First Date【1】
小学生のときに好きだった男の子と、何年も会わずに、それでも遠距離でつきあっている。そんな私の恋愛事情を聞くと、たいていの人は驚く。
一途だねと言う人もいれば、近くにもいるじゃんと言う人もいる。それでも私は、やっぱり寺岡くんが好きだ。
中学生になるのと同時に、寺岡くんは昔住んでいた町に引っ越してしまった。そうなることはけっこう早くから聞いていた。告白しなきゃ後悔すると悩んでいたし、友達にも理子なら両想いだよと励まされていた。
小学校の卒業式の日は、気を遣った友達にふたりきりにもしてもらった。その日は三月の晴天だったけど、まだ風は冷たかった。両想いかはともかく、少なくとも寺岡くんが一番仲がいい女子は私だと思っていた。
だから、寺岡くんが嬉しそうに「あの町に戻ったら、一番仲がよかった奴にまた会えるんだ」と話してきて、一気に頭が混乱した。その幼なじみは、男の子? 女の子? それを訊く勇気が出なかったばかりに、私は寺岡くんに想いを告白できなかった。寺岡くんから告白してくることもなくて、私たちは一度はすれちがってしまった。
でもそんなの、私以上に私の気持ちを知っていた友達が許せなかった。友達は何人かで、寺岡くんと仲のよかった男子のクラスを訪ねて、まだケータイなんて持ってなかったから、寺岡くんの家電を聞き出してきた。私にそのメモを握らせて、友達は真剣な面持ちで言ってきた。
「寺岡くんと、このまま他人になっていいの?」
他人。寺岡くんと他人になる。あんなに近くで仲良く過ごしてきた男の子と。このまま、寺岡くんが今何をしているかも分からない他人になる。
寺岡くんの毎日から私がいなくなる。私のことなんて思い出すこともなくなる。初めてひどい恐怖を覚えた。きっと、私のほうが寺岡くんを忘れることはない。なのに、寺岡くんから私が消えてしまうなんて──
電話をかけたのは、一年生の一学期も終わっていない六月だった。電話に出たのはおばさんで、顔見知りだったからすぐ寺岡くんにつないでくれた。寺岡くんは林間学校をひかえているところだった。『番号渡してなかったよな』と言われて、「迷惑だったかな」と案じると、『いや、俺も白杉の訊きたかったのに訊けなくて』と返ってきた。
ちょっと沈黙があって、私は幼なじみの子に会えたかを訊いた。すると、その子とは同じクラスになったし、林間学校の班も一緒らしいことを話してくれた。
『心配してるんだけどな。調子悪そうっていうか……俺が戻ってきたのが嫌だったのかな、とか思う。いろいろ変わるよな、離れてると』
私は、部屋に連れてきている電話の子機を握りしめた。
変わる。そうだ。私と寺岡くんの仲も、離れて放っていたらきっと変わってしまう。変わらないためには、つながっておかなくちゃ──
「寺岡くん」
『ん』
「私は、変わりたくない」
『えっ』
「寺岡くんのそばにいる女の子は、ずっと私であってほしい」
とっさに寺岡くんは何も言わなかった。けれど、『ええと』と何とか言葉を躊躇わせながら発する。
『それは、ちょっと、期待したくなるんだけど』
「期待していいよ」
『白杉、』
「私、寺岡くんが好きだから」
『………、マジ、で』
「うん」と私がうなずくと、何やら、深いため息が聞こえた。『何だよ……』というつぶやきがこぼれて、『女の子に言わせるとか、俺かっこ悪いな』と続く。
「寺岡くん──」
『俺も好き、だよ。白杉のこと。……よかった、言えた』
──その夜から、五年が経った。
私は高校二年生になっていた。夏の期末考査が終わった日、焼けつく日射しが今日も厳しく、ざわめくカフェで甘く冷たいパフェを食べながら、友達と問題用紙を広げて答え合わせをしていた。
ふと手元に置いていたケータイが震えて、「ちょっとごめん」とふたりに断ってケータイを開いてみる。すると、着信は寺岡くんからのメールだった。
高校生になってケータイを持ち、寺岡くんがずいぶんまた近くなった。メールはもちろん、電話で声も聴ける。
寺岡くんもテスト終わったとかかな、とメールを開くと、そこには思いがけない文章があった。
『夏休み、そっちに行けることになった。
五年ぶりだな。
ゆっくり会いたい。』
思わず声を上げた私に、友達は怪訝そうにそれぞれのパフェから顔を上げた。私はケータイを指さし、「寺岡くんが来るって」とつっかえそうになりながら言う。
ふたりとも私から寺岡くんの名前は聞いていたから、「マジか」とまじろぐ。
「うわさの幽霊彼氏」
「実在してたかー」
「決まってるじゃないっ。わ、会えるの五年ぶりって書いてある。どうしよう。小学校のときと私変わったかな」
「理子の小学生時代をあたしらは知らない」
「つか、変わってて当然でしょ。五年って。本気でぜんぜん会わなかったの?」
「うん」
「よく続いたなあ」
「一応紹介してよ」
「もちろん。はあ、会えるんだ。わー、何かどきどきしてきた」
「今、電話しなくていいの?」
「していい?」
「どうぞ」
「ありがとっ」と私は席を立つと、ざわめきから少し離れた入口付近に人がいないのを確かめ、寺岡くんの番号を表示させて通話ボタンを押した。
コールはすぐ途切れて、『白杉?』と声変わりした寺岡くんの声が耳元に響く。その声を聞くだけで、胸の奥から軆が甘酸っぱく疼く。
「寺岡くん。今メール見たよ」
『早いな』と含み咲う寺岡くんの向こうには、少し雑音がある。たぶん私みたいに外なのだろう。
「だって。ほんとにこっち来るの?」
『ああ。大学もそっちのに進もうと思ってるんだ』
「えっ、じゃあこっち戻ってくるの?」
『ああ。まあ、合格すればだけどな』
「そこは合格してよ」と少しむくれた口調になると、寺岡くんは笑って『頑張る』と言ってくれる。
「また毎日会えるんだね」
『そうだな。白杉は大学とか決めてんの?』
「ううん、まだ。すごいね、寺岡くん。もう考えてるって」
『学校に考えさせられるだけだって。進学校だし、そういうのうるさい』
「昔から頭良かったもんね。同じ大学は私の頭じゃ無理かなあ」
『白杉がしたい専攻取れよ。少なくとも、今みたいな遠距離ではなくなるんだしな』
「うん。ありがとう。……はあ、すごく嬉しい」
じっくりつぶやいてしまうと、寺岡くんは笑いながら『俺も嬉しい』と照れた口調ながら言う。
『で、まあ、それで大学の見学も兼ねてそっち行くんだ。氷室が家泊めてくれるらしいし。昨日電話でOKもらった』
「あ、氷室くん懐かしい。小学校のときの友達って意外と会うことないもんなあ。元気そうだった?」
『あいつはいつも元気だろ。あ、もう電車来る。じゃあ、またはっきりしたこと決まったら連絡するよ』
「ん。待ってる」
私は電話を切って、深く息をついた。
寺岡くん。ほんとに会えるんだ。やっと会える。後悔したあの日から、やっと寺岡くんとの時間がつながる。
ケータイを抱きしめてそのまま酔いそうになったけど、カフェに入ってくるお客さんが見えて、ひとまず友達のテーブルに戻った。
夜には、小学校のときからまだ連絡だけは続いている友達に寺岡くんが来ることを伝えた。そういう子たちは、当時の私と寺岡くんを見ていたから、「やったじゃん!」と喜んでくれた。
そして数日後、寺岡くんからまた連絡が来て、八月の頭から半ばまで、けっこう長く滞在することも聞かされた。駅には私が迎えに行くのも決まって、いよいよ夏休みが楽しみになってきた。
そういえば、例の寺岡くんの幼なじみのことは、中学生のときに電話で訊いた。あんなにきっと女の子だと思っていたのだけど、男の子だった。『俺がこんな奴だから、あいつを苦しめてるんだよな』と寺岡くんはつぶやいて、その子に何か起きているのかを訊くと、イジメに遭っていると寺岡くんは言った。
『クラスも離れて、何も話せてないままだから、どうやって力になればいいのか分からない』とすごく悩んでいた。私も何て励ましたらいいのか分からなかったけど、「ちゃんと話したほうがいいと思う」とは言った。『うん』と寺岡くんは初めて聞く思いつめた声で答えていた。
それでもなかなか切っかけがなくて、私はときおりその男の子について相談に乗っていた。中学の卒業が近づいてきた頃、私は自分と寺岡くんが一度はすれちがったことを話して、「話さなかったらまた同じ後悔をすると思うよ」と言った。それにうなずいた寺岡くんは、卒業式にやっとその子と話をして、和解することもできたみたいだった。今では、たまに一緒に遊びに行くくらいになっているそうだ。
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