ドライフラワー【2】
そう思ったら、俺は今まで欲望のまま口説いていた。けれど、この人はダメだ。兄貴の恋人だ。絶対、手は届かない。そんな相手に意識を奪われたの初めてで、触れてはならないと思うとかえって適度に馴れ馴れしくもできない。
どうしたらいいのかとまどっていると、「行きましょう」とお袋が声をかけてきて、兄貴と姉貴と俺、そして天乃さんは家を出て親父が運転する車に乗りこんだ。
向かったダイニングバーはスペイン料理の店で、ときおり家族で顔を出すところだった。オーナーもスタッフも俺たちの顔を憶えてくれていて、初めて顔を出す天乃さんにも目敏く気がつき、「おもてなしですか?」とうやうやしく問うてくる。「萌とおつきあいしてくれてる方で」と親父が誇らしげに言うと、オーナーも馴染みのスタッフもわっと喜んで、サービスでオリーブのマリネを出して祝福してくれた。
「何か照れちゃうね」
素直にマリネを食べながら天乃さんが言うと、「みんなが天乃さんのこと認めてくれるの、僕は嬉しいよ」と兄貴は照れ笑いした。それを見て、姉貴は絶望を極めた顔をしているし、俺も明るく顔をあげられないのだが。
イベリコ豚のパエリアやエビのアヒージョ、タコのフリットにたっぷりのハムとチーズのピザ──このダイニングバーの料理はスパイシーでいつもおいしいけど、今日ばかりは味がよく分からない。
親父とお袋は、まだまだ天乃さんに質問攻めだ。もちろん粗探しでなく、純粋に兄貴が射止めた天乃さんに興味津々なのだろう。天乃さんも、初めは丁寧に考えながら答えていたけれど、自然と答えを打ち返せるようになっている。
姉貴は俺の隣で、若鶏のプランチャをガーリックライスと共にやけくそ気味に食べている。ダイエット中とさっき言い捨てていたのが、完全に嘘だと丸分かりだ。「太るぞ」とつぶやくと、無言で肘鉄だけ返ってきた。
俺は俺で、自分のぶんのアサリやエビや魚の切り身まで新鮮なパエリアがやってくると、会話には参加せずに黙々と食べた。サフランライスがなかなか覗いてこない、シーフードのボリュームが腹いっぱいになる昔から大好きなメニューだ。
それぞれにがつがつ食っている俺と姉貴に、「そんなにお腹空いてたの?」とお袋が目を丸くするので、そうじゃない、と俺も姉貴も言いたかった。が、天乃さんの視線の手前、さすがに動揺を打ち明けるわけにはいかなかった。
そして、それ以来、天乃さんはときおり俺たちの家を訪ねてくるようになった。
特にお袋とは仲良くなった様子だった。兄貴と天乃さんの仲に、嫁姑問題はないらしい。天乃さんとお袋は、よく一緒に買い物に行って、手際よく協力して料理をしたりしていた。
そして、親父がその料理を褒めちぎる。姉貴もさすがにハンストはせず食べる。俺も天乃さんの手料理を食べているわけだが、これは兄貴の嫁になる練習なんだよな、と思うと、あの日のスペイン料理みたいに、味に集中できないほど胸がもやもやした。
兄貴と天乃さんが別れたらいい、と思っているわけではない。むしろ、別れたら俺まで天乃さんとつながりがなくなる。仮に兄貴と別れても、その弟の俺にシフトするなんて、天乃さんはしないだろう。
俺は絶対に天乃さんとはつきあえないのだ。どうあがいても、始まる前に終わっている。
ダメだ。ダメだ。好きになっちゃダメだ。傷つきたくない。傷つく恋は柄じゃない。
「果、めずらしく女と続いてないじゃん」
大学の友達にそんなことを言われて、「まあなー」と適当に答えていたある日、合コンに誘われた。乗り気になれなかったけれど、会費三千円で、もしかして適当な女の子は見つかるかも。現金にそう思ってOKした俺は、とんとん拍子に週末に居酒屋での合コンに混じっていた。
四人の女の子を素早く目で追う。一、けばい。二、痩せすぎ。三、フリル痛い。四、澄ましてる。全部はずれだ。というか、天乃さんと較べて不合格にしてしまう。
それでも、フリル女が俺に積極的にしてきたので、愛想咲いをしているうちにふたりで抜けることになった。駅まで送って帰ってよかった。そうしたかった。「駅まで送ろうか」と言ったら、「私の部屋、歩いて行けるから」とフリルちゃんは俺を見つめてきた。
すげえ肉食だな、と多少ヒキつつも、そう言われたら「部屋まで送るよ」と言うしかない。フリルちゃんは俺と腕を組んで、自分の部屋まで案内した。無論、そのまま帰してもらえるわけがない。
俺はいろんな洋服が散らかったその部屋で、フリルちゃんを抱いた。ゴムは部屋にあったから、彼女はよくこういう行きずりをやっているのか、あるいは実は彼氏がいるのか。フリルを脱がせると、肉づきのいい軆がそこにあって、腹には目を向けないようにしつつ、俺は柔らかい胸に顔をうずめた。
「おっぱい好き?」
「ん……好き。何カップ?」
「Gかな」
そう言った彼女は起き上がって、Gカップで俺をはさんで気持ち良くしてくれた。腰がぞくりと溶けるように気持ちいいのに、心は興奮しないのが変な感じだった。彼女は俺を口にも含んだあと、ゴムはしっかりつけてから軆の中に導く。
俺は上体を起こして彼女を抱きしめた。彼女も俺にしがみついて腰を動かす。吐息。喘ぎ。震え。髪を指先に滑らせながら、天乃さん、と思ってしまった。
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