友達になろう
翌日、悠紗はリハーサルに参加するので、バンで迎えにきたXENONのメンバーとライヴハウスに行った。聖樹さんと聖乃さん、そして僕は電車で街に出て、昨日待ち合わせにした場所で紗月くんと芽留くんと合流する。
遅めにホテルをチェックアウトし、開いているパーキングを探していたふたりは、ゆっくりこの街を見れなかったらしい。それでも、ライヴハウスまである道のりを眺め、「こういう通りってどこにでもあるんだねえ」と芽留くんはいつもの街と少し雰囲気が似ていると話した。
ライヴハウスの近くに来ると、開いているファミレスがあったので、そこに入ってオープンの十八時を待った。
そのとき、紗月くんと芽留くんは僕と連絡先を交換してくれた。聖樹さんが「萌梨くんが今度はそっちに行ってみたいって」と言うと、「ほんと?」とふたりは僕を見る。「ダメですか」と僕が恐縮すると、紗月くんも芽留くんもすぐ首を横に振り、ひとりで街を歩くと危ないので駅まで迎えに行くとまで請け合ってくれた。「よかったね」と聖樹さんと聖乃さんに微笑まれて、こくんとした僕は、「そのときは連絡するので、よろしくお願いします」とふたりに頭を下げた。
十八時にオープンしたライヴハウスは、十九時にスタートするまでのあいだに観客でいっぱいになった。広い場所ではない。混雑ではぐれてもいいように、ライヴが終了したらカウンターに集まることを、みんなで約束した。芽留くんは紗月くんを引っ張って前方に出て、聖樹さんと聖乃さんはカウンターでオーナーさんと談笑する。僕は壁際を確保し、XENONのみんなが出てくるのを待った。十九時を少しまわったとき、不意に室内が暗転してSEがゆっくり消えた。
観客の中には早くも「梨羽ーっ!」と絶叫する人がいる。赤紫の照明の中に、ドラムスの葉月さん、ギターの紫苑さん、ベースの要さんが現れる。そしてヴォーカルの梨羽さんが登場すると、一気に熱気と歓声が急上昇して──十三日の金曜日からスリーデイズのXENONのワンマンイベント、EPILEPSYが始まる。
梨羽さんの喉を引き裂くようなヴォーカル。紫苑さんの禍々しいほど深く響くギター。要さんの重苦しくうねるベース。葉月さんの鼓膜を蹴破ってくるショット。MCは入らない。短い水分補給だけで、ライヴは疾走して観客も盛り上がっていく。
梨羽さんの目の焦点が合わなくなってきて、歌詞にならないシャウトも増えて、汗が伝っていくのがライトに映って光る。曲はいつも十三曲だ。十曲目が終わって場内がほてっているところに、「今夜も呼んでるぞ、分かるな?」と要さんが言った。
悠紗のことを知っているファンはもう多いから、「悠紗ーっ!」「悠ちゃん!」と声が上がる。すると、ギターを連れた悠紗がステージに現れて、「お邪魔しまーす」とXENONに向かって、それから観客に向かってもお辞儀をした。
ミネラルウォーターをあおった梨羽さんが、ペットボトルを床に置いたのを葉月さんは見逃さず、スティックが鳴る。紫苑さんのギター、そして悠紗のギター、ツインギターは重低音の檻になって、ラストまでの三曲、梨羽さんは囚われた狂獣のように叫んで歌った。
最後の曲が終わって、やっぱり梨羽さんは挨拶も笑顔もないままステージを降りていく。紫苑さんもそれに続く。EPILEPSYにアンコールはない。残った要さんと葉月さんが漫才のように告知をして、「撤収ー」と悠紗も連れてステージを去ると、ふっと店内が明るくなった。
それで僕は我に返り、また頭飛んでた、と思いながら人混みを縫ってカウンターに戻る。そこにいたままだったらしい聖樹さんが、「大丈夫?」と心配してくれて、僕はうなずきながら「紗月くんと芽留くん大丈夫かな」とつめこまれた人の頭の中にふたりを探す。「物販ないんだよなあ」とか「出てこないかなー」とか残る観客が騒がしい中、突然マナーモードのケータイが震えたので、僕は取り出して開いた。悠紗からのメールだ。
『芽留さんと紗月さん、このあと帰っちゃうよね?
ちょっと挨拶させて。
梨羽くんがあれだからみんな少し休むし、俺ホール行く。』
悠紗出てきて大丈夫かな、と案じつつ顔を上げたところで、「萌梨くーん」と芽留くんの声がした。人をかきわけて、紗月くんと芽留くんがこちらにやってくる。「スピーカーが近すぎて耳死んだー」と芽留くんはカウンターに取りつき、「すごかったですね」とこちらを向いた紗月くんに僕はうなずく。そして悠紗の伝言を伝えていると、ちょうど「すみませーん」と言いながら、人をよけて悠紗が僕たちを見つけ出しているのに気づいた。
「悠紗くん! 今日もかっこよかったよー」
芽留くんがそう言うと、悠紗は照れて咲って「ありがとうございます」と言った。「もう紫苑に負けてないね」と聖樹さんが言うと、「絶対勝てないけどね」と悠紗は肩をすくめる。
「芽留さんと紗月さん、帰るんですよね」
「紗月くんがそろそろ弓弦くんに会いたいと思うんで」
「な、何で僕なの」
「わりと平気?」
「……弓弦が、心配してるとは思うから」
恥ずかしそうな紗月くんに、「ね」と芽留くんはにこにこする。
「だから、車飛ばして帰るよ」
「ばたばたですみません。とうさんと萌梨くんとは話せました?」
「ちゃんと僕も芽留も、萌梨くんと連絡先交換したよ」
「今度は、萌梨くんが僕たちのとこ来てみたいって」
「え、萌梨くん、大丈夫かな。何かに巻きこまれないかな」
「駅まで僕と芽留が迎えに行けば、街では一緒に行動できるし。弓弦にも萌梨くんに会ってほしいし」
「あっ、俺も弓弦さん会ってみたい!」
「また来たとき、お店においでよ。連絡くれてれば、そのとき僕も紗月くんも向かうから」
「うん。できれば、弓弦も連れていくよ」
「ありがとうございます。じゃあ、ここでは打ち上げせずにさっさと帰るんで。楽屋戻ります」
「頑張って。ありがとう」
「またいつでもメールしてねー」
紗月くんと芽留くんがにっこりすると、悠紗も笑顔になり、観客に声をかけられる前に楽屋に引き返した。僕たちは顔を合わせ、「じゃあ、僕たちがふたりを見送ろうか」と聖樹さんがスツールを降りる。聖乃さんと僕はうなずき、まだざわざわしているライヴハウスを五人であとにする。
通りは昼間と違ってネオンの喧騒があふれ、人にぶつからないように歩く。今夜は夏風が少し流れている。
芽留くんの車があるパーキングにたどりつくと精算し、ロック板が降りたあいだに芽留くんが先に乗りこんで車を出す。車が通りに出てくるまで、紗月くんは僕の隣で温い風に髪を揺らしていた。
「弓弦さんにもよろしくお願いします」と僕が言うと、紗月くんは僕を見てうなずく。
「僕たちこそ、千羽さんによろしくって伝えてください」
「はい。あの、僕、ほんとにメールとかするかもしれないけど、いいですか」
「もちろん。すぐ返事できるかは分からないですけど、ちゃんと答えるので」
「………、僕は、友達っていう友達がそんなにいなくて。でも、紗月くんとは、仲良くなれそうな気がするんです」
たどたどしい口調で言うと、紗月くんは咲って「僕も萌梨くんともっと話したいです」と言ってくれた。その優しさに僕も微笑んだとき、芽留さんの車がかたわらに停まった。
「ほんとにありがとうございました」
紗月くんが頭を下げて車に乗りこむと、「萌梨くん、遊びに来てねー」と芽留くんの声が運転席から聞こえて、「約束します!」と僕は元気よく言うことができた。ばたんとドアが閉まり、窓ガラス越しに紗月くんも芽留くんも僕たちに手を振る。そして車は発進し、やがて角を曲がっていった。残された僕たちは息をつき、「帰ろうか」という聖樹さんの言葉にうなずき、終電にならないか心配しながらいつもの町に帰った。
土曜日と日曜日のライヴまで観にいくのは僕だけだったので、悠紗を迎えにきたXENONのバンに僕も乗って、袖からライヴを見守った。梨羽さんはやっぱり、ステージを終えるとトイレにこもる。いつもライヴのあとは、梨羽さんはひどく嘔吐するのだ。楽屋に戻っても嗚咽が止まらない。そんな梨羽さんには僕が付き添って、残りの三人と悠紗は撤収作業に入る。そうしてまたXENONのバンでマンションに送ってもらい、悠紗と帰宅する。
日曜日の深夜は、月曜日の昼にまたXENONと旅立つ悠紗は荷造りをしていた。一日くらい休まないのかなあ、と心配したけど、夏休みでイベントが多いのだそうだ。そして月曜日、XENONは鈴城家で昼食を食べると、悠紗を連れて全国の旅に出た。
見送った僕は聖樹さんを見上げ、聖樹さんも僕を見た。「ちょっと、悠がいて当たり前になってた」と聖樹さんは寂しそうに咲い、僕はこくんとして「僕はちゃんといるから」と言った。聖樹さんは僕の頭をぽんぽんとして、「ありがとう」と今度は嬉しそうに咲った。
僕が留守にしていた土日に、聖樹さんは例の花丘さんに連絡を取っていた。僕と聖樹さんが面会したい件を聞いた花丘さんは、快諾してくれた。そんなわけで、十七日の火曜日──お盆の最終日に、僕は聖樹さんと電車に乗って、数年ぶりにあの児童養護施設を訪ねた。
「花丘さんですか? さっき恵麻くんが来たから、彼と話してたけど──」
今日も天気がよく、門から施設への小道に面した庭では、比較的幼い子供たちが楽しそうに遊んでいた。それを見守っていた女の人に聖樹さんが声をかける。花丘さんについて訊かれたその人は、そうつぶやいて建物をかえりみて、「少しお待ちくださいね」と軽く頭を下げて、開け放しになっているガラス戸から建物の中に入っていった。
「エマくん」と僕が聖樹さんを見上げると、「誰だろうね」と聖樹さんも首をかしげる。
女の人はすぐ戻ってきて、続いて庭に出てきた女の人に「あ、」と聖樹さんが頭を下げた。僕も慌ててそうしてから、その人を見た。見憶えのあるショートカットと柔らかな化粧の女の人で、六年前と変わりないように見える。「萌梨くんね!」とその人は僕を認めると、温かい笑顔になって駆け寄ってきた。
「まあ、しっかりした男の人になって。元気にしてた?」
「はい。ちゃんとお礼言ってないままだなって思って。いきなり来ちゃってすみません」
「いいのよ、気にしなくて。また会おうと思ってくれただけで嬉しいわ。鈴城さんもお変わりなさそうで」
「おかげさまで、落ち着いて生活できてます。僕もいつも、はがきだけの返事しかできなくてすみません」
「じゅうぶんよ。今日も暑いから、ここじゃ熱中症になるわね。中に入りましょう。玄関にスリッパ出しておいたから」
「ありがとうございます。おいそがしいなら邪魔はしないので」
「邪魔なんて。今ね、昔ここに住んでいた子が顔を出しているの。その子と話していただけで、そんなにばたばたはしてないから」
花丘さんは、聖樹さんと僕を玄関のほうへとうながし、「じゃあお邪魔します」と素直に僕たちは庭を横切って玄関へとまわった。玄関先では、中学生くらいの女の子がひとりでぼんやり座っていた。僕たちをちらりとしたけど、何も言わずに抱えた膝に顔を埋めてしまう。聖樹さんが僕の肩を軽く押し、僕はおとなしくその子はそっとしておいて建物に入った。
汗を絞り取る日射が遮断されただけで、ふうっと息をついてしまう。用意してあったスリッパを履いていると、教室が並ぶ右手の廊下から花丘さんがやってきて、「応接間が空いてるから」と左手への廊下をしめした。
【第十一章へ】
