Melt Eyes-5

聖なる夜には

 そしていつしか、商店街はすっかりクリスマス気分になっていた。私も赤いリボンと緑の葉っぱ、金色の星で店を飾りつけた。どこからか──というか、実は植木の陰のラジカセからクリスマスの童謡が流れて、人通りも普段より賑やかになる。うちの客足は、クリスマスケーキの予約受付をする、百貨店内のアイスチェーン店に取られるのだけど。
 そのことを愚痴ったり、嵐のようだった悠くんのことを話したりしていた聖樹さんとの週末、私は軽い沈黙にカフェモカを飲んで気を落ち着かせると、勇気を出して訊いてみた。
「聖樹さんは、クリスマスってどうするんですか?」
 バターが香るクロワッサンをちぎっていた聖樹さんは、手を止めて「仕事ですよ」と普通に答えた。私は急に気が抜けて、がくっと首を垂らしてしまう。
「そんな、さらっと寂しいこと言わなくても」
「いや、今年のクリスマスは平日ですし。今年は二十六日までですけど、いつも二十九日まできっちり仕事ですよ」
「そんなもんですか」
「はい。去年までは、クリスマスは、夜には悠と萌梨くんとケーキとチキンは食べてましたけど」
「え、今年やらないんですか」
「だって、たぶん家にひとりですし。あ、でも千羽ちゃんがうちに来てくれるのかな。どうなんだろ」
「千羽ちゃん、って萌梨くんの彼女さんですよね」
 私がそう訊いても、聖樹さんは深刻な顔で考えこむ。
「いや、どこかに泊まるとかするのかな……。そう、千羽ちゃんの部屋に泊まってくるかもしれませんし。あ、変な意味はなくて。萌梨くん、千羽ちゃんのご両親にも気に入られてますから」
「どう、ですかね。気に入ってても、クリスマスの夜に娘の彼氏泊める親はなかなかいない気が」
「そ、そうなんですか?」
「というか、帰宅することにしてても、一緒に過ごすのからして反対する親もいるかも」
「えっ。そうなったら可哀想ですね。うちにおいでって言ったほうがいいのかな。僕がいるって言っておけば、ご両親も安心だろうし……」
「そのほうが、確実に一緒に過ごせるとは思います」
「そうですか。だったら、今夜萌梨くんに話してみます。あ、もしそうなら、やっぱり夜はケーキくらい用意しそうですね。買ったものですけど」
「じゃあ、三人で過ごす感じですか」
 クリスマスは夢か、とあきらめて言ったところで、「あ、」と聖樹さんは初めて気づいた様子で直球を投げてきた。
「聖乃さんも来ますか?」
 持ち上げかけていたカップが、指からすべりそうになった。焦ったけどさいわい無事で、私は揺れたカフェモカの水面を置いて、抑えた咳払いをする。
「わりと、そういう話題のつもりだったんですけど」
「え」
「あ、いえ。ええと……二十時過ぎなら確実にヒマです」
「そうか、お店──」
「いや、用事があるって言っとけば余裕です。弟いますし。親もいますし。高校時代、私は一日こたつにいたクリスマスもあります」
「こたつ」
「……そこは忘れてください」
 私が言うと聖樹さんは笑いを噛み、「じゃあ」と私の頭をぽんぽんとした。これをされると、あの初めてのお茶のときのように泣きそうになってしまう。
「クリスマス──イヴですね、最近は。イヴの夜、仕事が終わったらお店に迎えにいってもいいですか?」
 私は聖樹さんに上目遣いをした。眼鏡をかける聖樹さんは、穏やかににっこりしてくれる。一度まぶたを伏せた私は、めいっぱいの喜びを噛みしめて、大きくうなずいた。
 そんなふうにクリスマスが近づいて、ふたごはというと、なずなはノルマとやらに死にそうにうめいていた。すずなは「寒いー」とか言って、やたら聖良にくっつきまわっている。
 今もすずなは、高三でほとんど登校しなくていい聖良に背中を抱っこさせて、昼間からうちでテレビを見ている。こたつで正面にいる私は、それを眺めて、「お前ら、消えろよマジで」と芳しい蜜柑の皮を剥く。
「こうしてもらうと、あったかいんだよー」
「見ててうざい。部屋でやれ」
「……すずな、俺もどっちかというと、部屋がいい」
「うわっ、何かエロい人がいる!」
「お前、今、『部屋でやれ』って言ったよな」
「はあ? 『お前』って何だよ。蜜柑の汁、目に飛ばすぞ」
「きよちゃん、そんなことやめてよー」
「あー、そういえばさ、クリスマスってあんたたちどうしてんの。なずなは仕事だよね」
「ホステスなんて、ほんと底辺だよねー。こないだ、なずな、百均で買ったものにラッピングだけ丁寧にやってた」
「まあ、そういう仕事なんだろうな」
「今の陰口をチクられたくなかったら、クリスマスイヴの店番はお前な」
「何でだよっ」
「どうせすずなといちゃいちゃするだけなら、店番の合間にやってろ。姉は出かける」
「えー、きよちゃんデート?」
「デートじゃないけど、もう誘われてOKした」
「イヴに女子会とかヒくな……」
「男だよっ」
「あー、合コン?」
「おま、マジ殺すっ、今日こそお前を殺すっ」
 私は蜜柑を置いて立ち上がると、素早くふたりの背後にまわって、聖良の首根っこを強く引っ張る。
「ちょ、待てよ、冗談だろっ」
「きよちゃーん」
「すずな退け、こいつの首を絞めて私は楽になる」
「店番おっけー」
「え」
「お、おい、すずな──」
「せーくんとふたりでお店ー。ふふ、新婚さんみたいだよ?」
 にこっとしたすずなを見つめて、聖良は無言でその肩を抱きしめた。そして、いらっとした私をちらりとして、小さく舌を出してくる。
 私はかちんと来て、色ボケの弟の背中を蹴ると、「イヴは私のもんだからな!」とよく分からない捨て台詞で、蜜柑も忘れて居間をあとにした。

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