あのふたりみたいに
モーテル街は、案の定似たような景色で、俺は美束に電話して誘導してもらい、やっと落ち合うことができた。モーテルの通りで美束が先に俺を見つけて、「桃李!」と駆け寄ってくる。メールや電話はやりとりしていたけれど、思えば会うのは初対面のとき以来だ。
「久しぶりー」と美束は俺を覗きこんできて、さっきまで泣いていた俺は目をそらしてしまう。美束はにやにやとして、「泣いてたら、紗月ちゃん風になぐさめてあげたのに」と言って、「今、紗月さんされたらもっと泣く……」と俺はぼそっと返す。
「何、紗月ちゃんとどうしたよ」
「……話せなかった。逃げた」
「話そうとしてもらえたの?」
「まあ、うん」
「向こうが『いい』ってんなら、お茶くらいすりゃよかったのに」
「それもつらかった」
「ふうん。で、モーテル入る?」
俺がこくんとすると、「じゃあ寒いから」と美束は俺の腕に腕を絡めて、モーテルに入った。
夕方にはそれぞれ用事があるし、今回は休憩だから「ベッドとバスルームがあればいいね」とそれだけの部屋にした。自動で出てきた鍵を受け取って、エレベーターで三階に行って部屋にたどりつく。
美束は大きなあくびをひとつしてから、ベッドにのぼって、「エロい気分にして」と俺の腕を引っ張った。
「エロい気分……って」
「寒くて寝そう」
俺は美束を見下ろしてから、ベッドに乗って、美束をシーツに押し倒した。美束がじっと俺を見つめてくる。俺はそのまぶたにキスをして、髪を愛撫しながら耳たぶを食み、首筋をたどった。そして甘咬みしながら、服の上から軆をさすって温める。
舌で耳たぶがほてったのを確認してから、美束の上半身の服を脱がせた。乳首を口に含んで、舌で転がすと美束が甘い息をこぼす。その吐息で俺のものが硬くなってきて、それを美束にこすりあわせると、美束も硬くなってくる。腰を揉み合わせながら美束の軆を抱きしめて、小さく声をもらす口元に口づけ、舌を舌で愛撫する。美束も俺の背中に腕をまわして、舌で応えてくる。「桃李も脱いで」と言われたので、俺は上半身の服を脱いで床に投げた。
すると、美束が俺の軆を舌でなぞりながらキスしていく。そして俺のジーンズのファスナーを噛んで下ろし、勃起したものを口に含まれて俺はびくりと軽く震えてしまう。美束は丁寧に俺のものを舐めて、睾丸も優しく吸いながら、先走る俺の液で手を湿らせて根元から大きくしごく。
やっぱうまいな、と美束の男娼という仕事を想い、でもこれ紗月さんと思わせてもらってるんだよな、と思い出す。紗月さんがそんなに舌を伸ばし、俺の走る脈に口づけ、えづくほど深く飲みこんできゅっと締めてくる。そう思うと、何だかバカみたいにどきどきしたけど、それは罪悪感に似ていた。美束は、俺を弓弦さんに見立てることにやましさとかはないのだろうか。
美束は顔を上げ、「挿れていい?」と訊いてきた。俺がうなずくと、美束は下半身を脱いで俺と肌を重ね、腰を腰に落としてきた。何とも言えない声が美束の口からあふれて、「大丈夫?」と耳元でささやくと、「きもちい……」と美束は俺にしがみついて、腰を動かしはじめた。俺も美束を抱きしめて腰を揺すぶって体内をつらぬく。お互い呼吸が乱れてきて、その呼吸をキスで閉じこめて、唾液を混ぜ合わせるような口づけを交わす。美束の中で、自分が大きくふくらんで脈打っているのが分かる。
抱き合って、顔が見えないから、紗月さん、と思ってみた。むずがゆい感電がじわりと襲ってくる。紗月さん。これは紗月さん。俺は今、紗月さんと抱き合っている。紗月さんと、結ばれている──ふっと頭の中を白波が過ぎ去って、俺は一気に射精していた。その刺激が奥に届いたのか美束は声を上げ、びくんと勃起を痙攣させて吐き出した。
軆をほどくと、股間では精液がぐちゃぐちゃに混ざり合っていた。「これはシャワーじゃないとダメだね」と美束はベッドを降り、俺の手を引っ張ってくる。俺はおとなしくついていきながら、やっぱ紗月さんとか考えるもんじゃないな、と思った。後ろめたさがえぐい。
バスルームで、浴槽にお湯を張りながらシャワーで互いの軆を洗った。「弓弦さんのこと考えた?」と訊くと、「まあそこそこ」と返ってくる。「そっちは紗月ちゃんのこと考えただろ」とにやりとされ、「いく瞬間、何か分かった」と言われて恥ずかしさで死にたくなった。「そんなに分かりやすかったかな」と消沈した声で言うと、ひざまずいて俺の股間を洗う美束は「俺はいかせるのが仕事だからなー」と熱い飛沫を出すシャワーヘッドを手にして、俺の下半身を洗い落とす。
「勝手にいかれると、手ごたえなくて分かるんだよね」
「……はあ」
「で、紗月ちゃんと思って元気になれた?」
「何か……複雑」
「えー、俺わざわざ駆けつけたのにー」
「あ、いや、それは嬉しいよ。ほんとに」
「ふふ。いいんだけどね、俺も弓弦と思ってんだし」
美束は俺の軆の安っぽい香りの泡を流すと、お湯があふれてきた浴槽の湯加減を見た。「一緒に入ってよ」と言われて、それくらいなら俺にもできるのでうなずく。
一緒に湯船に浸かると、ざーっとお湯がタイルの流し場に広がり、排水溝に飲まれていった。向かい合って俺の脚にまたがった美束は、俺の肩に頭を乗せてため息をつく。何となく俺は、シャンプーの匂いがする頭を撫でて、すると美束は咲った。
「桃李は優しいね」
「え、……そう、かな」
「弓弦も、最初は優しかったのになあ」
「最初は」
「事務所にいたところを助けてくれて、しばらくは優しかったよ。一回だけ、俺のこと抱いてくれたんだ」
「えっ」
「まだ紗月ちゃんに出逢ってなかったしね、たらしの一部だったんだろうけど。でも、弓弦に抱かれたとき、初めてセックスが幸せだった」
「……そっか」
「紗月ちゃんとつきあうようになって、ほんとに硬派になっちゃったな。俺なんか、ぜんぜん相手にされねえわ」
「ほかの相手とか、考えない?」
「桃李は考える?」
「……やっと好きになれたのが、紗月さんなのに」
「俺もそうだよ。弓弦以外なんて、どうやって好きになればいいんだよ」
そんなことを言いながら、俺たちは言葉とはちぐはぐに相手を抱きしめる。
軆を結わえるまま、流されて美束を好きになれれば楽なのに。なかなかうまくいかない。美束もきっとそうだろう。
息遣いだけが湯煙に混ざっていく。
「桃李」
「ん?」
「今度、俺たちデートしてみない?」
「デート」
「弓弦と紗月ちゃんがやってそうなデート」
「……何それ」
「こんな、会って、やって、はいおしまいとか、絶対弓弦と紗月ちゃんじゃないじゃん。あのふたりなら、映画行ったり飯食ったり、のんびりデートやってそうじゃね」
「まあ、確かに」
「それを真似しようよ。そしたら、虚しくならずに満たされるかも」
「………、会って、やるだけじゃ、虚しい?」
美束は俺の軆に抱きつき、「そうじゃないけど、もっと満たされたい」とつぶやいた。俺は美束の背中をさすって、デート、と思った。この代理セックスと同じく、紗月さんと思っていいのだろう。紗月さんと映画。食事。のんびりデート。それは、できるなら叶ってほしいことだけど。
「……桃李でいいから」
「え」
「もう、桃李でも何でもいいから、いい加減に愛されたい」
「………、」
「親も、好きな人も、俺のこと好きになってくれないんだよ。もう嫌だよ。寂しいよ」
「美束……」
「違う人と思われてるごっこ遊びでもいいから、愛されてるみたいなことしたい」
俺は口をつぐんで、ちゃぷ、と水音を響かせて美束の細い軆を抱きしめた。美束が鼻をすすって、肩にはたはたと雫が落ちるのが分かった。
やっぱり、俺は悪いことをしたのだろう。ごっこ遊びでもいい、そう言いつつ、紗月さんと思われて抱かれるのは、自分を見てもらえていないことを浮き彫りにして、美束には苦痛だったろう。彼が愛されてこなかったのは、俺の比ではないのだ。
「分かった、美束。デートしよう」
俺が声をかけると、美束が身動ぎして水面が揺れる。
「なるべく、美束と過ごしてるようにするから」
「……そしたら桃李が、」
「俺が今日相手してもらったんだから、今度は俺が美束のやりたいことにつきあうよ」
「いい……の?」
「うん。俺でよかったら、美束のことかわいがる」
俺がそう言うと、美束は軆を離して顔を見せてから咲った。俺も微笑み返して、美束の頭を撫でる。美束はうつむいて笑んで、「くそ、弓弦じゃねえ」なんて憎まれ口を叩く。でも、喜んでくれているのが分かって俺もほっとする。
休憩の時間がそろそろ終わる。それでも俺たちはぎりぎりまで一緒にお湯の中でくっついていた。
本当に、美束のことが好きになれたら楽なのになあ──そんなことを思いつつも、やっぱり俺はどこかで、この時間が紗月さんとのものだったらと夢を見ている。
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