出逢い
仕事がオフの夜、この街に散在するゲイクラブにふらふらと出かけた。
天鈴町はあらゆることがごちゃ混ぜに存在していて、その中では同性愛なんて目立つものではない。だから、夜になると、男同士や女同士のカップルがいちゃつきながらうろうろしている。男女のカップルももちろんいる。
歩いていると、キャバクラからソープまで、いろんな客引きが声をかけてくる。特に、天鈴町の南区にあたる陽桜区はそういう玄人好みの店が多い。北区の彩雪はライヴハウスやテアトルやファッション、街の外からの流れが少しある。でも俺は陽桜に住んでいるので、開放的な彩雪よりこっちの店に慣れてしまった。
紗月さんが好きだと自覚して、二ヵ月くらい来なかったクラブに顔を出すと、ちらほらいた顔見知りが「失恋でもしたかー?」と揶揄ってきた。
地味に初恋だったよなあと思いながらウーロンハイを飲んでいると、何回か知らない男が隣に座って声をかけてきた。当たり障りない話をして、特に盛り上がることもなく会話が途切れると、「じゃあね」と向こうのほうから去っていく。今がっつくのは無理だ、と思う半面、今求めないと一生紗月さんを引きずるのでは、とぞっとして、俺はグラスを空にすると店内を見まわした。
前からそうだけど、俺はステージやボックスに近づいて踊るタイプではない。バーカウンター付近で、一応自分からもあたりを見渡しつつ、基本的に脈のありそうな視線を待つ。視線や意識に気づくと、ばれないように相手を確認し、そうとうタイプからかけはなれていない限り、とりあえず話してみる。話が合ったら、連絡先を交換するだけのときもあれば、店を移してしゃべったり、近くのホテルに行って致すときもある。
事には及ばなくてもじっくり話す相手は欲しいな、と思っていると、壁際で何か飲みながらちらちらこちらを見ている男に気づいた。髪や服装は綺麗めな感じで、すらりとした軆をしている。顔立ちは中性的で、女に見えるわけじゃないけどごつくない。
まあいいか、と思った俺は、スツールを降りてさりげなく壁際に行って、間隔を置いてステージで踊っている奴らを眺めた。そうしていると、その男が「みんなすごいね」と間隔を詰めて話しかけてきて、「そうだな」と俺は笑って答えた。
「ひとり?」
「うん」
「ずっと座ってるから、誰か待ってるのかと思った」
「出逢いないかなーと、ある意味待ってた」
「話しかけてよかった?」
「うん。俺でよかったら」
「俺、高校生なんだけど。おにいさんは?」
「去年まで高校生だった」
「あんま変わんないんだ」
「高校生でこの街の陽桜来るとかすごいなー」
「この街より南に住んでるから近いだけ。北との違いとかもよく分かんない」
「北のほうがいろいろ開放的」
「そうなんだ。今度行ってみる」
「薬とか普通にやってるから、そこは気をつけて」
「薬しないの?」
「俺はしないなあ」
「俺も……まあ、やったことあるだけかな」
「どんな感じ?」
「感覚がぐにゃぐにゃになった。その状態でセックスしたけど、何かすごかった」
「セックスのとき、薬するの?」
「そういうわけではないけど。薬やっとくと、無条件に気持ちいいよね」
「俺タチだけど、君は?」
「俺はネコだよ。ふふ、セックスできるね」
「やってみる?」
「んー、とりあえず名前?」
俺たちは顔を見交わし、何となく笑みを絡めた。彼はマサヤと名乗った。指先をもつれさせ、手を握りあうと、マサヤがカウンターにグラスを置いてから、俺たちは地下にあるクラブから地上に出た。
外に出ると、クラブの中が熱気でほてっていたことが分かった。この路地は似たようなクラブで、道端でキスを交わしたり軆を重ねたりしている男と男が見受けられる。
「終電までとかある?」と一応訊いておくと、「歩いて帰れるから」と言われて、それならそのへんで急ぐこともないかとモーテルに行った。したいことはもう決まっているから、質素に一番安い部屋にして、ばたん、と部屋のドアが閉まると、マサヤは俺の首に腕をまわして口づけてきた。
俺もマサヤの腰に腕をまわしながら、そのキスに応じて舌を絡める。笑い声をもらしながらすぐそばのベッドに倒れ、「綺麗にしてきたから」とマサヤがささやく。俺はうなずき、「でもちゃんとほぐしてするよ」と言うと「優しい」とマサヤは俺にしがみついた。服を剥ぎ取りあって、互いの唇や軆にキスを繰り返し、触れ合った濡れた先端をこすりつけあう。
「口でするよ」と俺が身を起こすと、「うん……」と少し口調が蕩けたマサヤは脚を開いた。先走った液をこぼすマサヤは硬くなっていて、俺は口を開いてそれを含み、その拍子、マサヤの腰がびくんと揺れる。俺はマサヤの手をつかんで安心させて、もう一方の手で根元をしごく。舌と喉を使ってマサヤを刺激すると、それはさらに大きくなって脈が口の中に伝わってくるほどになった。睾丸を柔らかく揉んで、その手を後ろにもぐらせて、刺激のたびにひくついている場所を見つける。
俺は手でマサヤをしごくまま、後ろに舌を伸ばしてゆっくりほぐしていく。ローション忘れた、と思ったけれど、綺麗にしてきたということは洗浄してきたというわけで、そんなに硬くない。むしろ俺の舌に突かれるたび、マサヤは喘ぎ声をもらして爪先を引き攣らせている。
じゅうぶん柔らかくなると、俺はマサヤの腰を抱えて勃起している自分をあてがい、「挿れるよ」と確認した。マサヤはこくこくとうなずく。俺はマサヤの後ろに自分を押し当てた。合うように腰を動かし、ずるっと先端が入ったのに合わせてその軆を一気にぐっとつらぬく。マサヤがうわずった声を出し、俺は身を倒してキスをしてその声を飲みこむ。
それから、マサヤを深くまで突いて、締めつける彼の体内をこじあけるようにさらに勃起し、お互い声なのか唾液なのかをもらしながら腰を振り、マサヤが先に背筋を反らせて達した。その卑猥なすがたで俺も爆ぜた。壊れそうな息切れが部屋の中に残って、シーツにぐったりしたマサヤを見下ろし、ああ、と思った。
ああ、これが紗月さんだったらなあ──
無意識にそう思い、すぐさま恥ずかしくなって、打ち消した。
まだ思うか、俺。振られたんだ。俺は振られた。だからこいつともセックスしたわけで。なのに、かえって紗月さんを思い出すなんて。そんなの、マサヤにも失礼だし──いい加減にしろ、俺。
マサヤとは一緒にシャワーを浴びて、一応連絡先も交換してモーテルの前で別れた。話とかはぜんぜんできなかったな、といまさら不完全燃焼なことを思い、ため息をついた。息は闇に白く溶けていく。
体力は使い切ってしまったし、今日のところは帰るか。ケータイを見ると零時をまわっていた。帰ろ、と鼻をすすって歩き出そうとしたとき、背後で「ねえ、ねえーっ」と駄々っ子のような声がして、何だ、と俺は振り返った。
「ねえ、弓弦ーっ。いいじゃん、ねーえっ」
弓弦──って、弓弦さん? 思わず人混みに目を凝らすと、そこには弓弦さんがいて、腕に小柄な男がぶら下がっている。え、と思って見つめてしまうと、弓弦さんは何やら面倒そうにその男を振りはらった。
「いいじゃんって、何がいいのか分かんねえよ」
「ちょっと相手してくれたら、俺はそれでいいんだよ」
「バカ。仕事しろ」
「精力充電してー」
「元気が有り余ってるんじゃねえか。じゃあな、また仕事入ったとき来る」
そう言って、弓弦さんはその男をほったらかして、混雑に紛れこんでしまった。「うー……っ」と取り残された男は、子供っぽくふくれっ面になってたたずむ。そんなそいつに、「俺が相手しようか」なんて声をかけた男がいて、「いらないっ」とそいつはそっぽを向いた。
弓弦さんのことが、好きなのだろうか。そんなの紗月さんがいるんだから無理だろ、と思って、俺も似たようなものかと何だかがっくり来てしまう。俺も紗月さんにとって、あんなふうにうざったい奴なんだろうなあ、とそいつをぼんやり眺めていると、不意にそいつがこちらを見て、目がばっちり合った。
う、とすくむと、そいつは眉間に皺を寄せ、ずんずんと歩み寄ってきて「何だよっ」と喧嘩を売ってくる。
「俺のこと間抜けとか思ってんの!?」
「あ、いえ……」
「あんないい男に相手されるわけないとか!?」
「いや、そんな」
「じゃあ、何でじろじろ見てんだよっ」
何で俺が絡まれてるんだ、と混乱しつつ、一歩引いて人波の中に逃げこもうとした。
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