贈り物
クリスマスイヴは、すぐにやってきた。すずなは聖良と店番ということになってしまったけど、今日の化粧は失敗したくない私は、昼から準備に出かけるというなずなに、午前中から化粧を仕込んでもらっていた。
先日のすずなと聖良のべたべたを話すと、「何あいつら、死ねばいいんじゃないの」となずなは私と変わらないことを吐き捨てた。
「あたしなんか、目ぼしい男を見つけるヒマもなく、おっさんと食事だよ」
鏡台の前で、手伝ってもらいながら化粧を終えた私の髪を、今日は巻いてくれながらなずなはげんなり言う。
「食事だけで済むの?」
「何だろうと済ませる」
「何か怖いよねー。連れこみとかないの」
「中にはそういうの目当てあるね。でも、だいたい分かる」
「分かるの?」
「待ち合わせの場所とか、交通手段でね。車は絶対乗らない。タクシーももちろん、相手の車なんてとんでもないね」
「何で」
「そのまま連れ去られたら、逃げられないじゃん」
「あー」と納得する私は、ヘアアイロンの熱をじりじり首の付け根に感じる。
「場所ってのは? あ、ラブホを待ち合わせ場所にするの」
「それはさすがに露骨。近くに食事できるところがない場合は怪しむかな」
「ほう」
「ったく、うちってイヴとクリスマスは同伴しないと罰金なんだよ。そんな家族サービスの日につかまる客、そもそもそんなにいないのにさ」
「なずな決まってないの」
「あたしは何とか決まった。クリスマスはよく同伴してくれる人がすぐOKくれたんだけどさ。今日のが決まったのはおとといかな。もらった名刺あさって、お誘いメール送りまくりだよ」
するり、とヘアアイロンから離れた髪は、綺麗にカールを描く。「おお」とかその成果を指にすくっていると、「まあ」と鏡の中でなずなは私に微笑んだ。
「あんたはあたしのぶんまで楽しんできて」
「なずなも高いもんおごってもらえ」
私たちは、鏡の中で笑みを交わした。そうして、私たちのそれぞれのクリスマスイヴの夜がやってくる。なずなは仕事、すずなと聖良は新婚ごっこ、私は──
「おい、ねえちゃん、悠くんの親父さんが来たけど」
「『親父』ってやめてあげてよ。本人、気にしてるから」
ノックされたドアに向かって言いながら、午後は何度も鏡を覗いて過ごした私は立ち上がった。
今日は、あんまり試したことのなかったワンピースを着た。色は黒だけど、透けたレースになったスカートの裾には、銀の十字架の刺繍がある。「コートが赤だから、少しパンクかもしれないけど」と言われたものの、一応なずなにも合格はもらっている。
最後の最後まで鏡を見て、カールが踊る髪や慣れてきたピンク系の化粧、タイツに電線がないかを確認する。そして、「よし」とひとりうなずくと、バッグを手に取って部屋を出た。
時刻は二十時の手前で、まだすずなと聖良が働いている。新婚ごっこを見て、わざわざいらつきたくなかったので、廊下を店へとまっすぐ行かず、折れて玄関から路地に出た。
寒さに思わず首元がぞくっとして、忘れないよう、バッグに結いつけていたオレンジのマフラーを慌てて巻く。これは昔から使っている自分のものだ。そして、こういうファッションのとき、また履くようになった、高校時代のローファーで店先に駆け寄る。
「こんばんは」
店内からじゃなく路地から出てきた私にちょっと驚いても、聖樹さんはいつも通り、眼鏡越しにそう微笑してくれた。「こんばんは」と返しながら、私は横目ですずなと聖良がこちらを観察しているのを追いやる。「かわいいふたりですね」と咲った聖樹さんに、「五分以上見てたら疲れます」と私はうっすら白くなる息をついた。
「料理は、萌梨くんたちが用意してくれてるそうなので」
聖樹さんがそう言ったので、私たちは特に寄り道もせずに歩き出した。オレンジの明かりが灯る通りは、まだけっこう人が行き交っていて、初めて商店街を一緒に歩いたけど、私たちが目立つことはなかった。
駅前に出ると、子供の頃よく遊んだ公園沿いを進んでいく。さすがにこのへんは静かで、足音が響く。聖樹さんはきちっとした革靴で、フォーマルっぽい紺のコートを着ていた。その中がやっぱりスーツであるのを確認してから、「あの」と私は聖樹さんにちょっと立ち止まってもらった。
「お金ないので、高いのは買えなかったんですけど」
バッグをごそごそとして、底に埋もれていた、金のリボンのかかったベージュの小さな箱を取り出した。
「来週のお誕生日」
「えっ」
「……と、クリスマスのプレゼント、です」
聖樹さんは狼狽したまま、私の手のひらに乗る箱を見下ろす。
「誕生日──。い、言ってましたっけ」
「こないだ、悠くんが帰ってきたときに聞きました」
「あ、悠──。ああ、何かすみません。あの子、……あとでメールしないと」
「教えてもらえてよかったですっ。その、知らずに過ぎてたらすごい後悔してましたし」
少し、沈黙が流れる。どうしよう。重かったか。プレゼントなんて、まだ重かったか。
「えっと……」
引っ込めそうになりながらも、まだ頑張って、そろそろと聖樹さんを上目で見る。
「その──もらって、くれますか」
「あっ」と聖樹さんははたとうなずく。
「もちろん。というか、僕も、聖乃さんにプレゼントあるんです」
「え」
「だけど、こんな高そうなものじゃなくて」
「いや、高くないです。箱だけなんで」
「じゃ、じゃあ、ありがとう、ございます」
聖樹さんは茶色の手ぶくろをした手で、箱を受け取ってくれた。やった、と喜びが笑みになってしまう。
「僕のもかばんの中なので、ちょっと待ってくださいね」
そう言った聖樹さんは、赤のリボンがついた金のシールで封じた、白と緑のギンガムチェックの小さなふくろをかばんから取り出した。店先もそうだったし、これから向かう家にも邪魔できないカップルがいる。だから何となく、私たちはその場でプレゼントを開いた。
私からは、翡翠色のクローバーがついた金のタイピンだった。聖樹さんからは、透き通る青いドロップの銀のペンダントだった。お互い、まず一言、「綺麗」という言葉が出た。目を交わすと、何だか同時に咲ってしまう。
「何か、僕のほうがセンス子供っぽいですね」
「ぜんぜんっ。というか、私まだ子供ですから嬉しいです」
「聖乃さんのは、女性が選んだデザインですね」
「あ、つけづらいですか」
「いえ、そんなことないです。大切に使います」
「私も……大切にします」
聖樹さんを見ると、もう一度、笑みが絡まる。そして、私たちはもらったプレゼントをそれぞれに大事にしまった。
聖樹さんからのプレゼント。私、つけられるかな。もったいなくて、つけられないかも。失くしたら。壊れたら。そう思うと、大切にベッドスタンドに飾っておきたくなる。
そのとき聖樹さんがはっと「萌梨くんたち、食べずに待ってるんだった」と言い、私たちは、急ぎ足で鈴城家に向かった。
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