万華鏡の雫-6

君が欲しい

 早凪が連日で留守にしてくれたら一番だったが、やはり今日は部屋にいて、漫画をめくっていた。こちらに目を向け、おかえりと言おうとらしいが、途中で顔を洗って腫れた目はごまかした恵波のすがたに眉を寄せた。俺はどんな顔をしたらいいのか分からなくて、ぎこちなく咲った。早凪は怪訝そうに眇目をすると、本をつくえに置いた。
「何、そいつ」
「……そいつじゃなくて、穂村恵波」
「名前今知った」
「今日、恵波のこと、ここに泊めていいか」
「ばれたら急に大胆だね」
「そういうわけじゃないけど。今日はそばにいてやりたいんだ」
 早凪は細い首をかしげる。ヘアピンで抑えきれていない長い前髪が流れる。
「勝手にしたら。俺は違反をどうこう言えないしね」
 思わずほっと息を吐いて、「恵波」と隠れ気味の恵波を振り返った。恵波は俺を見上げる。それから早凪を見て、「すみません」とかぼそい声で言った。早凪は俺たちを眺めてから、肩をすくめてまた漫画を手にした。
 夕食のとき、恵波はルームメイトを見つけてごまかしてもらうのを頼むと、俺と早凪の部屋でようやく混乱を鎮めて、息をついた。早凪はさっさとシャワーを浴びて、ルームウェアになるとベッドの上に行ってしまった。二十二時に消燈すると、俺と恵波は下のベッドで一緒にふとんに包まった。
 恵波はなかなか微睡みさえしなかった。俺も恵波を置いて眠れなかった。体温を伝って、相手の軆をきつく擁する。暗闇に目が慣れてくると、恵波は俺の胸に頬を当てて、まだ少し瞳をぱっくりとさせていた。
 明日が来るのが怖いのかもしれない。また学校で雪見に会うのは避けられない。やがて早凪の寝息が聞こえてきても、俺たちは眠れない夜の不安に憑りつかれた。
 俺は、どうすべきなのだろう。教師だとは思わなかった。生徒だったら殴ってもまだぎりぎり何とかなる気がしたが、教師を殴るのはまずいだろう。それこそ、退学になりかねない。退学には絶対になれない。恵波をこの高校にひとり残すことだけにはしてはならない。
 だいたい、下着を盗んで射精したものを返すとか。変態なのか、雪見は。さわやかさが胡散臭いと感じたときはあったが、まさか本当にそんな異常なことをするなんて。他の教師に言いつけるくらいしか思いつかなくても、そこまで信頼できる教師が思い当たらない。
 どうしよう。恵波に親に相談するよう言ってみるか? でも、あの恵波と俺の夜の写真を、雪見も手元に抑えているだろう。それを雪見が恵波の親に見せたら。生徒が密告してきた、証拠だと写真も持ってきた──写真を所持している理由は何とでも言える。
 何かしてやれないのか、と恵波をぎゅっと抱きしめたとき、腕の中の恵波も動いた。
「あ……痛かったか」
 抑えた声で言うと、恵波はかぶりを振った。
「……久しぶり」
「えっ」
「昨日まで、僕にあんまり触ってくれなくなってたから」
「あ……そっか。そうだな。ごめん」
「ううん。何か、水澪だけだよ」
「俺だけ」
「水澪だけしか、何か、信じられない」
「恵波──」
「僕ね、昔、仲が良かったおねえちゃんがいたんだ」
「姉貴」
「うん。でも、二年くらい前に死んじゃった」
 何も言えず、代わりに恵波の背中をさする。恵波の声が少し震える。
「おねえちゃんが、生きてたら……相談できたのに。頼りになる人だったし。きっと、水澪のことも分かってくれてた。すごく優しいおねえちゃんだったんだ」
「そう、か」
「……僕、どうすればいいのかな。先生がそんなことしてるって言ってきて、怖くて途中で逃げてきたから。もっと、続きがあったのかも」
「続き」
「分からないけど。先生は、何で僕の下着盗んだり、写真撮ったりしたのかな」
「恵波が好きなんだろ。その……ゆがんでるけど」
「好き……」
「俺も、どうしたらいいのか考える。恵波はひとりじゃないよ。姉貴のぶんまで、俺がそばにいるから」
「水澪……」
「抱えこまなくていいんだ。一緒に──」
 突然口をふさがれ、言葉が止まった。恵波の唇が唇に重なった。すぐそばで瞳の潤いが絡み合い、「好き」とうわごとのように恵波がつぶやく。
「……え、」
「水澪が好き」
「な、何──」
「水澪は?」
「えっ」
「僕のこと、好き?」
「好き、だよ。当たり前だろ。何だよ、」
 恵波は俺の首に腕をまわし、また口づけてきた。今度は深かった。俺はしばらく受け身だったものの、恵波の匂いや体温に頭が痺れてきて、つい応えてしまう。
 キスはどんどん激しくなって、下半身にまで反応が現れてくる。恵波の手が俺のかたちをそっと撫でて、それにぞくりとしてさらに硬くなる。
「……まだ、ダメ?」
「え」
「僕、自分で……するとき、考えるよ。すごく。水澪が入ってくるの」
「恵波──」
「頭の中では、何度も、水澪は僕に入れてくれてる」
「……で、も」
「やっぱり、やだ?」
「嫌じゃないっ。お、俺も、考えるならそうだし。恵波に入れるの考えるよ。というか、いつも、入れないときも我慢してるだけだし」
「ほんと?」
「うん。恵波に、入れたいよ。……恵波が欲しい」
 俺も息遣いも、恵波の息遣いも、熱っぽく聴こえる。恵波は俺の耳元でささやく。
「僕も、欲しい」
 耳たぶに触れる息はやっぱり熱い。
「水澪の……欲しいよ」
 切なくかすれた声に、さらに脚のあいだが張りつめる。俺は何秒か止まっていたけど、狭いスペースで恵波の上になった。恵波の湿って揺れる瞳が俺を捕らえている。その瞳にまぶた越しにキスをして、恵波の下肢を露出させた。
 恵波のものは耐えきれずに先端から濡れている。それを手でなぐさめながら、ミルキーローションを恵波の後ろに塗りつけた。今までゆっくりほぐしてきたそこは、確かにもう飢えて息づいている。俺は自分のものを取り出し、それにもローションを垂らした。それから恵波の脚をもう少し開かせ、我慢できない先端を後ろに押しつけてみた。
 だが、やっぱり、簡単にすべりこみそうではない。「痛かったら言えよ」と言うと、恵波はうなずいた。俺はちょっと強引に恵波に先端をあてがった。恵波の呼吸が震えて、硬くなった恵波もぴくんと反応する。俺はそこの具合を見て、そのまま腰に腰を密着させた。不意に腰がずるりと動き、先端が熱い感触に包まれる。入った──っぽい。恵波に痛がる様子はなくも、ただ目をつぶって声をこらえている。俺はゆっくり、恵波と軆を重ねていく。
 根元まで恵波の中に入ると、燃えそうな体内が俺をぎゅうっと締めつけてきた。やばい。これだけですごい。すぐいきそうだ。
 俺は息を切らし、しばらく動けなかった。動いたら、それだけで終わりそうで。頭が快感でぐるぐるしている。恵波がこちらを見て、俺の名前を呼んだ。俺は背を伸ばして恵波に口づけると、恵波をつかんで優しく刺激しながら、丁重に動きはじめる。
 突くたびに恵波は弱く痙攣し、体内にいる俺を締めた。あんまりリズミカルとは言えなくても、俺は動いて、狭い恵波の中でどんどん硬く敏感になっていく。
 突くとき、一緒に恵波のものも握って揺する。それが恵波は感じるみたいで、抑えきれない声をもらした。やがてコツがのみこめてくると、動きながら恵波をこすって、突くたびにしごいた。崩れて乱れそうな息は、口づけあって抑えこんだ。
 どのくらい、そうしていたか分からない。今にもいきそうなのに、思っていたより性急ではなくて、ずいぶんつながっていた。気持ちよすぎて、達して終わるのがもったいないほどだった。でも同時に、めいっぱい恵波の中で爆ぜてのぼりつめたい。
 恵波がふと唇をちぎって、甘く喘ぎながら、「いく」と泣きそうな声で言った。恵波がそうなら、俺ももう待てない。うなずいて、強めに腰を動かして恵波を奥まで突き上げた。恵波の息が大きく引き攣って、瞬間、俺の手の中に一気に白濁をほとばしらせた。同時に俺のことをつぶす勢いで締め上げ、俺も声も上がらないくらいのめまいが駆け抜けて達してしまった。
 そして、激しい息切れがあふれる。俺は恵波から自分を引き抜いた。恵波はまだ痙攣を残し、目を閉じている。ティッシュで簡単に片づけてから、俺は恵波を腕に抱き寄せた。恵波はまぶたを押し上げて俺を見つめる。
「水澪……」
「ん」
「良かった……?」
「うん。恵波は」
「……僕も」
 恵波の髪に口づけて、ふとんを被りなおした。また、ゆっくりとふとんの中が温かくなっていく。恵波は俺の胸に顔を当てて、うとうとしてくる。俺は黙って恵波の頭を撫でていた。そのうち恵波は眠りに落ちてしまい、その寝息に吸いこまれて俺も眠ってしまった。

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