悠久に凪いだ君を想う-6

ぬいぐるみ

 夜、ダイニングのテーブルに飾られたスターチスを見て、「行ってきたんだね」と帰宅した聖樹さんは悠紗に声をかけていた。「毬音とね」と彩羽ちゃんと遊ぶ悠紗は答えて、聖樹さんは「ありがとう」とあたしにも言ってくれた。
「聖樹さん、お疲れ様」
 飛羽くんを抱っこ紐で胸に抱える聖乃さんが顔を出し、「着替えたら、飛羽のこと代わるよ」と聖樹さんは荷物をおろす。
「うん、お願い」
「萌梨くんと千羽ちゃんは、まだ?」
「二十時まわったら、一緒に帰ってくるでしょ」
「そっか。あ、明日ぐらい四人が来るかもしれないから、食料用意しておかないとね。お鍋とかでいいと思う」
「代金は徴収する」
「はは……。そこは要がしっかりしてくれるよ」
 あたしは悠紗を見て、「XENONが来るって」と言った。「楽しみだね」と悠紗は嬉しそうに微笑む。
 着替えてきた聖樹さんは、飛羽くんを抱っこしながら、夕食の支度をする聖乃さんも手伝う。今夜はサーモンのからあげだそうだ。じゅーっという油に通す音と、香味の匂いがただよってくる。その香りに刺激されたのか、「おなかへった!」と彩羽ちゃんがじたばたしはじめたとき、萌梨さんと千羽さんが帰宅した。
「彩羽、わがまま言ってるの?」
 苦笑する千羽さんに抱き上げられると、「ごはんー」と彩羽ちゃんはキッチンを指さす。
「もうすぐできるよ。みんなで一緒に食べよう」
 萌梨さんの言葉に、彩羽ちゃんはむうっと頬をふくらませたけど、「みんなと」と言ってからこくりとした。
 そのあと、八人で座卓を囲んで夕食になった。献立は、大皿に盛られたサーモンのからあげ、レモン風味のポテトサラダ、ごはんとお味噌汁だ。
 彩羽ちゃんは萌梨さんの膝の上で、ほぐされたからあげを食べている。飛羽くんは、まだ乳児用の重湯とミルクだ。
「飛羽って泣かないよねえ」
 ふと悠紗がそう言うと、「悠紗はずいぶん泣く子だったよね」と聖樹さんがくすりと咲う。
「はっ? そんなことないし」
「保育園に行かないためなら、僕がひどいことしてるみたいに泣いてたよ」
「うっ……それは、まあ、そうだったかも」
 ごにょごにょと言った悠紗はあたしを見て、あたしも悠紗を見る。
「泣いてたんだ」
「泣いてたね」
 素直に認めた悠紗に、あたしが咲ってしまうと、「何だよー」と悠紗はふくれる。
「そういや、彩羽たちは保育園とか行くの?」
 悠紗の問いに、聖樹さんたちは顔を合わせる。「うちは、私か千羽ちゃんが家にいられるよねえ」と聖乃さんが言うと、みんなうなずく。
「いずれと思って目星くらいつけてるけど、けっこう定員だったりするかな」
 聖樹さんの言葉に、「ふうん」と悠紗はからあげを口に投げこむ。ポテトサラダを食べようとする彩羽ちゃんを手伝う萌梨さんが、「小学校に上がる前に、集団の中で生活する感覚は知っててほしいけどね」と言う。
「そんなん、彩羽と飛羽の自由じゃん」
「自由だから、行く行かないは、本人が行ってみてから決めさせないと」
「……まあ、そっか」
「私は三歳くらいまで面倒見たいけど、それから先はいろいろ挑戦してほしいかなあって思う」
 千羽さんの言葉に、「そうだねー」とみんな納得するように再びうなずく。保育園も小学校もあたしには未知のものなので、何だかピンと来なかった。
 翌日、聖乃さんは出勤して、千羽さんが食料買い出しに行くことになった。普段なら子供たちを連れていくけど、今日はあたしと悠紗に預けてくれた。あたしたちも、彩羽ちゃんと飛羽くんのあつかいにちょっと慣れてきた気がする。聖樹さんと萌梨さんは、今日ももちろん仕事だ。
 彩羽ちゃんは、つみきを組み立てて遊んでいる。そのつみきは、萌梨さんの上司がプレゼントしたものらしい。飛羽くんも気になるようで、三角のつみきをひとつつかんだけど、それを口に入れようとしたので「いやいやいや」と悠紗が慌てて止めた。
 つみきを取り上げられても、飛羽くんは泣き出すことはなくて、転がっていたくまのぬいぐるみを引き寄せ、その耳をしゃぶる。ふわふわした毛によだれが絡みつく。
「飛羽、腹減ってんのかなあ」
「おしゃぶりとかないの?」
「ある。ちょっと持ってくる」
 悠紗が立ち上がってキッチンのほうに向かうと、「まりち」と彩羽ちゃんがあたしの服を引っ張る。
「おしろなの」
 確かに、左右対称にお城っぽくつみきが重なっていた。真ん中に玉座のような空間もある。
「ここは誰か座るの?」
「くまっく」
「くまっく……」
「いっしょにもってきてて……あっ、飛羽! なんでくまっくたべてるの!」
 飛羽くんが耳をしゃぶるくまのぬいぐるみが、「くまっく」だったらしい。彩羽ちゃんに構わず、「くまっく」の耳をはむはむとしゃぶる飛羽くんに、見る見るうちに彩羽ちゃんは涙を浮かべた。
「何で! くまっくは彩羽のだよ! 飛羽にはうさちがいるでしょ!」
 クールなぐらい意に介さない飛羽くんの様子に、彩羽ちゃんが一気に泣き出した。「え? 何?」と悠紗が駆けつけ、「あ、えっと……」とあたしは一瞬説明に困る。
「このくま、彩羽ちゃんのくまだったみたいで」
「マジか。飛羽、ほら、しゃぶるならこれ」
 悠紗が持ってきたおしゃぶりと取り換えようとすると、飛羽くんは初めて嫌がって唸り、「くまっく」の耳をぎゅっとくわえた。彩羽ちゃんがますます泣いてしまう。
「え、どうしよう……」
 あたしが思わず悠紗を見たときだった。突然ドアフォンが鳴って、「あーもう、こんなときに」と悠紗も焦る。
「毬音、インターホン出れる?」
 あたしはうなずいて、リビングの中にあるインターホンの受話器を取った。一瞬名乗っていいのか迷ったものの、「鈴城ですが」と言ってみる。
『梨羽とその仲間たちですが』
 あたしはそれには答えず、直接悠紗に「XENON来たよ」と言った。
「マジ? あー……っと、毬音、ここ代われそう?」
「あたしがあの四人を出迎えても、仕方ないし」
「分かった。じゃあ、ごめんだけど」
 あたしと悠紗は場所を入れ替わり、悠紗は玄関に走っていった。彩羽ちゃんはあたしの膝に顔を伏せて、わんわん泣いている。あたしはあたりを見まわし、うさぎのぬいぐるみも転がっているのを見つけた。これが「うさち」かもしれない。
「飛羽くん、うさぎちゃん寂しがってるよ」
 飛羽くんは「うさち」を見て、案の定「くまっく」を吐き出すと、「うさち」を抱っこしてやっぱり耳をしゃぶりはじめた。
「くまっく」が戻ってきたのはいいけど、耳がよだれでべちょべちょだ。彩羽ちゃんもそれを見て、「飛羽のばかー」とやっぱり泣く。そのとき、「おーおー、立派に姉弟喧嘩ですかな」と笑う葉月さんを初めとして、XENONの四人がぞろぞろのリビングに現れた。

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