Scene 2
「おい、今日の放課後は残っとけよ」
十月に入って数日の少し涼しい日、特によく僕をはけ口にするクラスメイトのふたり組が、僕の席のかたわらを通るとき素早くささやいてきた。
軆はびくんとこわばったものの、小さく「うん」と答えてしまう。嫌だ、と言ってみる勇気は、とうに失った。ふたりは笑いさざめく教室の中にすぐ溶けてしまう。
僕は自分の指先がかすかに震えるのを見て、圧迫、射精、悪臭、逆流するようにフラッシュバックがむせかえって、頭痛を覚えた。
晴れているけどちょっと肌寒い中庭の木陰で、その日も乱暴に犯された。枯れていく桜の木に手をつかされて、後ろから突き上げられて、もれそうなうめき声を唇を噛んで殺す。
「俺のこともちゃんとしろよ」ともうひとりに片手を取られて、ほてる性器を手のひらにあてがわれる。とっさに手首が硬直したけど、何もしないと怒鳴られることもあるから、びくびくと手を動かす。
ひねりこまれたものを腰に打ちつけられ、荒くなる息遣いと乾いた音が響く。手の中で脈打つものも、軆の奥で反り返るものも、振りほどいて逃げ出してしまいたい。なのに、少しだけ僕のものにも熱が宿ってしまっているから、それが一番耐えがたい。
木の匂いに顔を伏せて、こぼれそうな涙をこらえて、耳元にかかる呼吸に畏縮する。軆を突く動きが早くなってきて、「やば、いくっ……」と聞こえたのと同時に体内で爆ぜたのが分かった。
「あー、じゃあ、次、俺な」
勃起をつかまされていた手をぱたりと落とされ、どろりと精液がしたたる内腿にすぐにこすりつけられる。僕は鼻をすすって、両手で木にしがみつき、何とか地面に崩れ落ちないように努める。ゆっくり中に押しこまれて、肩まで痙攣して声が滲んでしまう。
「うわ……入れられて感じるとかヒくわ」
先に僕の中で達した人が、煙草を取り出しながら目を眇める。
「どうせみんなお前のこと知ってんだしさあ、喘ぎまくったらいいんじゃね」
「男の喘ぎ声とか萎えるだろ。突っこませりゃいいんだよ、こいつは」
「そうか? 声変わりしてねえし、けっこういい声出すんじゃね」
軆に手が這って、僕をつらぬきながらその人は僕の脚のあいだに触れてきた。思わず大きく軆がわなないて、上擦った声がもれた。途端、ふたりはげらげらと笑って、「やっぱないか」とその人はそれ以上僕を刺激せず、どんどん体内を動いた。
首を垂れて、もう涙を我慢できなくてぽろぽろと落とした。もうやだ。早く終わってほしい。こんなの嬉しくない。
ゲイなのに? 気持ち悪いよ。男が欲しいのに? 汚くて穢れてる。僕は僕自身をそんなふうに思うのか? 自分でさえ、自分を認められない。肯定できない。
僕ほど醜くわがままな人間がいるだろうか。男に抱いてもらえないゲイだっているのに。望むものを与えられているはずなのに、どうしてこんなにつらいのだろう。
「っあ、出る……っ」
そう言われた瞬間、奥までえぐられた痛みに、僕は大きく目を開いた。はあ、はあ、と跳ね上がった息がぐるぐるまわる。
僕は木にしがみつくまま、ずるりと土の上に座りこんだ。ふたりが何か話しているけど、鼓膜がふやけたように言葉が聞き取れない。やがて、いつも通り僕のことはほったらかして、ふたりは行ってしまった。僕は地面にくずおれて、顔が汚れるのも気にせずに土の匂いに噎せんで泣いた。
日が陰って、チャイムが時報になり、寒さに身が震えたのでやっと軆を起こした。
暗い赤が空を覆っていた。下半身は剥き出しのまま、スラックスがかかとにまとわりついている。
さすがにもう勃起していない。それでもやっぱり今日もちょっと気持ちよくなった。どうして。なぜ僕はあんなことに反応するのだ。ゲイだから? もしストレートだったら、性器は縮んだままで「ふざけるな」と主張できたのだろうか。
何で僕はゲイなのだろう。拒絶できないのだろう。もうこんなの、いい加減やめてほしい──
そのときだ。ぱた、と足音が聞こえた。びくんと顔を上げると、桜の木の向こうの渡り廊下のところに、人影があった。男子生徒の制服だ。もうやだ、と肩をきつく抱いて、木陰に息も気配も殺した。ゆらりと煙草の匂いがして、でも、さっきの人が吸っていた匂いじゃない。少し陰から渡り廊下を覗くと、男子生徒がつまらなさそうに煙草を吸っていた。
見たことがあるような顔だった。僕に何かした人ではないと思うけど。すごく綺麗な顔立ちをしていて、黒髪がさらさらと秋風になびいている。ネクタイの色が青だから三年生だ。
その虚ろな視線を知らず知らずじっと見つめていると、ふとその人が感づいた様子でこちらに目を向けた。慌てて身を引っこめ、どくん、どくん、と腫れ上がる心臓を抑える。
どうしよう。また何かされるのだろうか。構えて怯えていたけど、煙草の匂いがなくなって、あれ、ともう一度渡り廊下を見るとその人はもういなくなっていた。
何も──されなかった。それにはほっとしたけど、こんな、あからさまに乱暴されたあとでも、ホモの僕だと放っていかれるんだなと哀しくなった。
次の日、その先輩と靴箱を抜けた廊下ですれちがった。それで気づいた。あの人、けっこう有名なこの中学の一匹狼の不良だ。
僕は向こうに気づいたし、向こうも僕に気づいたようだった。でも、特に何も会話とかはなく、無視しあってざわめきの中で行き違った。
たとえ手出ししない人でも、こんなふうに僕をないがしろにして傷つける。そんなふうに思って、被害妄想で勝手にまた心を膿ませていた。
だけど、制服も冬服になった十月下旬、また犯されて中庭の隅で壁にぐったりしていたら、不意に、さく、さく、と足音が近づいてきて、はっと過敏に顔を上げた僕は、まばたきをした。
例の、三年生の先輩だった。近くで見ると、本当にモデルみたいで、その美しさにびっくりしてしまう。
先輩は僕を見つめ、目も口も無言のまま僕の制服をかきあつめて膝の上に投げてきた。「あ」と僕は声をもらしたけど、それ以上、何を言えばいいのか分からない。ただ汚れた皺くちゃの制服を握って、もう一度先輩を見上げる。
けれど先輩は何も言わず、すぐ身を返して、渡り廊下から校舎に消えてしまった。その背中を見送って、何、ととまどって制服についた黒い泥を見つめる。
破るように脱がされた服を拾い集めてくれた。一応、気にしてくれたのだろうか。いや、男のはだかなんて見苦しかっただけだ。そうだよね、と僕は重たい手で泥をはらい、とりあえず制服は着た。
でも、それからときおり、中庭で何かされたあと、永らくほうけていると先輩がやってくるようになった。いつもではなかったし、すぐではなかったから、見計らっているわけではないのは何となく分かった。むしろ、気にかけて中庭を覗いてくれているようだった。
制服を拾ったり、シャツを羽織らせてくれたり、笑顔も言葉もなかったけど、僕を介抱してくれる。
先輩の長い指が僕のジャケットのボタンを留めていく。僕はされるままになりながら、知ってるよね、と思った。先輩だって、僕が『ホモ便所』だと知っているはずだ。あんなことをされて当然で、助けられる価値もないと知っているはずだ。
でも、先輩は僕を押し倒してさらに襲ってくることはしない。無視することもなく、髪についた土もはらいおとしてくれる。はしたなくみじめに転がっていて、それが男なのに男を求める僕という人間の立場なのに、先輩は優しくしてくれる。
ありがとう、って言わなきゃ。次第にそう思うようになった。お礼ぐらい言わなくては。みんなみんな僕にひどいことばっかりだったのに、先輩はさりげなく僕の頭をぽんぽんとして、なぐさめてくれる。それから黙って去っていってしまう。
その背中に、ひと声、振り絞りたい。ありがとうございます。本当はそんなひと言に収まらない想いがどんどんふくらんでいたけど、うまく舌で紡げるか分からない。それでも、「ありがとう」ならせめて──
【第三章へ】
