MIDNIGHT-8

午前三時【2】

 さっきの道路での光景が、ぼんやりよみがえった。ねえちゃんとかのはにいちゃん。あのふたりは、仲が良かった。意地っ張りなねえちゃんを、かのはにいちゃんはいつも最後には笑顔にさせていた。僕はおろおろとふたりを見ていて、とりあえず、ねえちゃんが咲ったら安泰だと思っていた。
 あの頃から、僕たちはずいぶん変わってしまった。でも、もしかしたら、かのはにいちゃんに再会したことで、ねえちゃんは──
 僕は冷たいシーツをつかみ、まくらに顔を埋める。考えたくない。いや、考えなくていい。かのはにいちゃんに再会したぐらいで、あのねえちゃんに笑顔が戻るなんてない。
 さっきだって、かのはにいちゃんが鬱陶しそうだった。僕たちは変わって、終わって、取り返しのつかないことになってしまったのだ。
 お腹空いた、とか思いながらぼうっとしていると、いつしか眠りに落ちていた。夕べねえちゃんを犯したいと思いながらも、北宮を茶化すのに遅刻するわけにもいかなくて、早く寝たのに。
 肌寒さに目が覚めたときには、曇り空が晴れた、やたらまばゆい夕暮れが頬に当たっていた。
「起きた?」
 僕ははっと振り返った。床に座りこんだねえちゃんが、ベッドサイドに頬杖をついていた。僕は寝ぼけまなこを見られたくなくてうつむき、目をこする。
 ねえちゃんは喉を鳴らす猫のように笑い、「かわいい顔して寝るのね」と言った。僕はねえちゃんを少し睨みつける。ねえちゃんは鼻で笑うと、息をついて頬杖をほどいた。背中を向けると、ベッドにもたれかかってくる。
 僕は夕焼けに艶めきながらシーツにそそぐねえちゃんの髪を見つめ、何となく沈黙が耐えられなくて口を開いた。
「とうさんたちは」
「もういないわよ」
「ねえちゃん、いなかったね」
「本を買いにいってただけよ」
「本……」
「昨日ひたきが来なかったから、読み終わったのよ」
 ねえちゃんはくすくすと笑う。僕がいらついていたことなんか、お見通しだったわけだ。
 僕はかのはにいちゃんのことを思い出して、何か訊きたくなったけど、何が訊きたいのかはっきりしなかったし、訊くのは癪に障る気がして、話を変えた。
「腹減った」
「パスタが作ってあるわ。ミートソース」
「……食べるよ」
「あたしは、ここで待ってるわ」
「部屋行けよ」
「したいんでしょ」
 僕は起き上がりながら、ねえちゃんを一瞥した。ねえちゃんは振り向かない。
「ねえちゃんは?」
 ねえちゃんは笑うと、こちらをかえりみて身を乗り出してきた。妖精が羽を揺らしたように、ふわりといい香りがして、唇に柔らかく唇が触れる。同じ瞳が絡まって、ねえちゃんは僕の耳たぶに舌を這わせた。
「『待ってる』、って言ったでしょう?」
 ねえちゃんは妖しく微笑むと身を引き、上品な所作でベッドにもたれなおした。唇を噛んだ僕は、空腹なんかどうでもよくなってきたけど、焦っているとは思われたくなくて、無頓着にベッドを降りた。「じゃあ食ってくる」と残すと部屋を出て、背中でドアを閉める。
 一階は、確かに静かになっていた。キッチンにパスタとミートソースが別々の皿でラップをかけられている。それをひとつずつ電子レンジで温めながら、僕はあくびをした。
 頭が潤びている。何だか、すごく寝た。昨夜は早く寝たものの、今日のことを憂慮して、眠りが浅かったのだろうか。よく分からないけれど、いろんなことが重なったというのに、おかげでいらだちも飛んでしまった。
 なのに、ねえちゃんをすごく犯したいと思う。なぜだろう。今度はその気持ちでいらついてくるくらい、めちゃくちゃにねえちゃんを犯したい。
 ミートソースが香ばしいパスタを胃に押しこみ、部屋に帰ると、明かりがついていた。ねえちゃんはベッドに上がって、壁に寄りかかっている。黒のシルクのスリップドレスすがたになって、僕の参考書を読んでいた。
 僕はねえちゃんの服を踏みつけてベッドに乗り、隣に並んだ。ねえちゃんは参考書を閉じて、「よくこんなの読むわね」と身を起こして参考書をベッドの下にやる。スリップドレスのストラップがずれて、ブラジャーをしていない白い乳房が覗く。
「ほかに読むものないんだ」と僕は脚をふとんに放った。
「成績が良くても、誰に褒められるわけでもないのに」
「僕の勝手だろ」
「くだらないわ」
 ねえちゃんは、僕をいらいらさせるのがうまい。そうやって、僕を誘うのだ。僕がねえちゃんを、いらだちによって犯すことを知っている。
 僕はねえちゃんの腕をつかんだ。かのはにいちゃんが昼間そうしていたように。ねえちゃんは似たように振りはらったけど、離れてはいかない。優雅な雌豹のように四つんばいになり、僕の股間に布越しに触りながら、顔を近づけてくる。
「ひたき……」
 そのスリップドレスのようになめらかな声が、鼓膜を撫でる。僕はねえちゃんの胸を鷲づかみながら、強引に口づけた。舌を入れる。ねえちゃんは巧みに舌を絡め返す。
 ねえちゃんは、どうしてこんなにキスがうまいのだろう。処女は僕にやったと言っているが、もしかしたら──そう思うと、急にバカにされた気分になって、口づけを交わすまま、ねえちゃんをベッドに押し倒した。
 ねえちゃんは、そのくらいではこたえない。逆に僕を嗤笑する。僕はねえちゃんの細い両手首をぎゅっとつかむと、勃起しはじめたものを入口に押し当て、香水が秘めやかに香る首筋にキスを移す。
 すると、ねえちゃんはびくんと身をすくめ、甘い声をもらす。僕はそれでやっと優越感を覚え、ねえちゃんの弱い部分をしつこく舌でいたぶった。
 手首を縛っていた右手を、はずむ乳房にやり、昂ぶった乳首もいじめてやる。ねえちゃんの吐息が熱く荒くなり、僕の耳をかすめていく。
 僕は右手をねえちゃんの脚のあいだに進め、濡れた下着を指でたどった。ねえちゃんは唇を噛んで、声をかろうじて抑えながら、硬くなった僕を膝で淫靡にさする。
 僕は手首をつかんだままの左手を引っ張り、ねえちゃんの上体を起こさせる。そして、蕩けるようだった髪を乱すねえちゃんの瞳を瞳でつらぬいた。
「口でしろ」
 ねえちゃんは僕を見つめ返し、すこし狂ったみたいな微笑を口角に溶かしこんだ。
「……『お願いします』は?」
 僕はねえちゃんを睨めつけ、髪を引っ張って股間に顔をうずめさせた。ねえちゃんは抵抗せず、僕のジッパーを下ろす。
 こんなねえちゃんは、僕しか知らない。そうだ。誰もねえちゃんに届かないけど、僕さえ届かないけど、このときだけはねえちゃんは僕の元に降りてくる。
 僕だけだ。僕以外の人間に、ねえちゃんは見向きもしない。かのはにいちゃんだって──
 ねえちゃんのいやらしい口で成長したもので、潤った体内を突き上げる。ねえちゃんは獣性のまま、みだらな声を上げた。僕もいつもより乱暴に深奥を求める。核をいじってやると、内壁が僕をきつく圧迫した。ねえちゃんは僕にしがみつき、波に耐える。熱が螺旋を描がきながら集束し、限界に達したとき、僕はねえちゃんの内腿にすべて吐き出した。
 真っ白な明かりの元、しばらく静寂に呼吸がこだましていた。僕のそれはするすると落ち着くけど、ねえちゃんのそれは心臓まで深く広がっていくらしい。
 ねえちゃんは僕を抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
「今日は激しかったわね」
「………、別に」
 僕はねえちゃんの温かな胸の中で目を閉じた。行為の最中、とっさに思ったことが引っかかっていた。
 僕以外の人間に、ねえちゃんは見向きもしない。
 かのはにいちゃんだって──
 ……分からない。だって、やっぱり、あんなに仲が良かった。ねえちゃんの笑顔の鍵は、いつだってかのはにいちゃんだった。
 でも、それならそれでいいではないか。ねえちゃんは、かのはにいちゃんと春の陽光で蝶になる。何で僕は、こんなにもやもやしているのだろう。
 ねえちゃんは柔らかい指先で僕の髪を梳いている。汗ばんだスリップドレスを着たままの華奢な軆を抱きしめ、僕は長らく目を開けなかった。

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