日常風景-14

In Summer Vacation【2】

 会ってみたいと気持ちがふくらみ、けれど慣れない土地に足がすくみ、そこで僕と柊さんがオフに同行するという話になっていたのだ。
「どんな人だろ」
「もう社会人ではあるみたいだな。俺もそんな詳しく聞いてないけど、芽さんはかなり信頼してるみたいだし、きっと大丈夫だよ」
「恋人になるといいね」
「はは。そうだな。気が早いけど」
 柊さんは笑って、今はネットとかなんだよなあ、と僕は思う。男女でも普通にメル友から始まったりしている。実生活で知り合って、つきあえている僕たちはめずらしいのかもしれない。
 猛暑に倒れることなく柊さんの家に到着すると、柊さんはグラスに麦茶を用意した。その隣にいた僕は、柊さんのおかあさんに頭を下げる。まだ恋人だと紹介されていないけれど、「感づいてるだろ」と柊さんは言う。だったらなおさら紹介してほしいなあ、と思うけど、さすがに贅沢なので何も言わない。
 柊さんの部屋はクーラーがなくて、換気は開け放った窓からの緩やかな風が頼りだ。僕が柊さんのつくえに着かせてもらって、柊さんは家のどこからか持ってきている丸椅子に腰かけて、すぐ隣で勉強を教えてくれる。
 柊さんの軆や匂い、声が近くてどきどきするけど、勉強にはまじめに打ちこむ。勉強は運動ほど苦手じゃないから、解説さえもらえれば理解していける。
 蝉の声が減ってきた昼下がり、いったん休憩を取ることになって、ぬるくなってしまっても香ばしい麦茶を飲む。
「俺も来年は大学受験なんだよなー」
 柊さんは飲みほしたグラスをつくえに置くと、かったるそうにベッドに倒れこんだ。僕も飲みかけのグラスを置き、ベッドサイドに座る。ぎし、とベッドがふたりぶんに小さくきしむ。
「また、一年しか一緒じゃないんだね」
「んー、そうだな」
「智也さんはいいなあ。大学も同じ?」
「どうだろ。まだそこまで話したことない」
 智也さんは柊さんの親友だ。ひどかった中学時代から、柊さんを偏見せずに支えてくれたと聞いている。
「僕は大学も柊さんと同じがいい」
「やりたい勉強しなくていいのか?」
「うーん、分かんない。やりたいことって何だろ」
「俺も分かんないけどな。大学出て就職したいとは思ってるよ。就職も今厳しいけどな」
「ゲイってことはどうするの?」
「分かってくれる職場があるならそっちがいいな」
「今は、ありそうだよね。ブランドとか、大会社とかはむずかしいかもしれなくても」
「うん。前は、働くとかぼんやりしてたけど。今はしっかりしたいって思うよ」
 柊さんは僕を見て、手に手を重ねた。伝わる体温が高い。
「夏樹と一緒に暮らしたい」
「えっ」
「だから、頑張ろうと思う。また、ゲイってことで大変な想いすることになるかもしれなくても、社会に出て働くよ。夏樹のためなら、それも怖くない」
「柊さん──」
「だから、夏樹は……その、俺のそばにいろよ?」
 そう言ってから、わずかに照れて目を伏せた柊さんを見つめて、僕はぎゅっと手を握り返した。そして、ぱたんと柊さんの胸に軆を重ねる。速い鼓動が僕の鼓動と縺れあって響く。
「柊さん」
「ん」
「好き」
「うん」
「柊さんは?」
「俺も好き」
「……うん」
「夏樹が好きだよ」
 深く刻まれる搏動から顔を上げると、柊さんは僕の軆を引き寄せて、柔らかく口づけてくれる。髪を愛撫する手は、やっぱりすごく優しい。
「……夏樹」
「ん」
「やったことないから下手だと思うけど」
「え」
「口開けて」
 僕は素直に口を開けた。すると、口の中に舌が入りこんできて、初めての感触にびくっとしてしまう。柊さんは一度顔を離した。
「……嫌?」
 不安そうな瞳に、慌てて首を横に振った。ただ「びっくりした」と正直に言う。
「ん……、そのうち、さ。セックス……とかも、したいけど」
「う、うん」
「やり方とか、よく分かってないし。一応調べてるけど、ケータイの情報だしな。夏樹が痛いとかは嫌なんだ」
「……痛くても、いいよ?」
「俺がやだ。ちゃんと、良くしてあげたいから。もうちょっと、情報収集させて」
「うん」
「何か、こないだ、そろそろするようなこと言ったけど。いざとなると、分かんないな。ごめん」
「いいよ。い、今のキスだけでも、けっこうどきどきした」
「そっか。俺もだ」
 視線が触れ合って、何だか一緒に咲ってしまう。僕は柊さんの胸にもぐりこんで、柊さんは僕の頭を抱いて肩をさすってくれる。窓からの風はほとんどない。すごく暑いけど、この温度が今は心地よかった。
 その日からしばらく経って、僕と柊さんは、芽さんのメル友とのオフに出かけた。相変わらずよく晴れていたけど、晴れすぎてやっぱり暑い日だった。以前引きこもりだった芽さんは、電車の人の気配にやや蒼ざめたりしていた。大きな駅に出ると、「北口にいるって書いてた」と芽さんは呼吸を整えながら、ケータイのメールを見る。
 でも普段ここまで出ることがない僕たちは、北口がどちらの方角なのかちょっと迷ってしまった。約束の十四時、やっと到着した北口で三人してきょろきょろする。その人の容姿は、茶髪で赤と黒のボーダーTシャツを着て、ブルージーンズを穿いているということだった。
 先に気づいたのは、明らかに都会から浮いていた僕たちに気づいたその人だった。
「……えーと、たぶん、葉くん?」
 その人は僕たちの中から芽さんをハンドルネームで言い当て、芽さんは「そうです」と急いで頭を下げた。「いいよ、そんなの」とその人は咲って、でも、僕と柊さんには軽く頭を下げてくる。
「あの、すみません。ひとりで来れなくて」
「いいよ。事情は知ってるから。俺のほうが、部屋の近くまで来てもらってごめん」
「あ、部屋、今日ちゃんと出れたんですね」
「うん。ここまでだけど、かなり頑張った」
 そんなことを話して、ふたりはわりと打ち解けて笑いあう。
 僕と柊さんは顔を合わせた。柊さんは芽さんの肩をぽんとたたいて、「十七時くらいに夏樹とここに戻ってきます」と言った。
「え、でも──」
「何か、ふたりで話したほうがよさそうですし」
 芽さんは僕のほうも窺って、僕は笑みを作った。「じゃあ」と芽さんは柊さんの言葉に甘えることになった。僕たちに見守られて、芽さんはその人と予想より楽しそうに話しながら離れていく。
 僕と柊さんは顔を合わせ、何だか微笑んでしまった。
「何か、深井に話してもよさそうな人だったな」
「そうだね。芽さんもちゃんと話せてた」
「やばい奴だった可能性もあるんだもんな。よかった」
「うん。僕も会うまでは緊張した」
「ネットって、実際何でもありうるんだもんな」
「芽さんも、これでまた外に出れるようになるかな」
「だといいな。じゃあ、俺たちどうする? 三時間あるな」
「映画とかは?」
「ああ、このへん映画館もありそうだな。探すか」
 僕たちはふたりでひとつのケータイのナビを覗きこみながら、並んで歩き出す。
 夏休みだから、駅の中は騒がしい。友達のグループ、家族連れ、当たり前のように男と女のカップル。僕もそんなカップルみたいに柊さんと手をつなぎたいと思ったけど、地元みたいな勇気が出ない。やっぱ男同士ってまだ違うんだよなあ、とため息をつきそうになったとき、ふと指に指が触れた。
 どきんと柊さんを見上げると、柊さんはちょっと緊張を見せながらも、僕をちらりとしてくる。
「……いい?」
 僕はその目を見つめかえして、小さくこくんとした。触れた指が絡んで、僕たちはそっと手をつなぐ。思わず幸福な笑みをもらして、同時に、やっぱり柊さんは僕の先輩だと思った。
 僕はまだ、弱くて立ち止まってしまう。気にして、躊躇ってしまう。でも、柊さんはたとえ人目につくことになっても、僕を恋人としてあつかってくれる。偏見を投げかけられるかもしれなくても、自分の気持ちをこうして人前で主張できる。
 柊さんのそういうところが好きだ。昔憧れたときのまま、この人は本当に強い。そんな人が、僕を大切に愛してくれている。
 僕の毎日に、柊さんがいる。そんな日常が僕の宝物だ。こんな日常がずっと続けばいい。続かせてみせる。
 僕は柊さんのそばにいる。そして、柊さんの毎日にはいつまでも僕がいて──それが、僕たちの日常風景なのだ。

 FIN

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