憧れた人のように-6

仮初めの時間

 次の日、電話でデートの日取りを決めた。一月中は俺もシフトが決まっていたし、美束も予約があるそうで、一月下旬が終わって二月に入って会うことにした。
 二月一日が土曜日で、土日は俺が休みづらいので、その次の週で美束の希望の日を訊いた。『五日と六日は予約ない』と美束は言って、「じゃあ次の日ゆっくりできるように五日に会うか」ということになった。
 俺も二十日までに希望を出せば、平日なので休みを取れるだろう。『へへ、楽しみ』と美束ははずむ声で言って、そんな声を聴いていると、俺も何だか意識してその日が楽しみになってきた。
 紗月さんのことを想っているけれど、会いにはいけなかった。たぶん、会いにいくだけ不毛だし。ただ見にいって、話しかけられたら逃げて、本当にストーカーではないか。紗月さんに、気持ち悪いとか思われたくない。
 それより、今は美束に集中しよう。何気に、美束との連絡は毎日の習慣になっている。電話できなくても、メールは交換している。電話できるなら声を聴いている。ほんとに美束が好きな人だったら幸せなのになあ、なんて苦笑してしまう。
 そうしていると、約束の二月五日はすぐやってきた。美束と会うのは三度目だ。美束が午前中は寝ぼけているからと、昼から会うことになっていた。
 遊ぶからには北区の彩雪に出たほうがいいだろうということで、この街の中央区は危険といううわさがあるので通らず、西区の夕町を通って彩雪に出ることになっていた。なので陽桜と夕町が接する通りで待ち合わせて、俺はきょろきょろとあの小柄なすがたを探していた。
 すると、「桃李っ」と背中から抱きつかれて、俺はつい笑って「美束」とその頭に腕をまわす。「待った?」と訊かれて、「そんなに待ってないよ」と返す。「『俺も今来た』とは言わないの?」と言われて「ベタ過ぎて恥ずかしいだろ」と俺はそっぽを向いた。美束はからからと笑うと「じゃあ、まずは彩雪行こっ」と手をつないで、俺たちは並んで歩き出した。
「まずどこ行きたい?」
「あのふたりは映画とか行ってそう」
「美束が行きたいとこでいいと思うけど」
「弓弦が連れてってくれそうなとこー」
「俺、弓弦さんそんなに知らないし……」
「ライヴハウスとか行くのかなー。それよりレコ屋でだらだら音源探してそう」
「美束、どういうの聴く?」
「まあ、RAG BABYは応援してるよね」
「キユキとミカズかー」
「あのふたりいいよね。パートナーって感じで。キサキもかわいいしさ。好きだよ、あのバンド」
「俺はBazillus好きだな」
「Bazillusのフタバの弟とキサキはつきあってるでしょ」
「マジで」
「えー、有名だよ?」
「音楽とか、レンタルして聴くだけだし」
「じゃあ、映画も行くけど、まずはレコ屋行こっ。お勧めしてあげる」
 そんなわけで、夕町を抜けると、俺たちは一階から四階までぶち抜いてCDショップになっているビルに入った。美束はけっこう音楽が好きみたいで、邦楽フロアでも洋楽フロアでも俺を引っ張りまわして試聴したり新作チェックしたりしていた。でも、どれも棚に戻しているので、「買わないの」と訊くと、「ここで使い果たしたらあとがないじゃん」と美束は肩をすくめた。
「じゃあ、一番欲しい一枚買ってあげるよ」
「一番とな!? またむしろ酷なことを」
「いらないなら──」
「いや、いる。決める。待って。考えていい?」
「うん」
 そんなわけで美束はフロアをうろうろして、三十分くらいかけて洋楽の一枚に決めた。「洋楽とか聴いたことない」と会計を済ましてふくろをさしだすと、「すかっとするのは洋楽だぞ」と美束はふくろを斜めがけのショルダーバッグにしまった。
「まあ、これ貸してやるよ。試聴でいいのは分かってるし」
「ん。で、次どうする?」
「映画館行きますかー」
「粘るな、映画」
「映画館デートとか初々しくて憧れるじゃん」
「暗闇でカップルがいちゃついてるイメージ」
「すれたイメージだなあ。でも分かる」
「紗月さんと弓弦さんはまじめに映画観そうだな」
「そこはケースバイケースで、つまらなかったらちょっといちゃつこう」
「紗月さんたちのイメージ壊しにかかりますか」
「こればっかりはなー」
「てか、映画館ってどのへん? テアトル街があるとか聞いたことある」
 そんなことを話しながら、俺たちは街並みを楽しみながら歩いていく。たまに気になる店があるとふらりと入り、店員の話を聞いたりして、「お金持ってまた来るー」とか言いながら美束は店を出る。
 何だかんだ楽しそうでよかった、と思いつつ、テアトル街を見つけるとロードショーの作品だけの映画館だけでなく、アングラ上映の映画館、リバイバルだけの映画館、ポルノ映画館ももちろんあって、「こういうたくさんの映画の中で、何を観るか迷うのを楽しむんだな!」と美束は妙に納得していた。
「訊くの忘れてたけど、桃李って映画はどういうジャンル観るの?」
「ホラーかな」
「マジか。俺もホラー好きだよ。サイコ系? スプラッタ系?」
「どっちも好きだけど、いらいらしてるときはスプラッタ観る」
「何か危ないな……」
「るさいな。じゃあ、サイコホラー観る?」
「そうだなあ。今上映中にそれっぽいのあったっけ?」
「ケータイで見てみる」
 そう言って俺はケータイを取り出し、メニューから映画を選んで上映中を映画を確認する。美束も俺の腕をつかんでケータイを覗きこんでくる。ホラーはあるのはあったけど、ハリウッドで金のかかっていそうなホラーで、何か違う、という意見は一致した。
「低予算だよなー、やっぱ」とか話しながら映画館を見ていって、ポルノ劇場の地下で、古い有名なホラーがリバイバルされているのを見つけた。「これ絶対、周りはみんな女といちゃついてる奴」とポルノの看板を見上げて美束は言ったけど、「じゃあ戻って、いっそコメディでも観るか」と俺が言うと、「ここ行こう」と美束は財布を取り出した。
 その映画は、昔観たことがあるような気がした。客は俺と美束以外、ちらほらとしかいない。でも連れといちゃつくより、寝たり、ただポップコーンを食ったりする奴のほうが多かった。美束はけっこう観入っていて、いちゃつかないのか、と俺は思ってしまい、いや別にいいんだけど、と自分に言い訳した。
 紗月さんと弓弦さんだったら、どうなのだろう。手ぐらいつなぐのかな、と思っても、何だか美束の膝の上に手が伸びなかった。ただその横顔を盗み見て、俺は弓弦さんと思えるような相手をできているだろうかと思った。
 映画が終わる頃には、日が落ちて冷えこむぐらいになっていた。風がちょっと強くて、体温が乾いていく。にぎやかに混雑する人々の中で、「寒いー」と美束はくっついてきて、「何食べようかなー」と俺はきらびやかに降りはじめたネオンを仰ぐ。
「洋食がいい? 和食?」
「オムライスー」
「あー、何かうまい店が陽桜のほうにあったな」
「一回陽桜帰ろっか」
「そだな」
 そんなわけで、俺たちは並んで夕町を横切って、陽桜に戻ることにした。
 夜が更けるごとに喧騒が激しくなっていく。煙草の匂い。香水の匂い。食べ物の匂い。
 びゅうっと風が抜けると、美束は俺にしがみついた。「寒い?」と訊くと美束はうなずき、「ちょっとぎゅっとして」と立ち止まって俺の上着を引っ張ってきた。「ここで」とさすがに狼狽えると、「別に普通だし」と美束は俺の胸に抱きついてくる。せめて路地行かないか、と思いつつも俺は美束を抱きしめかえす。美束はしばらく俺の腕の中で動かなかったけど、不意に身動きして俺の服をきつく握りしめた。
「美束──」
「……ごめ、ん」
「えっ」
「ごめん……ごめんね」
 とまどったものの、すぐに美束が謝る理由は分かった。美束はぽろぽろと涙をこぼしていた。
「俺が、言い出したのに。ごめん」
「え、え──と、」
「弓弦と紗月ちゃんみたいにとか、バカだよね」
「美束……」
「つらいよ。何で……何で弓弦じゃないんだよお……」
 俺が言葉に詰まると、美束は鼻をすすりあげて「ごめん、紗月ちゃんじゃなくて」と続けた。俺は「ううん」としか言えなくて、美束の頭を撫でようとしたけど、それも白々しく感じられるかもしれないと手が止まる。
 美束は俺の胸に額をこすりつけ、何度も弓弦さんの名前を呼んだ。ちょっと、びっくりした。もちろん美束が弓弦さんを想ってるのは知っていたけど、こんなに痛切で、真剣で、本物だったなんて。それは、俺の紗月さんへの恋だって、同じだけど。しょせん、美束で紛れるほど簡単なものではない。そして、美束にとっても、弓弦さんへの想いは俺でなぐさめられる程度のものではないのだ。
「美束」
「ん……うん」
「今日は、ここで別れようか」
「………、うん」
「楽しかったよ」
「……俺も」
「また、話したくなったときは連絡していいから」
「うざくない?」
「大丈夫」
「……ごめんね、こんな」
「いいよ。気持ちが分かるから、一緒にいるんだし」
「うん……」
「俺も、弓弦さんじゃなくてごめん」
「………、」
「でも、何か、あんまり俺は紗月さんだったらとは思わなかったかもしれない」
「え……」
「美束と過ごせて、楽しかったよ」
「桃李……」
「ありがとう。じゃあ、また」
 俺が軆を離すと、「桃李」と美束が名前を呼んできた。何となく振り返れなかった。雑音の中で、たぶん何度か名前を呼ばれたけど、俺はまっすぐ歩いていった。振り返ったら、美束とのバランスが壊れてしまいそうな気がした。

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