみたいに指が震えて、文章を作れない。
 通話する? でも、今すぐ果さんの声を聴いたら泣かないかな。ううん、泣いてもいいよね。今すぐ返事しなきゃ。ちゃんとしっかり、この人を捕まえなきゃ。あたしは深呼吸してから、通話ボタンを押して目を閉じる。
 姉のお節介だけど、あなたと出逢えたこと。
 男と女として、あなたと巡りあえたこと。
 同じ傷から噛みあって、あなたとつながれること。
 もし結ばれるなら、そのすべての奇跡をあたしは大事にしたい。臆さず未来を歩んでいける相手だったことに、感謝したい。
 同性間で愛し合うことは許されない、なんて思うわけじゃない。ただ、その道がまだまだ厳しいことを、あたしはちょっとだけ知っている。だから、あなたとあたしが男と女だったことは、シンプルにラッキーなことだと思うんだ。
 あなたの隣があたしのものになるなら、やっと、真っ暗だとあきらめていた世界に光を許すことができる。
 そう、あたしも果さんが好き。
 だから、もちろん──
 そして、この聖なる日から、あたしはもう一度恋をして、幸せになる。

 FIN

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