偽りのひととき
彼女には関わるべきではなかった。のちに、僕はそう後悔する。彼女に出逢って、僕はついに“彼”に飲みこまれ、その共犯者となってしまった。
理想的な愛人とは言えなかったものの、僕は彼女と関係するようになった。つながりは完全に伏せられていて、ちっとも彼女を愛していない僕には都合がよかった。美しい軆が欲しいだけなんて、公的にできた交際理由ではない。声を上げたり、腰を揺すったり、彼女はいつも萎えそうな反応を見せたが、次第に僕は、ないよりマシだと思うようになった。
彼女のまろやかな軆をじかに抱きしめる。その権利を失うほうが怖くなった。ふくよかな乳房をつかみ、腰のくびれをなぞり、指がしっとり食いこむ内腿をひらかせ、今まで想像もつかなかった本物の女性器を観察する。そうやって僕は、どうにか“普通の”セックスに本来したいことを織りまぜ、だいぶ骨を折りながら彼女を抱いた。
その骨折りは、内心殺意に値していた。僕はしょっちゅう彼女の首を絞め、わがままな命を圧迫し、主張も希求もしない物体にしたくなった。彼女を歓喜させる重荷を解放され、ひとりで彼女を愉しみたかった。
僕は部屋でそれを実行する夢想にふけり、性器をこすった。彼女と寝た日でも、自慰する力は失われていない。僕の欲望は、自慰でこそ満たされる。自慰で満足したあと、彼女を抱こうとしたら、僕は不能だろう。
彼女を想って自慰した。殺して死体となった彼女、事故で仮死状態となった彼女、あるいは彼女に似せた人形──そういうものを、幻想を育てる餌にした。僕は彼女にまたがり、現実では課せられる義務を排斥し、物体となった彼女に支配的に振る舞う。
実際に女の軆に触れ、空想が鮮やかになったのは確かだ。現実ではまといつく相互的義務から、交わる苦痛の合間に得た真の甘美を濾過し、欲望のうつわいっぱいに増幅する。その新鮮な幻想をむさぼりながら自慰し、本当の絶頂に達した。そうして夢想を刺激的にするのが、ぎりぎり強力な自己中心性を抑え、彼女の殺害を制していた。
それでも、彼女には出逢うべきではなかった。なぜなら、彼女も人間に過ぎなかったのだ。
僕が正しかった。不実かと思われた猜疑心は、秘かに的中していた。やはり、心なんてのさばらせておくものではない。僕が恋する相手は、魂の宿る肉体ではなく、無ゆえに受容させる死体だ。よく分かっていたのに、あまりに手近すぎて溺れてしまった。
僕が意気地なしだった。きちんと“彼”の言う通り、心は始末して物体に徹させておくべきだった。彼女の醜い心は、僕の傷んだ心をずっと嘲笑っていたのだ。
そして僕は強迫観念に共感し、自分が信じる愛に崩壊した。
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