魂の冒涜
風呂上がりの俺をベッドにうつぶせにさせると、彼は身をかがめて尻のふくらみに頬擦りをした。俺はまくらに顔を伏せ、息を詰める。尾骨を彼の前髪がくすぐった。押し殺した吐息と肌がこすれあう、秘めやかな音がする。
彼は俺の双丘を両手で包むようにつかんだ。心臓がきゅっとすくむ。構えた通り、彼は俺の秘部を割り開いた。
恥ずかしくてとっさに力をこめると、彼はその張った筋肉を揉む。そうして、俺をやわらげて再度そこを開き、やっと顔を寄せる。鼻を埋めてにおいを嗅いだあと、その谷間に舌を伸ばした。濡れた熱い感触に、俺の頬は発熱した。彼の舌は尻の穴を行き来する。
熱がこめかみに凝縮されて沸騰した。俺は唇を噛みしめ、心臓を突き破りそうな羞恥に耐えた。彼のかすれた弱い声と、切なげに吐き出される息が聞こえる。舌が穴をこじあけようとしたとき、あまりの熱に視界が緩んだ。
身をよじると、彼は尻をつかむ手で俺の腰を制する。俺は顔をまくらに突っ伏し、肩の震えを抑えた。俺の肛門の入口に、彼はそっと舌を侵入させる。
たとえ風呂あがりだろうが、信じがたかった。俺が軆をこわばらせていると、「大丈夫だよ」と彼は言った。
「汚くなんてないよ。僕は君を愛してるんだ。こうしたいんだ」
愛してる。何でだろう。俺の疑問は切実なものになっていっていた。愛していれば、そんなこともできるなんて、俺には分からない。
彼の愛はゆがんでいる。保身がない。暴力的に純粋だ。どうしてそんなに、自分を投げうつのだろう。それだけ彼が俺を愛しているということなのか。なぜ彼は、俺をそうも愛しているのだろう。
どきんとした。なぜ、彼は俺を愛しているのか。それは聖域だった。どうしよう。何気なく踏みこんでしまった。俺は根深い疑問に駆られる。
なぜ彼は、俺を愛しているのだろう。
彼が顔を上げた。はっと緊張すると、荒くなった息遣いとファスナーが下りる音がした。俺はまくらに顔を伏せ直す。
またべとべとになる、と思っていると、彼の手は俺の腰をつかんだ。慌てて首を後ろに捻り、目を開いた。彼は反り返った性器を、俺の尻にあてがおうとしていた。
俺はとっさに身をよじった。彼は俺を見た。彼の手が俺の腰をさする。
「大丈夫だよ。怖がらないで。平気だから」
平気なわけがない。あんなのは入らない。無理にねじ込んだら、痛いに決まっている。
俺の心を読み、「痛くないよ」と彼は言った。俺は信じずに、かたくなに瞳をこわばらせた。
「君のここは柔らかくした。痛くない。痛くないようにする」
彼の望みは分かった。俺にはまだ性交の知識はなかったが、確信はあった。彼は俺の尻の穴に性器を入れようとしているのだ。
痛いなんて、そんな問題だけではない。俺の自尊心は、ここに来る前に痛ましい状態になっていた。けれど、捨てたわけではない。無理やり他人に体内を犯される。それが、屈辱的であるのは理屈抜きで分かった。
俺は激しくかぶりを振った。頭蓋骨がぐらつくほど振った。髪が乱れて目にかかった。俺の明らかな拒否に、彼の瞳は傷ついた。
「お願いだよ」
切羽つまった声だった。
「したいんだ。一度でいい。君とひとつになりたい」
俺は首を横に振って、逃げ出そうとした。彼は俺の腰を抱きこんで離さなかった。どれだけここに閉じこめられているか分からない。もともとの力の差に、衰えた体力が重なり、俺は非力どころか無力だった。
「僕が君を愛してるのは分かってるよね。怖がらなくていいんだ。ねえ、聞いて」
聞かない。めまいがしても、首を左右に振るのはやめない。
「僕が君をイジメたりするわけないんだ。安心してよ。君が嫌がることはしない」
すぐさま俺は、「いや」と言った。
「嫌じゃないよ」
「嫌だよ。しないで」
「する前に言うのは間違ってるよ」
「痛いよ」
「痛くない」
「痛い」
「痛くないようにする。君のことも気持ちよくさせる。君だって僕のこと愛してるよね。今まで僕が何をしても受け入れてくれた。だったら、こうやってひとつになるのは当たり前のことなんだよ」
ろくに聞かずにいやいやした。いつのまにか、涙がこぼれていた。俺はしつこく嫌だと繰り返した。舌を噛みそうに言い続けた。
俺は彼を愛してなんかいない。受け入れたのは愛してるせいじゃない。怖かったせいだ。俺は彼を愛していない。
俺は彼に犯されたくない。
「お願い。一回だけでいいよ。今したらもうしない。僕は君とこうしたくて、頭がどうかなりそうだったんだ。我慢できないよ。これは、僕がそれだけ君を愛してるってことなんだ」
俺の腰を捕らえる手に力がこもった。俺の反抗はたやすく封じこまれた。涙が大粒になる。虚脱した体力に、首を横に振るのも弱々しくなる。尻の穴に、彼の性器の先端が押しつけられる。
俺は震駭した。「やめて」とかすれた声が出た。涙で言葉に成り立たなかった。
彼はみずからの唾液に湿ったそこに、熱く硬くなった杭をさしこんだ。下腹部をえぐる鈍痛が走った。俺は悲鳴をあげた。その鋭い声も彼には届かなかった。彼の性器は俺の体内を押し進む。そのたび、内臓が張り裂けそうな圧迫が俺を襲った。俺は泣き叫んだ。「助けて」と知らずに喉を引き裂いていた。
「助けて。嫌だ。やめて。痛いよ。痛い。やだよ。助けて。助けて──」
彼は腰を揺する。俺は叫んだ。何も気持ちよくなかった。押し開かれた尻の穴は裂けそうに痛い。腹を踏み潰す残虐な痛みが、全身の細胞をくまなく殺す。痛みが俺から俺を奪い、やがて、悲鳴も嗄れてくる。はらわたを捻じちぎられているようだ。臓物を痛覚へと押しやる圧迫に、全身が痙攣を起こしはじめる。
俺はすすり泣いた。頬を伝う涙が口に流れこんだ。塩からかった。塩を口いっぱい頬張るより塩からかった。こんなに痛烈な味をした涙は初めてだった。
ベッドがぎしぎしときしむ。彼の荒い息とうめき声がする。汗が降りそそぐ。麻痺した俺の脳内が、異様な静寂の中で、あの奇妙な夜を想起させた。
両親は全裸で絡みあっていた。蛍光燈の光がくっきり照らし出していた。あのときもベッドがきしんでいた。うめいて苦しげにして、汗だくになっていた。おとうさんとおかあさんは、何をしてるの。どうして、そんなに苦しそうなの。どうして、そんなことしてるの──
にわかに彼がはじけた。俺はびくんと震えた。発射のえぐりそうな刺激に目をつぶった。小さく叫んだ彼の声が、垂下していく。
がっくりと、まくらに首を垂らした。口元や喉は涙や涎でぐちゃぐちゃだった。それがまくらに染みわたっていく。生温いそれが冷たくなっていくのを顔面で感じていた。
彼は性器を引き抜いた。支えていた手も外され、俺はベッドにぐったりした。鈍痛は停滞し、まったく引こうとしない。一生立てないかもしれない。尻の穴がぐちゅぐちゅと彼の白濁を吐き出す。
彼は脱力する俺を抱き起こした。俺の首は折れて、手足はだらんとしていた。目は半眼で、涎も垂らしっぱなしだ。彼は人形じみた俺を壁にもたせかけて座らせると、指で涙や涎をぬぐった。綺麗になると頭を撫で、頬に頬をすりよせた。そして、自分の後始末に取りかかった。
彼の性器は、白と茶と赤に彩られていた。白は白濁だ。茶は便だろう。赤は──
「これで、僕たちはずっと一緒だよ」
彼は言った。
「誰も僕たちを切り離せない」
だらしなく開いた聴覚で、俺は彼の言葉を聞いていた。
「愛してるよ。ずっと一緒だ。僕はいつでも君を見てる」
ベッドの白濁にも、赤いものは混じっていた。彼の廃棄物ではなさそうだ。俺の廃棄物だ。俺の赤いもの──
鈍痛に沈みこんだ。彼は性器をぬぐっている。俺は目を閉じた。まぶたの裏にも、赤いきらめきが焼きついていて離れない。
俺は血を流した。血は傷口が流す。俺は傷ついたのだ。
どこが傷ついたのだろう。軆に傷はない。内部に違いない。俺の奥深くだ。たとえば心、たとえば感受性、たとえば命。
俺は傷ついた。彼に傷つけられた。傷が確かに血を流した。
傷口はどこだろう?
何にも分からない。俺のどこかが血を流している。止まっていない。滔々とあふれている。膿みもしない、生々しい傷口。どこに隠れているのだろう。
俺はずたずただ。どこがこんなに痛いのだろう。全身を切り裂かれている。
超越した痛みが麻痺を呼ぶ。傷を見つけることもできない。
あまりに痛すぎる。俺は何も感じない。もう感じたくない。
【第十二章へ】
