Boy Like Sweet Puppy【2】
すでに制服すがたの男の子や女の子が列を作って、店員はかなりいそがしそうに注文を聞いたりレジを打ったりしている。智也は店内を見にいって、先にかばんでテーブルを確保してくれた。やっと順番に来ると、あたしはシナモンとココナツとアイスティー、智也はカスタードと抹茶とアイスカフェオレを注文する。「持ってくから」と言われたので、あたしは素直に智也のかばんがあったふたり用の席に腰を下ろす。
「どのくらいあそこで待ってたの?」
成長期の軆では狭そうな通路を抜けて、智也がドーナツと飲み物を持ってくる。「ありがと」と受け取ったあたしは、香りに誘われてまずシナモンに手をつける。抹茶にかじりついて飲みこんでいた智也は、「一時間ぐらい」とごくごくとアイスカフェオレを飲む。
「女子高の前でよくやるなあ。先生に注意されなかった?」
「用務員のおっちゃんとは世間話する仲だからな。『制服違うなあ』って言われて、『高校生になりました』っつったら、『おめでとさん』って」
何だか想像がついて笑ってしまう。智也は学ランだった中学時代から、あんなふうにあたしの通う女子高の前であたしに会いに来ていた。
「高校は今までみたいにもいかなくなるからね」
「そう?」
「出席日数も単位も、落とせば留年なんだから。気紛れでサボらず、ちゃんと授業に出るように」
「めんどい」
「それが高校というものだ」
「高校しょっぱいなあ」
言いながら、智也は抹茶をもぐもぐと食べていく。あたしはシナモンをちぎって口に運ぶ。
「そういや、智也ってケータイは持ったの?」
「あ、持った持った。それも交換したくてさ」
「空メ送るからアドレス言って」
「バチルスのデビューアルバムのタイトル、アンダーバー、ローマ小文字でトモヤ」
「バチルスのデビュー……あ、今貸してる奴ね」
「うん。あれマジかっこいいな。優衣の音楽の趣味好きだな。サイコミミックもよかった」
「有名どころばっかだけどね。よし、送った」
数秒置いて、智也のケータイに着信がつく。
「登録ってどうやるんだっけな」とか言っているので、あたしはそのケータイを取って、機種は違ってもそんな手間取ることもなく、空メ画面からアドレスを表示させてアドレス帳に登録した。ついでに電番も入れておく。
返すと、「サンキュ」と言った智也は早くも抹茶をたいらげる。
「俺、あんまり登録入ってないんだよな。こないだ見せてもらったら、柊は意外と入ってた。二ノ宮だろ、家族だろ、深井も入れてるのが俺には理解できないんだが」
どきっとした。深井さん。智也の口から、名前だけはよく聞く子だ。智也の中学時代のクラスメイトの女の子で、本人は仲が悪かったと言っているけれど、本当に仲が悪かったら話題に出さないのくらい分かる。
「智也は、その……入れないの。深井さん」
「奴に用事ができることなどないからな」
「もう会ってるってこともないの?」
「それが、朝の電車の時間が近くてさ。駅で会うことがある。何なんだよ。やっと卒業したのに」
「おもしろそうな子だけどね」
「おもしろくないよ」
智也はむくれてカフェオレを飲み干すと、「お代わり注文してくる」と席を立って列に並びに行ってしまった。
用事ができることはない。深井さんとやらはそれでいいのかな、とあたしは脚をぶらつかせる。智也はあれで、けっこうモテるタイプだと思うのだ。そんな智也がしょっちゅう揶揄っていた女の子が、深井さんであるらしい。
智也はあたしのことが好きだと思うし、不安などは感じたことはない。けれど、智也が少し素直になったとき、その視界に深井さんはどう映るのだろうと考えることはある。
智也と出逢ったのは、去年の夏だった。何食わぬ顔でナンパされて、まだ彼は中学生だったし、初めは遊んでいたつもりだった。智也もそうだったと思う。「あんたより部活が大事だからね」とあたしが言うと、「それもいいんじゃないですか」と智也は動じずにうなずいた。そして、実際あたしにあくまで部活を優先させてくれて、デートや連絡を強要したりすることもなかった。
やがて、そんなふうに理解してくれる男の子が貴重に感じはじめて、恋になっていった。「優衣が年下いったか!」と美咲あたりには爆笑されても、智也との時間はいつのまにか心地よいものになっていた。
大学生になったら、もちろん勉強を頑張るけれど、もう少し智也との時間も大切にしたい。さっぱりつきあっているようだけど、智也に振られたらあたしはきっと泣く。もしあたしが振ったら、智也がどう出るかは分からないけれど。
「すげー混んできたな。みんなドーナツ大好きか」
そんなことを言いながら、智也が正面の席に戻ってくる。あたし澄んだ香りのアイスティーをストローですすり、シナモンの最後のひと口を口に投げる。
「智也」
「ん?」
「あんたでも、いつか結婚すんのかな」
「優衣と?」
「それは知らないけど」
「子供は欲しいかな」
「へえ。意外」
「娘だね。絶対、娘がいい」
真顔で言い切る智也に、あたしは笑ってしまう。
「パパ嫌いって言われたいの?」
「言われたら泣くぐらい、娘がいい。息子に『親父うぜえ』って言われても、『ああそうですか』っていうか」
「ほんとに息子ができたらかわいいかもよ?」
「そうかな。分かんないけど。何? ホテル行っとく?」
「ふふ。智也と結婚したら楽しいだろうな。でも、結婚できるまでの三年間で何があるか分かんないしね」
「まあなー。事故とかで死んだらごめんなー」
智也を見た。智也はカスタードを手に取りながら、あたしの視線に首をかしげる。
事故って。『何があるか』なんて言われたら、つまり、別れたら、ということだと思わないだろうか。
「何すか」
きょとんと訊いてきた智也に、かぶりを振る。
智也には、別れるなんて念頭にないのだろうか。いつか結婚するなら、子供を持つなら、あたしとだと思ってくれるのだろうか。あたしがいつのまにか智也に本気になっていたように、智也もあたしを大事に想ってくれているのかもしれない。
ココナツをちぎって食べる。甘く匂う味が口の中に広がる。店内の混雑は落ち着かない。窓の向こうは暗くなって、よぎる車のライトが視覚に残像する。
「優衣」
ふと智也が優しい声を出して、「うん?」とあたしは彼を見る。
「俺は大丈夫だよ」
「えっ」
「優衣がしたい通りの彼氏でいるよ」
まばたきをして智也を見つめる。得意げににっこりとされて、あたしはかわいくない顔なんてしてつぶやく。
「……M犬」
智也は楽しげに笑って、二杯目のカフェオレもごくんと飲む。あたしも智也も高校生だ。未来のことなんて分からない。あたしの思う通りつきあっていても、それでも別れる日が来るのかもしれない。それでも、今、智也があたしの彼氏なのは確かだ。
あたしの日常には、まだとうぶん智也は映り続けてくれる。かわいい、年下の、子犬のような男の子。離したくない。そう思っている限り、あたしと智也は大丈夫だ。
「今度一緒にヘアピン選ぼうね」と言うと、「おう」と智也は無邪気ににっとする。それであたしの心は満たされて、そんな日常にいられる自分に、とても安心できるのだ。
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