デートのような
その日から何日か過ぎて、八月に突入した快晴の真夏日、僕はこのあいだ泪音と歩きまわったアーケードで服を見ようと、同じ駅前で十三時に紗鈴ちゃんと待ち合わせた。
僕が来たときには、待ち合わせのさざめきの中に、紗鈴ちゃんはまだいなかった。紗鈴ちゃんまた色気ない服なんだろうなあ、と思ったので、僕もなるべくカジュアルな服装にしておいた。
グラデーションで毛先がピンクになった、ストレートのセミロングのウィッグに黒のキャップ。赤いキャミソールに白の薄いパーカー、アイスブルーのデニムのミニスカート。生脚で、足元はスニーカーだ。
『僕、もう着いてるよ!』というのが、初めて紗鈴ちゃんに送信したメッセだった。なかなか反応がなかったので、こっち来てるよな、と不安になっていたら、やっと『次の駅なので、三分くらいでそっちに着きます。』というメッセが返ってきた。
いよいよ紗鈴ちゃんとデート、と思うと、ふわふわと心が浮かれてきて、白デニムのトートバッグを振りまわしたくなった。
紗鈴ちゃんは、黒のTシャツにカーキのカーゴパンツという、男装したいのかな、と思いはじめる格好でやってきた。「紗鈴ちゃん」と僕が呼ぶと、周りの人混みに怯えていた彼女は、はっとこちらに気づく。
「咲羽さん」と泣きそうな声で呼ばれて、そちらに駆け寄った僕は「ごめん、こんなとこあんま来ないかな」と紗鈴ちゃんの顔を窺った。うなずいた紗鈴ちゃんに、「もう僕が一緒だからね」と僕はその頭を撫でる。
「ねえ、もしかして姉妹?」
そうしていると、さっそくふたり組の男が声をかけてきた。びくんとした紗鈴ちゃんをかばい、僕は野郎共ににっこりしたあと、「兄と妹かな」とわざと低い声で言った。
驚いた野郎共の顔に舌を出し、僕は紗鈴ちゃんの手を取って歩き出す。
「さてと。服だけどさ、紗鈴ちゃん、ロリータっぽい服がけっこう似合うと思うんだよね」
「ろ、ロリータ、ですか」
「とりあえず、上下と靴、これは買っちゃお。アクセとかも見たいねー。好きなモチーフとかある?」
「え……と、分かんない、です」
「蝶とかさ。ハートとか花とか。リボンもいいよね」
「……十字架も入りますか?」
「クロスか。いいじゃん。じゃ、クロスのアクセも探そう」
「私、そんなお金ないというか」
「僕が買ってあげるから気にしないで。これでも男だしね」
「……男の人だから、買ってくれるんですか?」
「そんなもんじゃないの?」
「せめて、割り勘とか……」
「えー、やだ。かっこ悪い」
「………、そうですか」
「じゃあさ、夕ごはん一緒に食べてよ。夜道怖かったら送るし」
「あ、はい。それは、大丈夫です」
「よしっ。じゃあ、紗鈴ちゃんの好きな服の色って?」
「黒……でしょうか」
「あえて黒なの? んー、じゃあゴスロリにしたらいいかな。クロスにも合うね。よしっ、ショップいくつかあったはず」
そんなことを話しながら、にぎやかに人が行き来するアーケードに入った。
焼けつく日射しはさえぎられても、ごった返す人いきれで暑い。話し声、笑い声、呼びこみや音楽。はぐれたら危ないな、なんて言い訳して、紗鈴ちゃんの手は握ったままでいる。
仕事上、やや水荒れしていても、柔らかくて小さい。柄にもなくどきどきしつつ、僕は目的の店の一軒目を前方に見つけて、一生懸命ついてくる紗鈴ちゃんに指さして見せた。
僕に案内され、紗鈴ちゃんは三軒ぐらいあったロリータ系のショップを見てまわった。
「妹さんですか?」とロリータの格好をしたショップスタッフにも訊かれ、「まあそんなもんですー」と僕は今回は女の子のときの声で答える。「綺麗なおねえさんですね」と言われた紗鈴ちゃんは、ぎこちなく咲ってうなずいていた。
紗鈴ちゃんに似合いそうな服をあれこれ探して、「これ着てみて」と試着してもらって、恥ずかしくて耐えられないような顔の紗鈴ちゃんに「かわいいっ」「かわいい!」と僕は騒ぎまくった。
Mサイズはきつくなってしまう腕や腰つき、太腿のふくよかさが僕はむしろうらやましかった。僕が脂肪をつけすぎると、もちろん腹からたるむことになる。
いろいろ着てもらったものの、あんまり本格的にゴスロリなのも普段着にならないから、そこを考慮してブラウスやスカートを見た。僕が選んだ中から、今度は紗鈴ちゃんが選ぶ。値札を見ようとする手は止めた。
紗鈴ちゃんはあまりひらひらしていない、銀の細いチェーンが胸元にかかった真っ黒のブラウスと、裾がアシメになった黒の生地と白レースが織り重なったスカートを選んだ。
これじゃほんとに全身ほぼ黒だな、と会計に行こうとした僕が納得いかなかったので、気づかれないように赤い薔薇のコサージュを買っておいた。
靴については、紗鈴ちゃんがめずらしくかたくなにショップにある高いヒールはどれも履けないと言ったので、靴屋に行って黒革のローファーを買った。
あっという間に十六時が近づいていた。
ショッパーを下げる紗鈴ちゃんが、暑さと疲れで息切れしていたので、カフェに入った。外に較べてすごく涼しくて、「生き返るー」とか言いながら、僕はアイスロイヤルミルクティーを、紗鈴ちゃんはいちごとバナナのスムージーをテイクアウトする。
禁煙席のテーブルに着いて、しばしひんやりした飲み物で体温をなだめた。
「紗鈴ちゃん、暑いの落ち着いたらトイレで着替えてきなよ」
ストローを指先でいじりながら僕がそう言うと、「えっ」と紗鈴ちゃんはまばたきをした。
「僕が化粧もしてあげるからさ、写真撮りたい。僕のスマホでだけど」
「と、撮ってどうするんですか」
「見て愛でる」
「………、何か、すみません……全部、はらってもらってしまって」
「気にしないで。紗鈴ちゃんにはいつも店で癒してもらってるし」
「何にもできてないです……」
「そんなことないよ。頑張ってるの、僕は知ってるよ。器用にやってるとは言えなくても、頑張ってるじゃん」
「頑張っても、成果が出てないので」
「そこの受け取り方は、人それぞれでしょ。ママはそれじゃ納得しない人だよね。僕はじゅうぶんだと思う」
紗鈴ちゃんは、ほてった頬にグラスで冷やした指を触れさせながら、首をかたむける。
「僕も、振りまわすみたいに着せたりしてごめんね。次は、紗鈴ちゃんが疲れないようにするから、よかったらまた気分転換に遊ぼうよ」
「……でも」
「ほんと、次は少し落ち着くから」
「………、はい」
「会ってくれる?」
「はい。咲羽さんがよければ」
「やったっ」と僕は笑顔になって、ロイヤルミルクティーのストローに口をつける。澄んだ甘味が喉を潤してくれる。紗鈴ちゃんもスムージーをすすり、ふうっと息を吐いていた。
冷たいドリンクと効きすぎのクーラーで軆の熱が逃げると、紗鈴ちゃんは僕の期待する目に観念したのか、「じゃあ、着てきます」とショッパーを手に立ち上がった。
僕はうなずき、待っているあいだにSNSを開いた。『今日はデートのような気がする』と昼につぶやいたままにしていた。何人かからリプライがついている。ちなみにこのアカウントは、オンオフは問わないけど親しい友達にしか教えていない。『彼氏? 彼女?』とか『リア充許すまじ』とか、気の置けないリプばかりで笑ってしまう。
泪音も僕のつぶやきを見たのか、メッセをよこしていた。
『ような気がするってw
まだつきあってないってこと?』
そんなとこかな、みたいな返信をしておくと、すぐ既読がついた。『未読スルー長すぎ!』とまず文句が来てから、『告白すんの?』と続く。
告白──か。それは考えていなかった。またそのうち遊びに行けるレベルで喜んでいた。いつという約束も取りつけていないのに。
何度も遊びに誘っていたら、紗鈴ちゃんもさすがに僕の気持ちに感づくだろうか。……気づかない気がする。
紗鈴ちゃんの心には瑞砂くんがいる。僕がいくら近づこうが、それは紗鈴ちゃんには厚意で、好意とは取ってもらえないだろう。
告白も考えていかなきゃなあ、と僕は息をつき、『夕飯は一緒に食ってくる。』と泪音に送信した。『そしてホテル?』と返ってきたので、『ばーか』と送って僕はメッセのアプリを閉じた。
「咲羽さん」
不意に名前を呼ばれて、僕ははたと振り返った。そこには、見事に黒いものの、ちゃんと女の子らしく見える紗鈴ちゃんがいた。スカートの威力すげえ、と思いつつ、「うん、かわいい」と僕は微笑む。紗鈴ちゃんは「これ、間違って入ってたんですけど」とショッパーから薔薇のコサージュをさしだした。
「ああ、それ、僕のプレゼント」
「えっ。で、でも、こんなの似合わない……」
「いいから。あ、ちょい貸して。こっち来て」
まごつきながらも紗鈴ちゃんは僕のかたわらに来て、コサージュを手渡してくる。僕は立ち上がり、紗鈴ちゃんの黒髪を指先にすくい、薔薇を留めてあげた。顔を離して見ると、やはり黒髪がさらさらだから、ショートボブでも真紅が映えて似合っている。「かわいい」と僕がもう何度目か分からない言葉をささやくと、紗鈴ちゃんはわずかに頬を染めた。
……あ、やばい。今、すごくキスしたいかも。
泪音も告白とかホテルとか言うし。キス、したら……僕の気持ち伝わるかな。伝わっても、いいんだけど──
「咲羽さん」
けれど、紗鈴ちゃんに名前を呼ばれて我に返る。紗鈴ちゃんは、めずらしく僕の瞳を見ていた。
「ありがとう、ございます」
僕も紗鈴ちゃんの、伏し目じゃないと意外とぱっちりした瞳を見つめ、「うん」と笑んで軽くハグした。
紗鈴ちゃんの体温。柔らかさ。小ささ。
ああ、かわいいな。ほんとにかわいいな。僕だけのものにしたいな。どうやったら、この子を振り向かせられるのかな──
そんなことをふらふら思ってしまったせいかもしれない。夕方、十七時頃にカフェを出て、電車に乗って飲食街のある街に移った。雑踏の中にあった座敷のある居酒屋に入ると、ふたりきりに仕切られたので僕は紗鈴ちゃんに化粧も施した。
本当はレッドがはっきりした化粧をしたかったけど、持ってきた化粧品に限りがあったので、僕自身が一番多いピンク系の化粧になった。
「そういえばクロスのアクセ見れなかったねえ」と思い出して言うと、「また今度に」と紗鈴ちゃんが言ってくれたので、嬉しくなった。また今度、ちゃんと考えてくれてるんだ。
そんなことに浮かれながら紗鈴ちゃんの化粧を仕上げると、「はい」とミラーを渡して自分で自分を見せてあげた。紗鈴ちゃんは、華やかになった自分の顔にぱちぱちとしばたいている。「かわいいでしょ」と僕がくすりとすると、「いつもよりは」とひかえめでも紗鈴ちゃん自身がやっとかわいいのを認めた。
僕はにっこりして、記念写真を撮らせてもらうと、「じゃあいっぱい食べよう!」とメニューを開いた。カクテルもあったので飲もうと思い、「紗鈴ちゃんはお酒飲める?」と訊くと、「カクテルなら」と意外と相性のいい答えが返ってきた。ただし、甘いのしかダメだそうだ。「ファジーネーブルとかいいかもね」と勧めると、紗鈴ちゃんはこくりとした。そして、僕と紗鈴ちゃんはお腹いっぱい食べて、熱がくらついてくるほど飲んで──
今、迷いこんだように、ラブホテルの一室に来てしまったのだ。
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