白濁の血-6

汚していくこと

 俺は彼の股間に目をやった。猛々しかったものは力をなくして、剛そうな黒い毛にだらんと縮んでいる。
 俺は自分の股間と彼の股間を見較べ、信じがたい事実に突き当たった。俺のこれと彼のあれは、どうも同じものであるらしい。
 彼の股間には俺の桃色のこれがない。あるのは、そのしおれた黒い物体だ。生えているから、取り換えたわけではないだろう。彼もいずれ、俺も同じものを持つと言っていた。
 俺のこれは、いつか、ああなるのだ。そそりたって刹那的に生き、ねばついた白濁を吐いては爆死する。それを繰り返す。
 彼の荒い息は、まだ部屋を駆け巡っていた。
 俺はべっとりした腹に触れた。へそのあたりはねばねばしていても、腿やみぞおちの小さな飛沫は乾いていた。ばりばりしていた。のろのろ垂れていく白濁は、脚のつけ根に沿ってシーツを浸蝕していく。
 喉を剥いて天井を仰いでいた彼が動いた。彼はベッドスタンドのティッシュを箱ごと取った。手早く掃除された彼の不気味な性器は、下着に包まれてジーンズの中に隠れた。
 俺の後始末は丁寧に行なった。こびりついた白濁を、何枚ものティッシュを浪費してぬぐった。
 俺は顔と睫毛を伏せていた。肩の筋肉が、震えをこらえてこわばっていた。彼と、彼の性器が怖くなっていた。手のひらの脈打つ感触や、先端がぬめった死のきざしが消えない。耳には彼の動物じみた唸りや、発射のときの声がこだましていた。
 俺の恐怖を察したのか、白濁を片づけた彼は俺を丁重に抱きしめた。頭を撫でられた。だが俺は、力を抜いて身を任せることができない。
「ごめんね」
 彼は俺の髪を梳いた。
「だから、僕は怖かったんだ」
 彼のささやき声もよくつかめない。
「君を怖がらせて、嫌われるんじゃないかって。ごめん。嫌がらせじゃないんだよ。君が好きでたまらないから、僕はいっぱいになるんだ。あれは僕が君を愛してる証拠なんだよ」
 俺は醜い生命の脈打ちを思い返した。もしかすると、彼の愛もああして醜く、狂暴性も秘めているのではないか。彼の俺への瞳は、美しい凪に加工されているだけなのではないか。
 身勝手な自己愛で傷つけられるのはたくさんだ。さんざんそうされてきた。劣っているという劣等感は、自己愛の介入で、自認でなく嫉妬になる。正当化された自己憐憫だ。
 俺はそれにひどく痛めつけられてきた。誰の瞳にも殺意があった。彼もしょせんそのひとりなのか。彼はそれをねじまげて隠蔽し、自覚のない愛情の演技をしているだけなのか。
「僕を嫌いになった?」
 彼の声は、不安げに落ちこんでいた。俺は鈍重に顔を上げた。彼は俺をまっすぐに捕らえた。
「いやらしかった?」
 好き嫌いはどうとも言えなくとも、その問いにはどきんとした。
「汚かったよね。それは僕も分かってるよ」
 俺は彼を見つめ直した。俺の注意を引けて、彼の声調は少し元気になった。
「僕はね、もっと汚いこともしたいと思ってる。でも、僕がそうしたいって想う気持ちそのものは汚くないんだよ。君は綺麗だし、小さいから分からないかもしれないけど。僕は君を愛してるんだ。それを行動で表すとああなる。しなきゃいいって君は思うかもしれなくても、それもつらいんだ。僕は君にこの愛を伝えたい」
 彼は俺を見つめている。目をそらさず、俺を瞳に捕まえている。
「ただ、ほんとはもう少し君が大人になってするべきだった。そうしたら、君も僕の気持ちが分かるし、君も愛する人を求めるようになってた」
 彼の手が俺の頬骨をかするように撫でる。普段のように、へこませる力は入れてこない。「けどね」と彼は続ける。
「君が愛することを知って、その人のところに行ってしまうのも怖かったんだ。人を愛するって、ぜんぜん綺麗じゃないんだよ。綺麗に見える人は、抑えてるだけで、それこそ中はぐちゃぐちゃだ。僕は君が誰かを愛して、汚れるのも嫌だった。いけないって分かってても、僕は君が自分から汚れていく前に汚したかった」
 頬にいた手は後頭部に移る。俺の頭をおおった手は、愛撫の動きをしながら、彼の胸に俺を連れていく。
「君にしたら、僕の勝手な気持ちの押しつけだったね。それはごめん。ああいう僕も、君に認めてほしかったんだ。でも、君は何にも知らないんだよね。ごめんね」
 彼は、俺の腰と頭を抱きしめた。俺は彼が汗の匂いをさせていることに気づいた。
「僕を嫌いにならないで。僕は君を愛してるから、君に嫌われると苦しいよ」
 彼の声は、痛切で無様だった。だんだん、自分が彼にむごい態度を取っている気がしてきた。罪悪感を刺激され、俺は彼の胸に伏せた頭を左右に揺すっていた。
 彼は俺を見おろす。俺も彼を見た。俺の瞳に彼の瞳がもつれた。
「僕を嫌いになった?」
 俺は、かぶりを振るほか、なかった。
「本当?」
 俺はうなずき、「びっくりした」とぼそっとつけたした。彼の瞳は泣き出しそうに潤み、安堵をたたえた。彼の体温と汗の匂いにきつく抱きしめられる。
 びっくりした。嘘ではなかった。知らないどころか、想像もしなかったことを乱暴に突きつけられ、茫然としていた。彼は野蛮で卑猥だが、そうといって、汚れているわけではないらしい。
「僕はきっとまた、君にああやって見てもらいたくなる」
 彼の声は、鼓膜に流しこむようにそばで響く。
「そのとき、僕はそれを抑えたほうがいいかな」
 むずかしい問題に、俺は答えられなかった。
「僕は君を愛してるんだ。分かってくれる?」
 俺はうなずいた。
「じゃあ、僕の気持ちも分かってくれるよね。僕は君に見てほしいんだ。感じて、覚えていてほしい。僕をずっと忘れないでいてほしい。僕が君を愛してるってことを。君がいなきゃ頭がおかしくなるんだ。それぐらい愛してるって。それでも僕は、僕を抑えなきゃいけない?」
 俺はしばらく動かなかったが、結局、かぶりを振った。彼は俺をぎゅっと抱きすくめた。
 そうして彼は、俺に性的な悪戯を始めた。俺は恥ずかしくて目をつぶるのが増えた。抵抗はしなかった。
 彼は優しかったが、優しさばかりで、感情を剥かなかった。感情的になったときの彼を、俺は明確には想像できなかったが、優しいままではない気がした。愛情を不快でない程度に薄めることができない彼は、当然、ほかの感情も抑えられないだろうと思った。
 愛撫に口を使われはじめた。性器に口をつけられたときには、驚いてとまどった。腰を引こうとすると、彼は顔をあげて微笑んだ。
「汚いって想ってるなら、間違いだよ。口は食べることと話すこと、そしてこうやって好きな人に口づけるためにあるんだから」
 俺の股を開かせた彼は、唾液でぬらぬらとした幼い性器をもてあそんだ。彼の瞳は陶然と濡れ、口元は笑んでいた。
 すべすべした性器の周囲の肌を撫でられる。俺は彼の性器を思い返し、そこにごわごわした毛が生え揃っていたのを思い出した。彼が今撫でているあたりに、俺もいずれ、あの毛を生やすのだろうか。
 彼は俺の性器を口にふくんだ。俺はちょっと軆を硬くさせる。彼の熱い口の中は、俺の陰茎をころころまわして味わう。
 こんなときに限り、俺は自分のそれが小便を噴き出す光景を思い出してしまう。あの透明色の黄色い液体を出すものを、彼は躊躇いもなく口に入れ、進んで愛撫している。垂れたそれに舌を絡みつけ、吸い、吐息をこぼして忘我状態に浸っている。
 尻にも口づけるようになった。風呂に入ったあとならまだしも、そうでないときにも彼は舌を這わせた。絶対に便臭がするだろうに、彼は鼻をうずめて息を吸った。俺はベッドにうつぶせにされ、恥ずかしさにうめきそうになった。
 彼の舌がふくらみから割れめにすべりおちたとき、頭が熱でかっとなった。何も分からなくなった。それでも、唾液の淫猥な音と彼の濡れた舌の感触をちらちら感知してしまう。
 こめかみが脈打っていた。彼の勃起した性器を連想し、さらに俺の頬は染まった。彼が息を喘がせるのが聞こえた。
 俺は感覚を全部伏せた。彼に抱き起こされ、羞恥をなだめてもらうのを待った。
 彼は性器や尻だけでなく、俺の全身に舌を這わせた。口にもされた。彼は俺に長い、息苦しくなる口づけをした。唾液を混ぜ、舌を絡ませ、歯並びをなぞる。胸が苦しくなって俺がわななくと、彼は唇を離した。唇を離すときは、まるで痛くないようにするように、そっと剥がす。
 彼の濡れた唇を見つめた。俺の舌に絡みついていた舌が、その湿り気をぬぐうと、不思議な気持ちになった。舌と絡みあう舌と、唇を舐める舌は同じなのに、触覚と視覚の隔たりのせいか、別のものに感じられる。
「綺麗だよ」
 彼は繰り返した。
「彫刻みたいだ。君は天使だよ。人間じゃない」
 そうささやきながら、彼はみずからの性器をこすりあげた。俺は彼のその行為を見つめた。俺に見つめられて、彼の興奮はあおられた。
 彼は俺の陶磁器のような肌を見つめ、触れ、口をつけた。そして、俺の美しさをうわごとにしながら絶頂に達する。
 ぐったりした彼は、死んだようだった。空中には、ほかほかした白濁の匂いが立ちのぼっていた。
 部屋には白濁の匂いが満ちていた。つんと嗅覚を刺激してまといつく。ゆがんだ生の匂いだ。生臭さは命の醜さを象徴していて、鼻と喉を絞めあげた。
 彼は純粋にねじれた愛を俺にそそいだ。俺はおとなしくしていた。羞恥の熱を浮遊し、剥き出しの軆じゅうに、彼の透き通る愛と欲望を塗りたくられていった。

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