MIDNIGHT-15

午前五時半

 十二月に入った直後、両親の離婚が成立した。
 あたしはとうさんとこの家に暮らし、ひたきはかあさんと別の町に移ることになった。静まり返った夜の冷たいリビングでそれを告げられたとき、あたしもひたきも無言で無表情だった。
 とうさんがあたしの痣の残った喉元を一瞥し、「これ以上、お前たちを一緒にいさせてはいけないと思う」と低く言った。
 肉体関係がばれなかっただけでも、さいわいだったのかもしれない。それだけは秘匿された。やばいと思って葬った真実ではない。ばれる切っかけがなかっただけだ。
 あの朝、ひたきはあたしにすがりついて泣きわめくばかりだったし、あたしも妨げられた呼吸に咳きこんで言葉どころではなかった。あたしたちが明るみに引きずりだされたのは、あくまでひたきの殺人未遂のせいだ。
 両親の関係も、限界だった。ひたきを共に心配して、まだ望みもあるのかとも思っていたけれど、やっぱり──いや、望みはあったのかもしれない。けれど、あたしとひたきが、そのもろい糸を切断した。あたしとひたきを引き離すために、両親もまた、決別することを選んだ。
 あたしが残り、ひたきが去るというかたちは、学校の都合で決められた。あたしへの性的虐待で辻谷は辞職になり、一応問題は解決した。しかし、ひたきのイジメはひたきが口を割らないため、誰が加害者かはっきりせず、せめてもの解決としてこちら側が去るしかなかった。
 両親に転居を告げられてから、ひたきは学校に行かず、荷物をまとめていた。かあさんも仕事を辞め、会社と家をいそがしく行き来して、荷物を整理していた。とうさんは、新しい秘書が見つかるまでとあたしに断って会社に入り浸りになった。あたしはあたしで、家にいるのが気まずくて、最低限以外はかのはの家にお世話になっていた。
 そんなかたちで、やっと解放されたような感じで──あたしたち一家は、当たり前のように終焉した。
「じゃあ、元気でね」
 十二月のなかば、気がつけば最後の日がやってきた。離婚して買った新しい車に荷物を詰め込んだかあさんは、家の門扉のかたわらで、かのはと並ぶあたしにそう声をかけた。とうさんはいないが、「最後に挨拶もできなくてすまない」と謝罪は出勤前に言い置いていた。
 あたしは「かあさんも元気で」と、ほかに言葉がなくてそんなことしか言えなかった。かあさんはかすかに疲れたような笑みを浮かべ、もう助手席に乗りこんでいるひたきを一視する。
「ひたきに言っておきたいことはある?」
 あたしはうつむき、かのはの手を握った。かのはがあたしを見る。ひたきの最後の言葉が、ずきずきと胸にまたたく。
『ずっと好きだったけど──』
 あたしは、何と答えるべきなのだろう。
 誘って、犯して、こんな行為に愛はないと思っていた。おたがいを利用しているだけだと思っていた。でもあたしはひたきのものだったし、ひたきはあたしを愛していた。
 あたしは? あたしはひたきのことをどう想っていた? ひたきのこと──
「……『ずっと忘れない』って。言っておいて」
 かあさんは、まばゆい真夏の日射しの下にいるように切なく目を細めると、「分かったわ」と請け合った。
 かのはが、あたしの手を握り返す。かあさんはかのはに目をむけ、改めて辻谷のことで礼を言い、「つぐみをよろしくね」とも言い添えた。かのははうなずいた。
 かあさんは運転席にまわると、車に乗りこんだ。ひたきに何か言っている。あたしは、いつかのひたきとの会話を思いだしていた。
『僕たちって、蛾みたいだ』
『蝶々じゃないほう?』
『そう』
『どうして』
『明るいところには行けないから、夜の暗闇の中で光を求める』
 あたしとひたきには、あの関係はやましい光だった。白昼の陽射しに歓迎されない蛾が、深夜に街燈に集っているようなものだった。苦しくて、耐えがたくて、光が欲しくて、でも陽光の元にはいられない。だから、夜中に灯る頼りない光で心をなぐさめた。
 車がエンジンで振動しはじめる。あたしはひたきの座席を見つめて、ぼんやりつぶやいた。
「やっと、朝が来るわ」
「え」
「夜が終わって、光の中に許されるの」
 かのはの不思議そうな視線が頬に当たる。あたしはかのはに少し笑むと、その肩に寄り添う。
 あたしは、かのはという光を見つけた。けれど、ひたきはおそらく、まだ見つけていない。それが心配だけど、あたしにはもう何もできない。
 ただ、あたしという偽りの光からは解放された。本物の光を見つける資格は得た。その光を得たとき、初めてひたきはあたしを断ち切り、春の陽光に舞う蝶になるだろう。
 車は一度爆音をあげ、排気ガスを残し、駅前の方角に走り去っていった。あたしはかのはに寄り添ったまま、車が見えなくなるまで見送っていた。見えなくなると、涙がこぼれそうになって、かのはの腕に顔を伏せる。
 ずっと忘れない。あなたのことを忘れることはない。
 だから、ひたき。
 あなたはあなたの春の朝を見つけて、繰り返し冒したあたしたちだけの真夜中を、必ず抜け出して。

 FIN

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