ハンドメイド-6

Scene 6

「あの先輩、お前に飽きたみたいじゃん」
 そんな声がかかって目を上げて、軆が硬直した。そこにいたのは、二学期のあの日まで僕をいたぶっていたあのふたりだった。
「てか、もしかして告って振られた?」
「まあ、お前の失恋なんかどうでもいいけどさ。今日、放課後つきあえよ」
 顔を伏せて、何とか首を横に振った。すると強く肩をつかまれ、「どうせ、あの先輩と同じことしてたんだろ」と冷たく言われる。僕はただ首を振る。舌打ちが聞こえて、「いまさら純情ぶってんじゃねえぞ」と耳元に刺すように吐き捨てられた。
 どうしよう。断らなきゃ。焦って思っても、怖くて喉が引き攣る。「じゃあ分かったな」と言われたそのとき、「望海くん」と真央くんの声がして僕は振り返った。
「真央、くん──」
「何? あんたたちって望海くんと仲良かったっけ?」
 真央くんは眉を寄せながら歩み寄ってくる。
「関係ないだろ。ああ、今日はこいつ俺らと帰るから」
「──ほんと? 望海くん」
 真央くんを見つめた。その僕の表情を見取って、真央くんは訝しそうにふたりを見直す。
「あのさ、俺、あんまり望海くんに口出しちゃいけないって思ってるけど、何かあんたたち──」
「うっせえな、お前が転校してくる前はしょっちゅう遊んでたんだよ」
「邪魔なのお前だから、おとなしくひとりで帰ってろよ」
 真央くんはふたりを睨んだけど、佑悟さんのことは自分が原因になったのが引け目になっていたのだろうか。「ごめん」と僕につぶやいて、自分の席に戻っていった。
 僕はふたりを見上げた。「じゃ、放課後な」とふたりは僕の肩をたたいて、そのときチャイムが鳴った。
 何かあったらすぐ言え。佑悟さんはそう言ってくれた。僕がまたあんなことをされたら嫌だと。
 なのに、僕はその日の放課後、そのふたりにまたおもちゃのようにあつかわれた。荒っぽい息遣い。こじあけられる口。奥まで突き上げられる。飛び散る白濁。相変わらず中庭だったけど、佑悟さんは助けに来なかった。終わってうずくまって震えていても現れなかった。「佑悟さん」とひとりぼっちでかぼそくつぶやくと、冷たい土に染みこむ涙が止まらなくなった。
 このまま僕は、またあの毎日に戻るのだろうか。みんなにもてあそばれる日々が続くのだろうか。
 嫌だ。もうそんなの、死にたい。佑悟さんになぐさめてもらえず、あんな悪夢の中を生きていくなんて──
 薄暗くなってきてのろのろと服を着て、上履きのままだったので靴箱へと歩いていった。そこで「望海くん」と名前を呼ばれてはっと顔を上げ、靴箱の前に真央くんがいるのを見つけた。駆け寄ってきた真央くんは、僕の涙の痕と制服についた泥にとまどいつつ、「まだスニーカーあるからおかしいなと思って」と力が抜けてよろめいた僕を支えた。
「やっぱり、あいつらに何かされたんでしょ?」
「………っ」
「ごめん、どこに助けに行けばいいのか分からなかったから、すれちがうよりここで待つしかできなくて」
「……真央くん、は」
「うん」
「絶対、ゲイだってばれちゃダメだよ」
「え」
「そしたらね、ひどいことする、から。みんな。佑悟さんだけ、僕を助けてくれたけど」
「望海くん──」
「でも、佑悟さんにも嫌われちゃったな。避けられてるし。やっぱり、僕が汚いって思えてきたのかな」
「……もしかして、イジメじゃないの?」
「………、」
「まさかあいつら、望海くんのこと──」
 僕はなぜか咲ってしまって、でも、同時に涙をこぼしてしまった。真央くんは唇を噛んで、「俺があの先輩に誤解させたから」とうめくように言った。
「ごめん、望海くん。ねえ、その──佑悟先輩には俺からちゃんと話すから。仲直りしてよ」
「仲直り、って。仲なんて、……ないのに」
「助けてくれたんでしょ。話せば分かってもらえるよ。とにかく、いったん俺の家行こう。このまま帰りたくないでしょ」
「……けど」
「ひとりで泣いたら、死にたくなるだけだよ。俺じゃ先輩みたいに望海くんを落ち着けられないと思うけど。そばにいるから。ひとりじゃないんだよ」
 ひとりじゃない。佑悟さんも言ってくれた。もう僕はひとりじゃない。あのふたりを懲らしめてくれた日に言ってくれた。
 涙がどんどんあふれてくる。佑悟さん。会いたい。優しくされたい。髪を撫でて、肩を抱いてほしい。僕が佑悟さんの名前をつぶやくほど、真央くんは「ごめん」と言った。その真央くんに支えられるまま、僕は靴を履き替えて、真央くんの暮らすマンションに向かった。
「俺の好きな人ってね、叔父さんなんだ」
 暗くなったマンションまでの道のりで、真央くんはそんなことを話してくれた。
「俺、夏くらいに両親にカミングアウトして、『消えてくれ』って言われたんだ。ねえちゃんだけ『そんなのひどいよ』って俺をかばってくれたけど。親にそんなこと言われるって、きついもんだね。で、ねえちゃんが叔父さんに連絡取ってくれた。叔父さんはけっこうクールなんだけど、俺だけにはほんと甘くて。子供の頃から、大好きだった。小学校の卒業式に来てくれたときに告白した。そしたら、『大人になったら』ってキスだけしてくれた。ねえちゃんから俺の事情を聞いて、叔父さんはすぐに俺を引き取るって言ってくれた。ねえちゃんも俺を見守るからってついてきた。両親はぜんぜん反対せずに、それどころか、手続きは徐々にやるからとにかく叔父さんの家に行ってしまえって。それがこの冬で、こっちに転校してきたんだ」
 冬の澄んだ月明かりで真央くんを見た。真央くんはどこか壊れそうに咲った。
「今は、叔父さん──和ちゃんは俺とつきあってくれてる。まあ、同じ家にいて俺が我慢できなかったしね。和ちゃんも、ずっと俺のことが好きだったって言ってくれてる。でも子供過ぎて犯罪だから我慢してたって」
「叔父さんも、ゲイだったの?」
「うん。俺が子供の頃、『男が男を好きになってもいいんだぞ』って教えてくれたの和ちゃんだし。そのおかげで、俺は自分がそれだなーって感じたとき苦しまずに済んだ。和ちゃんは、『いつか自分がそうだって告白しなきゃいけないから刷り込んでおいた』とか言うんだけどね」
 そう言う真央くんは咲っているけど、つらかったんだ、と視線を落としてしまった。
 僕の両親もゲイだなんて理解しないとは思うけど、まだ中学生の僕に「消えろ」とまでは言わない気がする。真央くんはあまりにあっさり自分がゲイだと言うから、そのせいで傷ついたことなんてないのだろうと思っていた。違うのだ。ただ、傷ついても癒してくれる人がいた。僕には、そんな人──ふとあの綺麗な黒髪と瞳がよぎって、心が絞めつけられる。

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