混濁する色
左胸は流血に真っ赤になっていく。鎖骨に沿った裂けめは、だらしなく笑って赤い涎を垂らす。俺は真っ赤だ。めまいを覚える。俺の胸に真っ赤なものが流れている。白濁の上に赤い鮮血が流れている。
手にするカミソリを掲げた。刃は血みどろだ。黒血の彩りが明かりに照らされる。カミソリ全体が暗紅に染められている。
浅く張られた水面に、カミソリを浸した。揺らすと透明な水中に赤い煙が広がる。銀のきらめきが覗いてくると、俺はカミソリを引き抜いた。すっかり落ちてはいなくても、鋭い刃をおおっていたかたまった血は落ちた。水と血が融合した、透明色の茜色が俺の白くしなやかな指にしたたる。
カミソリを真っ赤な胸に持っていった。鏡を見た。赤い涎に刃がぬめる。まず軽くカミソリを動かした。裂くでなく剃るように動かす。鮮紅が切り開かれ、その下にひそんでいた青白い肌が現れる。
こめかみが瞬発的に発火した。青白い。精液だ。彼の精液だ。
カミソリの刃を精液に押しつけた。一気に動かして、精液を裂きちぎった。精液は大きく裂けて、赤い雫を勃起させた。溜まると雫は結合して、胸元に垂れ下がった。
裂けめに刃を当てて刺しこんだ。そのままカミソリをひと息に下降させた。精液が剃れて、肌が剥かれた。青白い精液を剃ると、真っ赤な肉がさらされる。瞳孔に焼きつく鮮烈な紅が精液に広がる。彼の精液が、あふれる血液に染められていく。
俺は胸元を裂き続けた。あらわになった肉を、また深く裂いた。赤の濃度は増してゆき、鮮血すらどす黒くなっていく。
俺は俺の血を探す。これは俺の血ではない。俺の血は白い。この血が濃くなりつづけ、いずれ黒くなった先に俺の血はある。
その血を浴びなくてはならない。見て、舐め、嗅がなくてはならない。命の傷であるそれを骨髄に注入しなければならない。
俺は俺の傷口を知るべきだ。あるのか、ないのか。深いか、浅いか。膿んでいるか、乾いているか。麻痺か、激痛か。壊死か、再生か。
全身を裂き散らし、自分の深奥を探る。命の防具を剥き、秘匿された傷口に口づける。
鏡を睨みつけている。俺は真っ赤だ。真っ赤──
本当に?
白濁ではないだろうか。俺が何かにまみれているのは確かだ。これが赤なのかは分からない。
赤には見える。確信が持てない。俺は視覚など信じられない。もしかすると、白濁かもしれない。
命が見つからない。やはり俺に命はないのか。人間でなく、彫刻なのか。だったら俺は、何にまみれているのだろう。
俺は何色だ? 何色にぐちゃぐちゃになっている?
鮮紅が流れている。俺の視覚は正常なのか。分からない。イカれているかもしれない。これは白濁かもしれない。
俺は今、血まみれなのか? 精液まみれになっているのではないか?
視覚なんか俺は信じない。俺は何を信じればいい?
命はどこなのか。どこにもない。
いや、俺は彫刻なんかじゃない。俺の血は赤い。人間だ。生きている。生命の罰を受けられる。温かなこの血は、冷たくなったとき俺の存在を腐らせる。
俺は流している。俺はまみれている。俺の傷口は笑い続けている。その唾液に犯されている。俺は何を流しているのだろう。
鮮紅か血か白濁か蒼白か暗紅か黒血か白か青か雫か氾濫か命か欲望か──
違う。全部違う。
俺は傷を流している。ねばつきにどろどろになっている。俺は命を傷つけられた。俺の傷口は、絶え間なく流している。
俺の血を。さもなくば、彼の精液を。
【第十一章へ】
