僕の中では-1

性別不詳のかわいい彼

 それは、私はぱっと見ても女で、内面もいたって女で、つまりは女なんだけど。ただひとつ、女だからといって、男だけを好きになるわけじゃない。
 思えば初恋は幼稚園のとき、相手は女の子で、でも男の子みたいに元気のいい子だった。小学生になって好きになったのは男の子だったけど、小っちゃくて女の子みたいなかわいい子だった。
 そういうのとは真逆の、男らしい男、女らしい女は昔から苦手だ。中性的な人が好き。性別なんてないような人が好き。
 だから、たぶん私は、バイセクシュアルというより、パンセクシュアルになるのだと思う。
「ふふ、はとちゃんとお酒飲むの好きー」
 今、目の前でとろんと咲っているこの人も、見た目は完全に女の子だ。
 緩く巻いた髪、優しい弧の眉、ぱっちりした瞳に桃色の唇。柔らかく化粧もしているし、着ている服だってオフホワイトのニットワンピースだ。白い肌も、華奢な軆も、細い肢体も、私が嫌いな女の子らしい女の子にさえ見える。
 けれども、違う。そう、これが違うんだからすごいと思う。
「エッチな気持ちになっても、許してくれるんだもん」
 そう言ってチューハイの缶を座卓に置くと、私の隣にいざってきて、肩にことんと寄りかかってくる。
 かわいい。くっそお、かわいい!
「ねえ、今日泊まっていい?」
 そう言って、私に上目遣いで甘えてくる。私はその柔らかい唇に口づけて、なめらかな頬から顎の線を指先でなぞる。酔って濡れた瞳の中で、澄ましているようだとよく言われる私の瞳が、柔らかく蕩けている。
「ゴムはつけるんだぞ」
「ん、分かってるよー。男はゴム持ち歩いて一人前」
「正しい」
 私が静かにうなずくと、「はとちゃん大好き」とその人は私に抱きついて、そのまま絨毯に押し倒してくる。
 そして唇を重ね、さしこんだ舌で舌を絡め取り、口の中を名残るお酒の味で愛撫して、息苦しくなっても止まらない甘いキスをしてくれる。私のボブの髪を撫でて、服の上から乳房を優しくつかむ。そうしているうちに、その人の脚のあいだには、硬く熱くなっていくものがあって──
 そう、この人は、こんなかわいすぎる見た目でありながら、男なのだ。別に、性同一性障害とかトランスセクシュアルとかではない。いわゆる女装子なのか、いや男の娘なのか、そのへんの違いは私にははっきりしないのだけど、そのぼやけ方がたまらなく愛おしい。とにかく、そのへんの女の子より断然かわいくて、なのに性別はただの男という、この彼が私を夢中にさせている彼氏なのだ。
 深夏みなつ、という名前の彼は、私の服に手を潜らせると、器用にするりと私の上半身をブラだけにしてしまう。カレンダーが新しい真冬の今だけど、暖房とお酒が入って、部屋も肌もぽかぽかして寒くない。
 深夏は私の首筋に口づけながら、耳たぶを甘く咬み、ブラの上から優しく胸をまさぐってくる。深夏の長く柔らかな髪が、私の肌をすべっていく。軆をぴったり重ねた深夏は、私の背中に腕をまわすと、ブラのホックを片手ではずして、こぼれた乳房をすくって口づける。
「ニット、ちくちくする」
 私が咲いながらそう言うと、「脱ぐね」と深夏は私に馬乗りになったまま、ボトルネックになっているワンピースを脱いだ。下着の桜色のキャミソールには、貼る懐炉があって噴き出してしまう。
「懐炉って」
「だって寒いでしょお」
「そうだけどさ」
 キャミソールの裾から覗ける下半身は、ランジェリーではなく、男性用のボクサーショーツだ。以前そこは女の子の下着ではないのかと訊いたとき、「さすがに、はみだすのはパンツとして由々しい」と返ってきた。
「別に僕は女装じゃないもん。女の子の服が好きなだけで、女を装いたいわけじゃない。機能性も着心地も大切。好きな格好をしてたいの。ファッションは我慢って言うけど、僕にはそうじゃない」
 だから自分は、かわいく見せたい女装子でも女に見せたい男の娘でもないのかも、と深夏は言う。「じゃあ何なんだろ」と首をかしげると、「僕は僕だよっ」と深夏は胸を張る。
 そういう、彼が彼でしかないところが好きだと思う。
 キャミソールを脱ぐと、ひ弱そうな胸板とほっそりした腰があらわになる。平たい胸に、やっぱり男の子なんだなあと思う。深夏は腰を焦れったそうに動かしながら、温かい素肌を合わせて、私の乳首にきゅっと吸いつく。くすぐったいような刺激がうなじに走る。深夏は片手を私の脚のあいだにもぐらせ、すうっと指先で内股をなぞって、私はため息をもらす。
 私のミニスカートをたくし上げた深夏は、黒のタイツを引きずり下ろして、右脚だけ脱がせた。下着も一緒に下ろされたから、私の脚のあいだがさらされて、指で入口から核へとすくわれてびくんと震えてしまう。
 深夏の指は敏感で上手だ。私が快感でわななくと、その角度や力具合をすぐ覚えて刺激してくる。舌より指でされて気持ちいい男の子なんて、深夏が初めてだ。甘く痺れそうな感覚を紡がれ、蕩けた下腹部から湿った音が響いてきて、深夏は核に口づけて舌で転がしてくる。うわずった声がもれて一瞬頭の中が白くなったけど、すぐさらわれないように深夏は焦らす。
 あふれてくる蜜が熱くて、つらぬかれたくて奥が疼く。深夏の脚のあいだに手を伸ばすと、そこにはしっかり勃起したものがあって、「深夏」とかたちに手を添えてねだってしまう。
「入れる?」
「うん」
「ゴムつけるね」
 深夏はバッグのポケットからコンドームを取り出すと、それをつけてから私の腰を引き寄せた。入口に深夏の先端が当たっただけで切ない電流が走る。
 ゆっくり分け入ってくる深夏のかたちを、目をつぶって体内の感覚で受け止める。深夏は私の中に自分を収めきると、私の上体を抱き起こして、自分をまたがせてぎゅっと抱きしめた。
「気持ちいい?」
「ん……うん、深夏は?」
「僕も。はとちゃんの中、熱い」
「深夏のも硬い……」
 私は深夏の軆にしがみつく。長い髪の甘い香り。上気しているすべすべの肌。私の鎖骨を甘咬みして落ちる睫毛の影。こんなにかわいいのに、やっぱり彼は男の子で、私の軆の中で脈打っている。
「動いていい?」
 深夏が訊いてきて、私はうなずく。すると深夏は下から私を突いてきて、その強さに私は声をこぼしてしまう。深夏はタイツの残る左脚を腕に絡め取って、私の脚を大きく開かせると、濡れた音を立てて奥を突き上げた。
 私は次第に喘ぎ声を出して、深夏の首に腕をまわした。やがて深夏はまた私を絨毯に倒し、腰を打ちつけるように動かして攻め、息遣いも荒くなってくる。
 私の頭の中も押し寄せてくる快感に流されて、何も考えられなくなっていく。ただ深夏の体温と、匂いと、奥に届くものしか分からなくなっていく。自分がどれだけ声を出しているかも分からない。深夏が愛おしくて、もっと欲しくて、名前を呼んで──
 激しい動きが核にも響いて、それがどんどん縒り合わせる糸のように強くなって、ぴんと張り詰めた瞬間、私は絶頂を迎えた。自分が深夏を締めつけたのが、かたちを中でくっきり感じたことで分かった。それに合わせて、深夏も声を出して射精した。
 しばらく痺れて動けなかったけど、不意に深夏がため息をついて隣に転がる。私は深夏を見て、深夏も私を見る。深夏の照れたようなかわいい笑顔に、私も咲ってしまって、私たちはぎゅっと抱きしめあった。
 ──深夏と知り合ったのは去年の三月で、桜がそろそろ咲き始めた春だった。私はアパレルメーカーに勤めていて、深夏はそのメーカーのショップの店員をしている。それだけでは接点はなかったけれど、店舗は違っても深夏と同じくショップ店員をしている友達が私にいて、その子を通して深夏を知った。
 その友達は職場とは関係なく、SNSの緩いセクマイネットワークの中で知り合った。近隣住まいのオフ会で仲良くなって、いまだに本名でなく『ぬえ』というハンネで呼んでいる。
 鵺は女の子の軆を持った男の子で、口癖が「胸いらねえ」のトランスセクシュアルだ。私が職場でセクを隠さずやっていることを知って、前々から「いいなあ」と言っていたので、「うちのとこ来いよ」とよく言っていた。
 ちなみにその当時は鵺は保育士をやっていたので、保護者の目を気にしてカミングアウトを避けていた。子供が好きだったので、そのままの道もかなり考えたようだけど、「何で先生にはおっぱいがあるの?」とか、あるいは「先生にちんちんついてない!」とか、いくら隠しても子供の本能らしきもので自分は男だと判断されるので、「何かもう隠せねえ!」とついに去年の春にカミングアウトして転職してきたのだった。
「こないだ、隣町のショップにヘルプに行ったんだけど」
 ちょうど一年前くらい、初めてオフしたときにも使った居酒屋で鵺と飲んでいたとき、からあげにレモンを絞りながら鵺がそんなことを言った。
「そこにすっげえかわいいのがいたぞ」
「んー、タイプだったの?」
「いや、俺のタイプはおねえさん系だから違うけど。絶対、はとは好きだな」
「女子みたいな女子はつまんないって言ってんじゃん」
「それがさ、男だったんだよ」
「何だと」と私はすかさずビールのジョッキを置いた。
「かわいい男子だったんだよ」
「詳しく」
「あれは実際見たほうがいい。説明できねえ」
「何、そんなにかわいいの」
「だって、もう、スカートで接客してたし」
「は!? 何それおいしい。写真ないの」
「俺はそんなにしゃべらなかったんだよなー」
「えー、ただその子見るためにショップ行くの? 怪しくない?」
「怪しいと思う」
「ダメじゃん」
 私がむくれると、「まあまあ」と鵺はなだめる。
「けっこう、うちの店舗と交流ある店舗だから。スタッフで一緒に飲んだりすることもあるらしいんだ」
「鵺ってそういうの参加したっけ?」
「しないから、女装男子のこともヘルプ行って初めて知ったんだよ。で、はとがそいつに興味あるなら、飲み会一緒に混ざってみ──」
「神かよおっ。行く! って私、今フリーだな? うん。いや、その子に彼女は? いやもしかして彼氏?」
「そこまでは知らねえよ。自分で探れ」
「絶対いる奴」
「あれは、知り合うだけでも目の保養だぞ」
 私は鵺を見てから、ごくごくとビールを飲み、ふうっと遠い目でため息をつく。
「かわいい男の子って、ほんといい響き……。かっこいい女の子も捨てがたいけど」
「いつも思うけど、ラインむずかしいな」
「飲み会っていつあるの? 定期的?」
「どうなんだろ。店長に訊いとく」
「早く見たいなー。女装男子と男装女子はストライク過ぎる」
「それの美形率な」
「ほんとだわ」
「はとって面食いなんだよな、要するに」
「顔はおいしいほうがいいでしょ」
 そんなことを言いながら、私はオニオンリングをさくっと食べる。そのあとは、適度にカムしているのに大して出逢いがないことを愚痴ったりしていた。
 鵺はさらさらの黒髪ショートで、ピアスを集めるのが好きだからいつも耳に色彩が光っている。服装はシックなものが多く、職場ではいつもパンツスーツだ。
 おねえさんみたいな人が好きだというが、かわいらしいフェムネコにモテる。男として愛されたいので、ビアンにモテようが断るみたいだけど。「胸取ろう」と私が言うと、「マジ胸いらねえ……」と鵺はおなじみの台詞をつぶやいた。

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