気になる相手
僕もお冷やで乾いた喉を癒やし、「相談って」とさっそく訊いた。つい心配な顔をしてしまっていたみたいだ。「そんな暗い話ではねえんだけどさ」と沙霧は咲って僕をなだめ、ケータイを取り出すと指先で突いた。
「ヒマつぶしにやってるSNSがあるんだ」
「え……えすえぬ……?」
「知らない?」
「う、うん」
「登録して、日記書いたり、それにコメントもらったりする──ネットで交流する場所というか。あと、メールみたいなメッセージっていうの交換したり、同じ趣味で集まってサークル作って、語り合ったり情報交換したり」
「はあ」
「そこで俺、天海監督のサークルに入ってるんだけど。正月に公開されたじゃん、『ハンドメイド』」
「あ、うん」
『ハンドメイド』とは、今年の新春に公開された邦画のひとつだ。監督は天海智生、脚本はその息子の天海芽留──息子の芽留さんはゲイで、作品を通して同性愛を伝えていきたい、と活動する脚本家だ。だから『ハンドメイド』も同性愛をあつかっているのだけど、内容はそれだけでなく、とても鋭利な描写があった。
そして、主題歌を担当したのが、実はXENONなのだ。XENONはメジャーに行く気はないし、やはり今でもインディーズなのだけど、『ハンドメイド』の主題歌オファーに関しては異例で、即座に蹴らず、僕と聖樹さんの意見を仰いだ。まだ完成していない『ハンドメイド』のラッシュを見せてもらった僕と聖樹さんは、確かにヴォーカルの梨羽さんしか歌う人はいないだろうと述べた。そんなわけで、XENONはEmerald Leafという覆面バンドとして、『ハンドメイド』の主題歌を担当した。
Emerald Leafのゆいいつの曲、“Diamond Azalea”は映画のオフィシャルサイトでストリーミング配信されただけだった。音源化はなかった。問い合わせがすごかったらしいけど、春先にロードショーが終了して、何とか配給会社は対応を乗り切ったらしい。
「もともと、俺の『ハンドメイド』観にいったっていう日記に反応した奴なんだけど。何か、そいつがだな。何というか……」
「嫌なこと言われたの?」
「いや、逆。すげー分かるとか、自分もそこに共感したとか。それから、俺の日記にコメント残してくれたりするようになって、俺もそいつの日記見にいったりして。仲良くなっていったんだけど」
僕は沙霧を見つめて、やっぱりそっか、と思った。僕にしか相談できない。なぜなら、沙霧がゲイであることは、まだ僕しか知らない。
「その人が気になるの?」
直入に訊くと、沙霧は気まずいような顔つきで頬を染め、「よく分かんないけど」とうつむいた。
「ただ俺、ゲイってことは伏せてたし、そいつのプロフにも何にも書いてなかったし。友達と思ってたんだ。そのうち何となく本アド交換して、電話もして。そしたらこないだ『俺はゲイなんだ』って」
「えっ、じゃあ──」
「そこで、揶揄ってるのかとかあれこれ疑う相手じゃなかったし。ほんとなんだろうなって、俺も隠さなくていいかなって、そいつに自分のこと打ち明けた」
「じゃあ、つきあうの?」
「……それはさすがに、どうなんだろうか。という相談」
どう、なんだろうか。僕もとっさに答えが出ない。「相手の人は、そうしたいって言ってるの?」と確認すると、「どうだろうな」と沙霧は息をつく。
「会ってみたいとは言われてる」
「会う……」
「会う前からつきあおうとかは言ってないよ。ちゃんとしてるのかな。たぶん」
「ネットから会うのって危なくない?」
「危ないよな。だから、そういう機会を持つほど、ネットの知り合いとは深くならないようにしてたんだけど。何かそいつとは仲良くなってちまって」
「相性はいいのかな」
「電話してるときは楽」
「楽しい?」
「まあ、うん」
「そっか。どうなのかな、僕はネット関係って、揉めたことしか知らないから」
「千羽ちゃん?」
「そう。元は友達だったみたいだし、ネットつながりっていつ裏返るのか分からない怖さがある」
「だよな。どうしようかなあ。近かったらまださくっと会うけど、わりと遠いんだよなー」
沙霧が唸ってテーブルに伏せたとき、ごまだれが香る冷やし中華がやってきた。きゅうり、たまご、鶏肉、彩りも鮮やかだ。店内の冷房で涼みかけていたけど、それでも冷たいものを食べられるのはありがたい。僕たちは割り箸をぱちんと割ると、ひんやりした冷やし中華を食べはじめた。
ネットからの出逢いかあ、とこしのある麺を頬張りながら改めて考える。
沙霧が言った通り、僕の彼女の千羽ちゃんはネットからの知り合いと揉めたことがある。電話番号を交換していなかったのがさいわいだった。ケータイのメアドを変えて、それで相手は千羽ちゃんに連絡手段がなくなって、執拗な中傷を投げつけられなくなった。
沙霧はメアドだけでなく電話番号も交換しているのか。でも実際電話したりするなら、それだけ信頼しているということでもあるだろう。僕としては、沙霧に恋はしてほしいと思う。
「沙霧って、誰かとつきあったことはあるの?」
「ないな。適当にクラブ行ったことはあるけど、あんまり好きじゃなかった」
「何か、その、すぐにそういう流れになりそう」
「なるよ。いったん連れ立って出た奴らが、一時間後くらいに片方だけ戻ってきて、もう別の男といちゃつきだしたりしてる」
「はあ……」
「そういうの見てると、メールだの電話だのから『会いたいな』って話してるほうが、まともに感じてくる」
「そう、だね。あ、年下? 年上?」
「ひとつ年下」
「どんな感じの人なの?」
「明るいかなあ」と沙霧は思い出すように首をかたむけ、箸に麺を絡める。
「顔見て話したことないから、ほんとにそうなのか分かんねえけど」
「顔知らないんだ」
「写メはもらってる。美形ではないけど、かわいい感じかな。愛嬌あるというか」
「好み?」
「嫌いな顔ではない」
「そっか。うーん……会ったら、つきあうってことになるのかな」
「それは言われてないけど──会ったらOKってことになっちまうのかな。そのへんの基準を、俺は知らなくて」
「先に『つきあえないかもしれない』って断るのも失礼だよね」
「すげえ思い上がりかもしれねえし」
「あと、もしつきあうことになっても遠距離だよね」
「あ、ほんとだ。うわー、やっぱ会うのは断るかなあ。でももったいない気もするんだよなー。いい奴だしなー」
悶々と言いながら沙霧は麺をすすり、僕も箸を進める。
そのとき、不意に僕のケータイの着信音が鳴った。ん、とリュックからケータイを取り出すと、サブウィンドウに表示されていたのは『悠紗』──
「悠紗からメールだ」
「悠か。俺にはなかなかメール来なくなったな」
「僕も昔より減ったよ。ギターでいそがしそう」
かちかちとボタンを押してメールを開封すると、やや長文の内容があった。「ちょっと読むね」と断ると、「どうぞ」と沙霧は冷やし中華を箸ですくって口に運ぶ。僕はいったん箸を置いて、メールに目を通した。
『萌梨くん、こんにちは!
昨日は朝までイベントの打ち上げにいたよ~。
俺は最後までドリンクがジュースだけとかマジきつかった。
でもね、昨日はハンドメイドの芽留さんも来てくれたんだ。
打ち上げに残ってもらったから俺も話ができて、あの主人公、芽留さんの親友がモデルだってこと聞いた。
で、その人に会ってみたいなーって言ったら、芽留さんが訊いてみるからメアド交換しよって言ってくれて!
まだ芽留さんの返事ないけど、親友さんに会えたら俺んちのこと話していい?
嫌だったら断ってね。
勝手に話す前に訊いておかなきゃってメール書いた。
あと、来月は十三日の金曜日があるからそっち帰るね!』
えー……と。
僕はそのメールをもう一度頭から読み、何とか考えた。来月帰ってくる、のは僕もチェックしていた。いや、そんなことより、あの天海芽留とメアド交換した? とんでもない子になるとは思っていたけど、本当にすごいことになっている。幼い頃は家をあまり出ないほどだったのに、全国をまわるようになって、あの子の急速な交流の広がりには本当にびっくりする。
そして、『ハンドメイド』の主人公にはモデルがいるのか。そういえば、ラッシュを見たとき聖樹さんも感づいていた。『ハンドメイド』の主人公。望海という名前の少年。彼はゲイで、そこは僕や聖樹さんとは違うけど、心を引き裂いたナイフは僕たちと同じだった。
僕も。義理の父親である聖樹さんも。ずいぶん昔、同性から、性的な虐待を受けていた。
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