Scene 1
僕の指先は、とても冷たい。たとえ助けを求めても、顔を顰めて誰も手は握ってくれないだろう。
僕はひとりだ。ずっと、ずっとずっと、僕はこの悪夢の中でひとりぼっちだ。
「あー……やべ」
喉の奥まで脈打って、せりあげて吐きそうなのに、髪をつかまれて揺すられるまま抵抗できない。
「……いきそう」
必死に目をつぶっているのは、このあいだ『泣くほど悦んでるし』とか言われたから。
「もういいだろ、お前どけよ」
熱い硬直に塞がれた口と、鼻をかすめる陰毛の汚臭で、まともに息ができない。
「るせえなっ……あ、くそ、お前ちゃんと舌使え」
ただでさえ痙攣しそうな呼吸にさらにねじこまれて、思わず咳きこんでしまう。口から赤黒いそれがはみ出て、舌打ちが聞こえる。
「しっかりくわえろよ。しゃぶりたいもん、くれてやってんだろうが」
すげなく言われて、ぎゅっと髪を引っ張られ、改めて口に押しこめられる。
「つーか、やっぱこいつは、こっちなんだよな」
後ろ手をつかまれてから、かちゃかちゃとベルトを緩められ、スラックスも下着もおろされる。剥き出しにされた下半身を引っ張られ、土の上に四つん這いにさせられる。すでに先端がぬめったものが押し当てられ、息遣いが引き攣ったのと同時に、軆の中にぐっと深く圧迫感が押し流されてくる。
やだ。嫌だ。やめて。そう思うけど、──本当に? だって、僕は……
「ほんとの君のこと、僕は分かってるよ」
去年の生徒会長だったあの人に、生徒会室でふたりきりになったときにそう言われた。それが始まりだった。僕はきょとんとあの人を見つめて、そしたらあの人は僕を抱き寄せてキスをした。
僕は目を開いて、おののきそうに混乱し、何で、と思った。舌が唾液の水音で粘つく。そんなの、誰にも話したことはない。僕のことが分かっているって、僕が男を好きになる男だいうこと? ソファに押し倒されて、ブレザーの制服を脱がされていく。
何で。嫌だ。男を好きになる。確かにそうだけど、この人とこんなことをするのは──
それから、何度もあの人に軆を求められて、拒絶しようとしても刺激されると感じてしまう自分の性器が嫌だった。「こんなになってるのに嫌なの?」と言われて、否定したところであの人の愛撫で勃起しているのは変わらない。軆の奥まで突かれながらこすられて、「ちゃんと気持ちいいでしょ?」とささやかれて、僕はすすり泣くことしかできなかった。
違う。こんなの違う。
でも、どう言えばいい? 僕は男を好きになるし、男にこうされることに違和感はないし、でもこんなことされるのはつらい、恥ずかしい、苦しい──何で僕はこんなにばらばらなのだろう。
素直によがればいいのだろうか? でも、気持ちよくなっているけど、ぜんぜん気持ちよくないのだ。怖くて嫌悪があふれて止まらない。気持ちよくなっていることが、気持ち悪くてたまらない。
あの人との行為を同級生に目撃されて、悪夢は加速した。僕は一気にこの学校で『公衆便器』として有名になり、あの人がやっと卒業しても、今度は同級生に犯されるようになった。
僕には感情も尊厳も許されなかった。みんなむしろ、僕に恵んでやっているという感覚だった。本当は僕はどんどん奪われているのに、誰ひとり、僕の心なんて考えない。軆をむさぼるだけだ。口に入れて、中をかきまわし、一気に射精する。青臭い粘液でべとべとにされ、今日も僕は半裸で中庭に放置されていく。
鳥がさえずりながら青空を横切っていく。誰かに相談できればいいのかもしれないけれど、僕にはこんなことを話せる信頼できる相手がいない。
同級生はもちろん、うわさは聞いているはずの先生も、親だって。親は抗えばいいと言うだろうし、抗わない僕を疑うだろうし、ゲイだと知れば勘当でも言い渡してくる。
男を好きになると言ったって、何だかもう恋愛なんてよく分からなくて、誰も好きになったことはないのだけど。
腰が気だるく重い。動くと中に出された精液がこぼれてくる。内腿がぬるぬるして、スラックスに入れているポケットティッシュで後始末をする。
チャイムが聞こえたけど、慌てて立ち上がって教室に走るなんてできない。もうサボっていいか、と思うとまた虚脱が訪れて、僕は服だけ身につけるとまた壁にもたれて、九月が終わりかけた残暑の白日を見つめた。
ゲイだと気づいたのは、男を好きになったのではなく、あまりに女の子に興味が持てないからだった。女の子に性器を突き立てるとか考えられなかったし、ぞっとするほどだった。むしろ僕のほうが抱かれたいような願望もあった。
ぼんやり、自分には女の子ではないのかなあと思って、でもはっきり確信を持つ恋はまだ体験していない。そのままあの人に抱かれて、同級生に犯されて、ずるずると、自分はゲイなのだから、男の欲望に抵抗する資格はないのだと、思考は落ちこんでいっている。
自分の性器が嫌いだ。あんなことをされて、なぜ気持ちよくなるのだろう。感度にプライドがないみたいで、いっそう僕は抗う自信を失くす。「男なら誰だっていいんだろ」と言われることもある。僕の性器は事実そうであるように硬くなる。
そんな淫らな性器が耐えがたくて、何度かカッターで切りつけたこともある。しょせんかすり傷くらいしかつけられなくても、たまに深く切ってシーツに血がじわじわ広がるのを見ると、わずかに落ち着くときもあった。
いつまで、こんなうなされるような日々が続くのだろう。この中学を卒業したら? みんなが男を代用などしなくなったら? 僕を犯す同級生たちは、ゲイではないと思う。ただ僕が手近というだけだ。あと、女の子は妊娠や事後が面倒とか。
いつか終わるのだろうか。誰も僕を使わなくなって、放っておいてくれる日が来るのだろうか。仮にそうなっても、僕はもう恋なんてできそうにない。
男なんて、もう……嫌いだ。
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