白濁の血-5

醜い生命

 俺は彼との奇妙な蜜月にいた。彼は俺と息苦しくひそやかな関係を、日に日にきつく結わえていった。
 その日も、彼はベッドサイドに腰かける全裸の俺の前に座った。そっと、すべすべした腿をつかむ。俺の白い肌は逆らわずにへこみ、はずんで、彼の指に吸いつく。彼は一度そこに頬擦りすると、うやうやしく俺の脚を開いた。
 俺の未発達な陰部が、容赦なく部屋の明かりに照らし出される。俺は赤面して睫毛を伏せた。そのさまに彼は俺の頬を撫でる。
「恥ずかしがらなくていいよ。君のここはすごく綺麗だ。汚れてない」
 それでも俺は恥ずかしくて、緩くかぶりを振った。彼は俺の頭を撫で、「そういう君も好きだよ」と言った。
 彼は俺の剥き出しの股間をじっくり見つめたあと、そこに顔をうずめた。性器に熱い息がかかる。俺は強めの暖房と恥ずかしさに軆をほてらせた。彼の額は汗ばんでいる。
 俺の性器に、彼の頬がこすれる。彼の瞳や吐息は恍惚を帯び、かすれた声がこぼれた。
 頬擦りに合わせ、彼の髪が俺の腹をくすぐった。力を入れて腹を窪ませても、彼の髪は腹にすれる。
 彼は頬擦りをやめ、股ぐらに鼻を寄せた。くんくんと鼻を動かす彼に、俺はいたたまれなくなる。彼は俺を愛していると言う。だからといって、そんなところを嗅ぐのは理解できない。
 彼は俺をベッドに横たわらせた。細身で浮き出た肋骨を、彼の指がたどる。
 肋骨のあいだに位置する胃ぶくろには、かすかなふくらみがある。さっき食事をしたせいだ。ふくらみがついた胃は、彼の手のひらにすっぽりおさまった。彼はふくらみを愛おしげに撫で、そこに頭を置く。内容物のある胃を気にしてか、重みは預けなかった。
 しばし、部屋には物柔らかな呼吸がめぐった。そのうち、彼は俺の乳首をもてあそびはじめる。突起した桃色のそれをつぶして遊び、彼はささやいた。
「綺麗だよ。ほんとに彫刻みたいだ」
 俺は、自分の呼吸に合わせて、彼の頭が上下するのを見つめていた。
 なぜ、彼は俺の性器や尻の穴を触ったり嗅いだりできるのか──確かに、愛情であるのは分かりはじめていた。
 そう、彼は俺を愛している。その愛はおそらく純粋だ。彼は欲望を躊躇ったり薄めたりできない。純粋とは恥じらいがないのだ。彼の愛は純度が高い。だから、ゆがんでいる。
 急に彼は頭を上げた。スプリングが小さくきしむ。彼がベッドに乗ってきた。いつになく突発な行動に、俺はとまどう。彼は俺を抱き起こして、ぎゅっと擁した。俺の顔は彼の胸に押しつけられる。
 彼は長いため息をついた。背中をすべったその息は陶酔しておらず、俺は彼を見上げた。すると、彼も俺を覗いた。
 その瞳には凪も渦もなく、怯える波があった。見つめあっていると、唐突に彼の瞳が滲んだ。俺は目を開いた。彼はやや強引に俺を抱きすくめた。
「怖いよ」と彼はつぶやいた。俺がまばたきすると、長い睫毛は彼のトレーナーにすれた。
「君を見てると、怖いんだ。すごく綺麗で、ちっとも汚れてない。君に嫌われたら、僕はどうしたらいいのか分からない」
 彼の焦った口調は幼稚だった。俺は黙っていた。嫌う以前に、彼が好きなのか判然としなかった。
「僕のここ、分かる?」
 彼は股間をこすりつけてきた。硬くなっていた。
「僕は君といると、こうなるんだ。君を愛してる。愛しすぎるんだ。君は完璧な彫刻だ。なのに、僕は君を汚したくなる。僕は君といたらいけないのかもしれない」
 肩に生温いものが落ちて、肩胛骨に流れていく。
「だけど、離れるのは嫌だ。どうしたらいいんだろう。僕は君を愛してる。止められない。でも止めなきゃ、僕は君を汚す。怖いよ」
 俺の背中には、彼の涙がぼろぼろと落ちていった。
 いつものようにぐんぐん肥大しない生き物を見下ろした。生き物はしぼんでいた。俺は驚いた。しぼむこともできるのか。
 彼は泣いている。涙が俺の双丘に流れこむ。
「君を愛してる」
 繰り返される彼の声は、情けなくかすれていた。生き物もしおれていった。
 俺はどうしたらいいのか分からなかった。彼をなぐさめる方法は分からなかったが、生き物は俺が撫でたら元気になるのではないかと思った。俺は小さく身をよじって、そろそろと生き物に手を伸ばした。
 生き物が動いた。はっと彼が俺を見た。俺は慌てて手を引いた。彼は俺を見つめた。うつむきながら盗み見た生き物は、少し元気を取り戻していた。
 彼は、おもむろに俺と隙間を作った。俺は自分が恥ずかしいことをした気がして、目を伏せた。彼は生き物を撫でた俺の手に、手を重ねる。
「僕に触ってくれるの?」
 彼は俺の手を股間に持っていった。抵抗できず、俺の手のひらは消沈した生き物に触れた。柔らかくなっていた生き物は、びくんと動き、硬くなった。
 俺の小さな手は、彼の手に従って生き物をさする。俺の手のひらに愛撫されて、生き物は元気に育った。俺は視覚と触覚で、生き物の腫れあがる命を捕らえた。ジーンズの前開きは、ぱんぱんになっていった。
 俺は彼を見た。彼の瞳は潤んでいた。彼はその瞳に俺を映した。なみなみの瞳に、俺のすがたはひずんでいた。「綺麗だよ」と彼は苦しげにうめいた。
「君を愛してる。愛してるんだ。もう僕はダメだよ」
 彼の指が俺の指をつまんだ。俺の指は、曲線になったファスナーに導かれる。生き物がどくどくと動いている。彼は俺の指にフックを外させた。
 俺は彼の瞳を見つめていた。下を見れなかった。想像もつかなかった生き物が、視界にさらされようとしている。好奇心より、恐怖心が勝った。
 じーっとファスナーが下りる音がした。彼の呼吸は弱く痙攣して、俺の呼吸は詰まった。
 彼は俺の手を置き、股間をごそごそした。俺は硬直して、目玉もかたまっていた。彼は俺に微笑んだ。
「大丈夫だよ。怖くない」
 彼はすっかり調子を取り戻し、怯えた様子は失っていた。
「男は、愛する人に触られるとみんなこうなるんだ」
 彼は俺の手を持ち上げた。俺はまごついた。とっさに力を張れなかった。俺の手は、生き物にじかに触った。
 変なものが、いた。ごわついた毛があった。どくどくと脈打つ血管が浮き出ている。俺の手の中に移りそうに波打っている。なぞると、生き物はぴくぴくして、彼は声をもらした。何より、硬くて熱い。かちかちだ。触覚では、何もイメージできなかった。
 彼は喘いで、俺の手を使って生き物をこすった。生き物は俺の手の中で反り返る。
 生々しい感触に、俺はそれを見ることができなかった。彼がうめき声をあげ、目を剥いているのを見つめていた。
 彼は俺の手を握って生き物をあおる。激しくこすりあげて生き物を強化する。生き物は、俺の手にはおさまりきらなくなった。彼は額に汗を浮かべ、合わせて奇妙な声を垂れ流した。俺の手に握りしめられる生き物は全身で脈打ち、極端な生の中で死に突き進む。
 手のひらにぬめりを覚えた。ぬめった液体だった。血かと思った瞬間に、俺は無意識に生き物を見た。見て、しまった。目を大きく見開いた。
 不気味な物体があった。悲鳴すら忘れた。俺の手の中にあるものは、びっしり生えた毛からそそりたつ赤黒い棒だった。俺の喉は、息を粟立たせて震えた。
 信じがたいことに、それは彼から生えているようだった。これは彼の、人間の一部であるらしい。だが、その醜さはそうとは思えなかった。
 脈打ちが生命を象徴しすぎている。赤黒く腫れあがり、悪い腫瘍ではないかと思わせた。
 俺は茫然として、目を背けもできなかった。彼は喘ぎ、俺の白い手で腫瘍をあおる。切実にこすりあげ、腫瘍が反って存在を誇示するほど、彼はうめいて息を切らす。
 俺は自分の手がそれの上で動いているのを、他人事のように感じた。だが、確かに俺の手のひらには、視覚と一致する触覚がある。
 腫瘍がそれ以上なく腫れあがったときだ。彼が唇を噛んで唸った。俺は勢いよく腫瘍が発射したものを腹に浴びた。
 俺はぽかんと腹を見た。白く濁ったものが大量に飛び散っていた。ねばつきがいっぱいに広がる。青臭い、変な臭いがした。
 膿、と空っぽの頭で思った。これは、あの腫瘍の膿だ。そうに違いない。
 白濁は、俺の股間に流れていった。生温かいそれは、俺の小さな性器にまといついた。

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