ハンドメイド-3

Scene 3

「下脱げよ」
 十一月に入ってしばらく経った日のことだった。いつものふたりに授業中に中庭に引っ張り出されて、突然そう言われた。
 普段は服なんかさっさとむしりとってくるのに、なぜかその日は壁に突き飛ばされて、そんなことを言われた。とまどっていると、「早く」といらだった声を投げつけられて、僕は怖くなってのろのろとベルトを緩める。すると、ひとりがカメラを取り出してパシャッと一枚撮った。
「小遣い足りねーから、お前の写真、おっさんとか雑誌に売っていいだろ」
 え、と僕は蒼ざめてふたりを見る。おっさん。雑誌。嫌だ。そんなの、嫌に決まっている。
「ほーらっ、早く脱げよ。いつも脱がせてやってるから忘れたのかよ」
 そう言って、カメラを持たないほうが僕に近づき、スラックスの上から僕のものをつかんでゆっくり愛撫してくるる。ぞくりと快感が広がって、芯が硬く疼いてくる。
「あ、それ、女子にも売れるかもなー。ボーイズラブ?」
「いや、俺の顔は写すなよっ」
「分かってるよ。とりあえず脱がせろ」
「はいはい」
 ベルトをするりと抜かれて、ファスナーを下ろされるとスラックスが地面に落ちる。下着の上からさらにこすられて、軆を萎縮させて何とか感じないようにするのに、敏感に脈が刺激を捕らえる。
「すげー勃ってんじゃん。ほら、自分でしろよ」
 僕は首を横に振ることもできず、恐る恐る自分のものに下着越しに触れる。パシャッ。「早く脱げ」と言われて、泣きそうになりながら下着をずらすと、息苦しさから飛び出すように熱くこわばったものが現れる。パシャッ。自分のそれを指を絡めて、先端が濡れてくることに嫌悪を覚える。パシャッ。少しずつ軆の力が抜けてきて壁にもたれ、息が弾んでくる。パシャッ。顔を背けると「顔出てねえと意味ねえんだよっ」と癇癪のように怒られる。パシャッ。嫌だ。怖い。やめたい。助けて。こんなの──
「お前ら、何してんだよ」
 せめて睫毛を伏せがちにしていた僕が、突然割って入った声にはたと顔を上げたのと同時に、がつっと骨まで響く音が聞こえた。え、と慌てて何が起きたのか確かめようとしても、湿っている視界で何が何だか分からない。
「お前ら、こいつに何やらせてた」
 憶えのない知らない声が、明らかに怒っている。がしゃんっ、とたぶんカメラを投げるか落としたかの音がした。ふたりは何か言おうとしても言葉になっていなくて、僕はやっと視界をぬぐって目の前の光景を見た。
 目をみはってしまう。そこで僕のスラックスを下ろしたほうの胸倉をつかんでいるのは、あの先輩だった。カメラを構えていたほうは尻もちをつき、殴られたらしい顎を抑えている。
「こいつは、てめえらのおもちゃじゃないんだよっ」
 そう言って先輩は怒りをたぎらせて、つかんでいたほうも殴りつけ、それから二対一とは思えない圧倒的な狂暴さで、殴って蹴って、ふたりをぼろぼろにしてしまった。「失せろ」と唾まで吐きかけ、ふたりはカメラも置き忘れて走って逃げてしまった。
 先輩は黒いカメラを一瞥すると、がしゃっと踏み躙ってしまった。フィルムがはみでる。
 僕はいつのまにか座りこんで、寒いのか怖いのか、かすかに震えながら胸のあたりをつかんだ。先輩は僕を見て、するとその目は、もうそっけない落ち着きを取り戻していた。僕が怯えていると見たのか、先輩は低い声で「悪い」と言った。
 そう言われて初めて、僕はぶんぶんと首を横に振って、口を開いたけど、うまく言葉が声にならない。ありがとう。そう、ありがとう、って──
「……何で」
 そのまま行ってしまいそうだった先輩は僕を見た。僕はおののく声のままで続けた。
「どうして、助けてくれたんですか」
 先輩は少しだけ眉を寄せて、怪訝を見せる。
「あの人たちの言う通りなんです」
「……言う通り、って」
「僕、ホモだから……。きっと、みんなが正しいんです。自覚できないところでは、きっと嬉しいんです」
 先輩は僕を見つめて、その黒い瞳に胸の中が早く脈打ちはじめる。どきどきしている。
「気持ち悪い……ですよね」
 鼓動を抑えるように、胸をぐっと押す。ダメだ。違う。僕は男にどきどきしたりしない。そんな反応を認めてしまえば、もうみんなの軽蔑から後戻りできない。
「俺には」
 僕は先輩に顔を仰がせる。
「君が楽しんでるようには見えない」
「え……」
「つらそうだから。助けたいと思った」
 つらそう。……ほんと、に?
 でも、悦んでいる、嬉しい、感じているとみんな言った。男にいやらしいことをされて楽しんでいると言った。僕がどんなに嫌だと思っても。つらい、やめて、恥ずかしいと思っても。
 でも、この人の目には僕は……
「僕……ほんとに、つらいんでしょうか」
「うまく言えないけど、君がゲイなのは本当なんだろ?」
「……はい」
「だったら、余計レイプだと思う。そういうことするのは、愛しあってるから、嬉しいんだろうし」
「愛し……あって」
「セックスとレイプ、やってることは同じでもぜんぜん違うだろ?」
 先輩を見つめているうちに、こみあげてくるもので、また視界が滲んできた。僕は地面に膝をすりつけて泣き出してしまった。
 そうだ。この人の言う通りだ。僕がされていたのはレイプだ。一方的にさせられて、そんなのは愛情の行為じゃない。セックスじゃない。楽しくも嬉しくもない。誰ひとりとも、僕は愛しあってあの行為をやっていたわけではない。
 先輩は僕のかたわらに来てしゃがみこむと、ぎこちなく頭を撫でてくれた。僕は崩れるまま先輩の胸に取りついて泣いた。あの日の煙草の匂いがした。
 先輩は丁寧に僕の肩を抱いて、背中をさすっていてくれた。ずっと涙が止まらなくて、授業が終わってしまうのが怖くなった。もう少し。あとちょっと。このまま先輩の腕の中にいたい。
 どうしてだろう。先輩の軆ならこんなに間近に来ても触れあっても怖くない。期待なんてしちゃいけないのに。これは可哀想な僕へのただの同情なのに。どきどきしちゃいけない。
 好きになったら、ダメ……なのに。
 チャイムが鳴ると、先輩は僕の下半身に服を着せて、立ち上がらせた。まだ離れたくなかった。だからすがるような目で見てしまうと、先輩は初めて困ったようにだけど咲った。
 先輩は僕の手を握ると、優しく引っ張って部活のプレハブまで連れていった。その中にあった空き部屋に先輩は慣れた様子で入り、「ここなら誰も来なくて、落ち着けるから」とホコリが窓からの陽射しで煌めく中で言った。
「いつもここでサボってて、見つからないし。教室にいたくなかったら、ここに来てもいいと思う」
 僕はこくんとして、放されてしまわないように、先輩の大きな手をきゅっとつかんだ。
 先輩は僕を見つめ、躊躇いがちに僕を引き寄せて、もう一度、腕の中に許してくれた。先輩の制服は僕の涙で濡れてしまっていて冷たい。でも、そこに頬を当てて目を閉じた。先輩は僕の髪を撫でていてくれた。
 その日、先輩の名前を初めて知った。佑悟ゆうごさんというらしい。僕も望海のぞみという名前を名乗った。「『先輩』より、名前呼んで」と言われて、僕はこくんとした。先輩──佑悟さんの声が耳元で響いて、軆が甘く感電して痺れるような感覚がした。「僕も名前がいいです」と甘えると、佑悟さんは「もう望海はひとりじゃないから」と僕を一瞬強く抱きしめた。

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