ハンドメイド-10

Scene 10

 翌日、僕は朝からプレハブに向かった。まだ佑悟さんはいないだろうと空き部屋のドアを開けて、まばたきをしてしまう。そこでは、佑悟さんが制服すがたで床に寝転がって眠っていた。
「佑悟さん」とつぶやいても、熟睡なのか返事はない。僕はドアを閉めて佑悟さんに歩み寄り、まくらもとにひざまずいた。
 こんな時間にどうしたのだろう。僕は佑悟さんのあどけない寝顔にちょっとどきどきしつつ、覗きこんでみる。かわいいな、と初めて佑悟さんに対して思った。
 この人が僕とつきあってくれているのだ。大切に愛してくれている。そう思うと愛おしくて、僕は身を乗り出して、佑悟さんの寝息を邪魔しないように唇の端にキスをした。すると、佑悟さんは少しうめいて、無意識の様子で僕の名前をこぼした。
「佑悟さん」
 佑悟さんがゆっくりまぶたを開いて、僕のすがたを認めた。「望海」と今度はしっかりした口調で呼んでくれて、僕は笑顔になって佑悟さんの胸に上体を倒す。
「おはよう」
「ん……おはよ」
「もう来てたんだね」
「泊まった」
「そうなの?」
「夜、親とすげー喧嘩した……」
「え、だ、大丈夫なの」
「卒業したら、働いて家出るしっつったら、ふざけんなって。兄貴を見習えって、またそればっかり」
 佑悟さんの指が僕の髪を梳く。僕は佑悟さんの睫毛がにぶくまばたくのを見つめる。
「いつか、望海と遠くに行きたいな」
「えっ」
「ふたりで暮らしたい」
「佑悟さん……」
「望海がいれば、あとはもういいや」
 僕は軆を起こして、もう一度佑悟さんの顔を覗きこんだ。朝陽で佑悟さんの綺麗な顔がよく見える。佑悟さんが僕に視線を向けて、微笑んで頬に手を当ててくれる。僕はその手に手を当てて、握って、今度は佑悟さんの唇にキスをした。
「望海──」
「もし、僕と……できたら、佑悟さんは嬉しい?」
「え」
「佑悟さんが幸せなら、僕はそれに応えたいと思うんだ」
「………、」
「僕は、佑悟さんが欲しいと思ってるよ。うまく、できなかったけど。それはすごく思ってるよ」
「……ん。俺も、望海とそうなれたら嬉しい」
「ほんと?」
「うん。だって、望海が好きだから」
 僕が好きだから──。そうか。僕も佑悟さんが好きなのだ。だから、進みたい。乗り越えたい。あの経験が絡みつくのなら、ほどきたい。僕が結わえられたい相手は佑悟さんだけだから。
「佑悟さん」
「ん」
「無理しないでほしいって、嬉しい。でもね、僕、無理したくないけど、我慢もしたくない」
「我慢」
「佑悟さんに、触ってほしいってほんとに思うんだ」
「……でも」
「だから、僕も佑悟さんに触っていい?」
「え」
「僕も、佑悟さんが好きだから……触りたい」
 佑悟さんはすぐそばの僕の瞳を瞳に映して、静かにうなずくと、僕を抱き寄せた。僕たちは一緒に制服を脱がしあって、上半身ははだかになる。
 僕は佑悟さんの筋肉に優しく口づけて、佑悟さんは僕の背中に指を這わせる。「望海」と呼ばれて、ホコリが煌めく中に顔を上げると、佑悟さんは少し上体を起こして僕に口づけてくれる。ほのかに煙草の味がする。そのまま佑悟さんは僕を引き寄せて、抱きしめながら深く舌を絡めあう。
 腰のあたりに、佑悟さんのものが反応しかけているのが当たった。怖くなかったのでそっとそれに触れてみると、佑悟さんは顔を伏せて、照れたように「何か朝だから」と言う。ちょっと咲った僕は、佑悟さんのかたちを指先で確かめて、初めて、これを軆の中に欲しいと思った。
 佑悟さんを体内で感じたい。そう思うほど、僕のものにも脈が通りはじめる。佑悟さんもそれを感じ取って、触れてくれる。僕たちは何度もキスをしながら、お互いのものを布越しに手で刺激して、硬くしていった。
「望海……」
 つぶやいた佑悟さんが僕の上に来て、瞳を確かめながらスラックスのファスナーを下ろす。下着まで湿って、取り出された僕は先走って濡れていた。
 佑悟さんの長い指がじかに絡んで、思わず息を喘がせて腰を震わせてしまう。佑悟さんは僕の表情を見つめて、緩やかにこすって、恥ずかしかったけど僕も佑悟さんを見つめる。
「……気持ちいい?」
 そう問われて、僕がこくんとすると、佑悟さんは微笑んでくれる。その笑顔が僕も嬉しかった。下半身が疼いて甘い感覚が集中して、先端からもっとぬめりがあふれてくる。
「佑悟、さん」
「うん」
「い、入れて……いいよ」
「……いいのか?」
「ん……してほしい」
 佑悟さんは頬を染める僕を見てから、僕の液体をすくって、それを潤滑油にして後ろを指で確認してほぐす。それだけで僕は声をもらしてしまって、もっと自分が脈打つのが分かった。
 やがて、僕がじゅうぶん柔らかくなると、佑悟さんは自分を取り出して僕のそこに押し当てる。佑悟さんのものも先端が湿っていて、そのぬめりでゆっくり中に入ってくる。僕は窓の光を見つめて、わずかに痙攣しながらそれを受け入れる。
 佑悟さんが奥まで届いて全部入ると、僕はそれだけで達してしまいそうなのをこらえて、腰をよじって一気に腫れ上がりそうな快感を焦らす。でも、それも佑悟さんが動きはじめるとどんどん耐えられなくなってくる。佑悟さんの動きが僕に響いて、今にも白く弾けてしまいそうになる。
 何度も佑悟さんの名前を呼んだ。佑悟さんも僕の名前を呼んでくれた。何度も意識がふわりと幸福感に溶けそうになった。
 嬉しい。佑悟さんに抱かれている。それがこんなに気持ちよくて、幸せで、心が満たされる。
「──佑悟さん」
 僕も佑悟さんも絶頂を迎えて、心地よい虚脱感でしばらく動けなかった。佑悟さんが先に動いて、僕を胸に抱いて床に仰向けになった。汗をかいたので、それにホコリが貼りついて僕も佑悟さんも軆が黒くなってしまっている。僕は佑悟さんの胸に頬を当てながら、そう名前を呼ぶ。
「ん?」
「僕、和磨さんに話してみようかな」
「え」
「僕でも、あんなことされても、こんなに幸せになれるんだって。今、つらい人に知ってもらえるなら」
「……いいのか?」
「うん。それに、佑悟さんをすごく自慢したい」
「自慢?」
「僕にはこんな恋人がいるんだって。僕が恋人だって知られたら、佑悟さんは迷惑かな」
「まさか。望海が恋人なら、俺はもう、自分のことも信じられるから。これが俺だって言える」
 僕たちは笑顔を交わして、口づけあった。その日はそのまま、そこでくっついて過ごした。まだ二月だけど昼間の陽射しはもう暖かい。
 もうすぐ春だと思った。佑悟さんは卒業していく。でも僕は、この軆に佑悟さん以外の人はもう触れさせない。そのためにも、僕のことを話そう。それが誰かの勇気になり、誰かの理解になり、僕と佑悟さんを助けてくれるのなら。
 翌日、真央くんに和磨さんの取材を受けることを伝えた。
 三月は和磨さんに話せることは話した。話しながら泣くこともあったし、黙りこんでしまうことも、混乱したときもあった。でも、そうなったらすぐ和磨さんはリビングで待っている佑悟さんを呼んでくれて、僕は佑悟さんに抱きしめられて落ち着きを取り戻すことができた。
 ほぼひと月それを繰り返し、和磨さんが書き上げたものを僕もチェックして、その原稿はけっこう有名な新聞社が、分割掲載してまで全文載せてくれると請け合ってくれた。
 明日には原稿の第一回が掲載された新聞が配達される日、僕と佑悟さんは、真央くんの家から帰り道を手をつないで歩いていた。明るい月の夜、満開の桜があふれていた。夜風はちょうどよく涼しく澄んでいる。
 もうすぐ春休みも終わる。僕は中学三年生になる。佑悟さんもひとまずレストランのバイトが決まった。それでも、あの体験を公開したことで何かあればすぐに呼べと、携帯電話をプレゼントされた。「ただ会いたくなっても、かけていい?」と訊くと、佑悟さんは咲って僕の髪に口づけてくれた。
 僕の指先に、佑悟さんの指先が絡まっている。その熱が流れこんで、僕の冷え切っていた指が温かい。
 佑悟さんの熱と溶け合う熱が僕の指に灯るようになった。僕だけの温もり。僕と佑悟さんが作る温もり。
 佑悟さんがいれば、痛ましい記憶があっても生きていける。この優しい手が作る熱が、僕を愛情で満たしてくれる。
 絶対この手を離さない。そうしたら、ずっとずっと、この手が紡いてくれる温もりで、僕は咲って明日が来るのを愛することができるから。

 FIN

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