Episode【2】
期待なんてしていなかったけれど、同窓会は予想以上におもしろくなかった。
仕事や恋人の話題も、騒いで飲む酒も、二次会のカラオケも、何とも言えない居心地の悪さがあった。俺が変わったのか、あるいは変わっていないのか。
俺と同じように、今、作り笑いに過ぎない奴はいないのか。そんな奴はそもそも来ていないか。俺は高校時代、イジメも受けずに、それなりに過ごしていた奴だったのだが。
何でこんなの来ちまったんだろ、と場違いな心を何とか繕い、絶対歌わないけど、こうでもしないと話しかけられるので、機械で曲検索をする。ライヴハウスでの歌に聴き慣れているせいで、カラオケで聴く歌もかなりきつい。
しかし、酒場だろうとせめて働いていてよかった。それでも就職組には苦笑はされるが、わりとフリーターの奴もいた。来ていない奴のことを「あいつ、ニートになってるらしいぜ」と話す奴もいて、来ていなければ、俺もそう言われていたのだろうかと考える。
だが、仕事より憂鬱にさせられたのは、結婚したとか子供がいるという話題だった。俺はもう、一般的にはそういう歳なのか。
二十五歳。誰かと深くつきあったことすらないのだが。童貞は高校時代にゴミ箱みたいな女に捨てておいてよかったと思う。それをしていなければ、いまだに経験さえなかったかもしれない。
高校時代は冬乃に惹かれて、告って、つきあって一週間で振られて、あとは未練で過ごした。別にこらえきれない性欲なんかなくても、処理的なマスターベーションをしたあと、どうつきあってれば冬乃と続いてたのかなあ、と螺旋状に思い悩むときはある。
そういや冬乃来てたな、と歌と酒で騒がしい室内を見まわしたが、この部屋には見当たらない。話す切っかけはなかったものの、一次会の座敷にはいた。このカラオケボックスに移動して、大部屋でも全員入りきらなかったから、今はもうひとつ取った部屋のほうにいるのかもしれない。
高校時代は本当に冬乃が好きだったな、と思う。だからといって、俺が今日ここに来るのなら自分も参加すると言った彼女にも、別に何かを期待したりはしていないけれど。
「曲決まんないなら貸してー」と手を止めた隙に検索機を取られて、俺は息をつくと、ケータイを取り出した。着信があったので開いてみると、澄音からのメールだった。鎬樹くんと〈まろん〉にいるらしい。
妙にあの職場が恋しかった。あそこでは俺はこんなに息苦しくならない。時刻は二十一時になる前だ。二次会に移る時点で帰路についた奴もいるし、ここで帰っても不自然ではないだろう。このまま朝まで、なんてなったら、本気で神経が死亡する。
逃げるか、と決めた俺は、念のために冬乃にメールを入れてみる。五分待って返事がなければ、冬乃とも話さずに帰ってしまおう。そう思って、氷が溶けてきたドリンクを飲み干していたら、わりとすぐメール着信がついた。
『じゃあ私も帰る。
駅まで一緒に歩かない?』
短い文章を深読みしそうになったものの、いや振られたんだ、と改めて自分に言い聞かせ、『了解。フロントにいる。』と返信しておいた。料金は着いてまず集めていたし、延長まで参加しないわけだからいいだろう。
よし、と荷物を確認して立ち上がり、「どこ行くんだよー」という声に「帰りまーす」とできるだけ明るく答えてドアに向かう。本当は舌打ちのように「帰る」とだけ吐き捨てたいのだが。
「まだお前の歌聴いてないぞー」とか抗議されながらも、何とか廊下に出れてほっとため息をついてしまう。酔っ払い共が、と内心毒づくと狭い廊下を矢印の案内のまま進み、エアコンがききすぎるフロントに出た。
夏休みだし、さらに盆だし、空室待ちの若い奴らがかなりいる。座席も空いていなくて、ほんとこういう場所無理、と冷たくなったコンクリの壁にもたれて天井を仰いでいると、「キネくん」と呼ばれて顔を向けた。
すらりと藍色のスーツを着て、長い髪を綺麗に伸ばし、相変わらずクールビューティの冬乃がいた。「久しぶり」と俺が言うと、「何か、キネくん変わってないわね」と冬乃は失笑した。それは今日さんざん言われたので、「そうらしいな」と流しておく。「冬乃はちゃんとOLに見えるよ」と言うと、「老けただけよ」と冬乃は肩をすくめた。
「会うのは、久しぶりよね。直接話すのも」
「メールはなぜか続いてたな」
「迷惑だった?」
「別に。そっちこそ、俺とつながっててよかったのか」
「私はあまり人と仲良くなれないから」
「俺ともなれなかったような」
「私はキネくんを信頼はしてるわよ」
「ふうん」
「じゃなかったら、メアドを変えたときにでも切ってるわ」
「そうか。まあいいや、駅まで送るよ」
俺は自動ドアに向かって歩き出し、冬乃はそれに並んでついてくる。
外に出ると、舐める舌のような熱気が襲ってくる。風もなく、一瞬にして汗が湧き出してくる。駅まで歩いて十分くらいの場所だから行き交う人も多く、闇を切るイルミネーションがうるさい。
腹減ってきたな、と思っても、このあと冬乃を食事に誘うのはずうずうしいだろう。地元まで同じ路線だし、途中下車して〈まろん〉で何か食うかな、とも思いつつ、人混みで冬乃とはぐれないように歩く。
「キネくん」
横断歩道で立ち止まったとき、左側から冬乃の声がして、俺は首を捻じった。周りは赤信号に堰き止められた人でかなり騒がしい。
「訊いていいのかなと思ってたことがあるんだけど」
「何?」
「小説は、今でも書いてる?」
「あー、うん。書いてるよ」
「よかった。キネくんの小説、好きだったから」
高校時代、俺は書くのが好きな文芸部員で、冬乃は読むのが好きな文芸部員だった。文化祭の出品などで、冬乃が俺の作品を小冊子にする作業を手伝ってくれりしたものだ。
「仕事はどう? やっと始めたのよね」
俺がニートだったことは知る冬乃がくすりとすると、俺は「続いてるよ」とちょっとむくれる。
「仕事っつうか、バイトだけど。今から行くし」
「え、休まなかったの?」
「休んだけど。飯食いにいく。腹減ったし、家は何にもないと思うし」
「そうなんだ。家に帰るのかと思った」
「友達も今、その店にいるみたいだしな」
「友達」
「話したことあるだろ、幼なじみ。そいつと、あとネットで知り合った読者の人」
「え、ネットで読者って──キネくんの小説、ネットで読めるの?」
「ただの個人サイトだけどな」
「URLって教えてもらえないの?」
「別にいいけど。じゃあ、あとでメールに貼っとく」
「ありがとう。嬉しい、キネくんの小説読めるの」
「昔と文体とか変わってるかもしれないけど」
そう言ったとき信号が青く光り、周りの人に押されないために、俺と冬乃は横断歩道に踏み出す。渡って面した百貨店のショウウィンドウ沿いに一分くらい歩けば、駅構内への入口に出る。
俺も冬乃も、この駅には普段用事がないので切符だ。
「キネくん」
「うん」
「私も行っていい?」
「え、どこに」
「キネくんが働いてるお店」
「………、おごる金がないんですけど」
情けないことを心配して素直に白状すると、冬乃は噴き出して「大丈夫」と切符代を取り出した財布を見せる。
「自分のぶんははらう」
「それも栗香さんにバカにされそうだな。ん、まあいいよ。俺も冬乃を飯に誘うべきなのかよく分かんなかったから」
「ごはんくらいいいでしょ」
「一応振られた身としては、迷うんだよ」
俺と冬乃は同じ区間の切符を買って、改札へと向かった。電子板で各停の乗り場の数字を確認して、あと三分で来るみたいだったのでふたりとも急いでホームに走る。何とか間に合って、けっこう混んでいる車内で息をついた。
扉付近で俺は夜景が流れるのを見つめる。扉にもたれる冬乃は、扉が開くたび、少し俺に身を寄せて降りる人を通した。がたん、ごとん、と電車が揺れる音にぼんやりしていると、ふと名前を呼ばれて冬乃を見た。
「何?」
「キネくんは、やっぱり、私がつきあいを切ったこと、怨んでる?」
「え。今続いてるじゃん」
「そうじゃなくて、その、『好きになれないから、彼氏とも思えない』って。昔、そう言って振ったわけでしょ」
「ああ」と軽く笑って、言われたときはなあ、と正直思ってもそれは胸に留める。
「別に怨んではないよ。ショックだったけど」
「ごめんなさい、っていうのをずっと言えなくて」
俺は冬乃の伏せがちになった睫毛を見て、「昔、そう言われてたら」と考えながら答える。
「謝るならつきあえよ、とか言ってたかもしれないし。いいんだよ、気にしなくて」
「……うん」
「冬乃は、あれから彼氏とか作った?」
冬乃は首を横に振って、「でも、好きな人はいる」と言った。その言葉にちょっとにぶい痛みを覚えても、俺も冬乃のあとに本屋で一度ほかの人を好きになったわけだし、責める立場ではない。ただ、ひとつ気になって問うてみる。
「その好きな人って、もしかしてあの頃から?」
冬乃は顔を上げて俺を見つめて、あやふやに咲った。それでよく分かった。冬乃にはとっくに「彼氏」と思いたい奴がいたのだ。今はすぐ察せるのに、当時はぜんぜん分からなかった。確か、そのあやふやな笑みは別れるときにも見た気がする。
しかし、だとしたら、そいつはいまだに冬乃の彼氏にはなっていないのだろうか。振られたから彼女になれない? あるいは伝えていないから?
それを訊こうとしたとき、電車が目的の駅に着いた。さいわい、こちら側の扉が開く。俺はホームに踏み出し、冬乃もついてくる。
ここの駅前もネオンがきらびやかに広がっている。出歩く人も多いし、手とかつないだほうがはぐれないんだけどな、と思ってももちろんそんな手出しはしなかった。したいとも別に思わなかった。
冬乃に触れていいのは、あの頃からずっと、彼女が愛しているその人だけなのだろう。
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